第895話 回廊の分岐へ

 うっかり読み始めてしまった俺に、ガイエスがそろそろ『採光の方陣』が切れる、と言ってきて我に返る。

 ヤバイ、こんなところで読み込んだり考察しているのは流石に。

 俺、絶対に迷宮とか入らない方がよさそう……


「そうだな。何かを見つける度にそんな風に考え込んでたら、いくらなんでも危な過ぎる」

「……だよな」


 泉の下まで降りて掘り出したから感じたのだろうか、ここの地下には……まだ、何かある。

 ガイエスも感じているかもしれないけど、今、全部を掘り返すのは止めておく方がいいだろう。


 水のこともあるが、ここに書かれている記載だけでもちょっとどころかかなり……辺境の町の魔法師と冒険者が背負うものじゃない。


 この場は一応『清浄の方陣』を描いた金属板を使っておいて、浄化を継続しておく。

 真水を抜いてしまったことで、魔虫が寄って来ないとも限らないからね。

 そう……あの水は『保護防壁』だったのかもしれないってことだ。


 定期的な魔効素供給で保たれてはいたが、本当ならばこの階層全てが『泉の中』だったのかも。

 真水で蓋をし、循環させることで魔虫や魔獣を寄せ付けないようにしていた。

 だが、ガウリエスタ側から流れてくる魔瘴素の多さで大地が崩れたり、魔虫の入り込む数が増えてシステムに不具合が生じたのではないか?


 なるべく早いうちに、ここを衛兵隊で確認してもらう必要が出て来るだろう。

 しょーがない、しっかり怒られてからビィクティアムさんに協力を仰ごうっ!

 だが、その前に途中にあった分岐も全部調べたいなっ!

 あ、すぐここまでは入れるように『門』の方陣鋼、刺しておこうっと。


「……タクト、この壁にも穴があるみたいだぞ?」

「え? あ、なるほど……やっぱりこの階層、昔は全部が水の底だったのかもな。この横穴……人が作ったものだと思う」

「ここも地下回廊と繋がった場所ってことか?」

「そうかもしれない。途中の分岐、行ってみよう。そっちが本来の『回廊』の可能性もある」



 俺達は少し引き返して、ひとつひとつ分岐を確かめていった。

 どーしてもガイエスが前を歩くから、と譲らないので相当俺は信用がない……


 まぁ、ね。

 なんかある度に立ち止まっちゃうだろうし、探索していることを忘れてしまうのも問題なんだと思うけどね。


 いや、ガイエスって結構心配性で過保護なのか?

 そーか、俺に攻撃系の魔法がないって知ってるからか。

 ここは甘えておくかー。


 奥からひとつ目の分岐は浅くて、きっと角狼つのおおかみ……魔狼がいた頃は魔虫の苗床でもあったのだろうとガイエスが言う。

 そうかもなー。

 粘菌くん達がめっちゃリカバリーしているっぽいから、ここに魔毒があったのは間違いなさそうだ。


「ここ、結構な数の魔狼まろうがいたんだろうな」

「どうして?」

「魔狼だけしかいなかったってのに、階層になっているのは珍しい。大抵は『違う魔獣』と繁殖場が重ならないために、階層が作られるから」

「一種しか魔獣がいないのに、階層が分かれるのが珍しいのか……」


 そういえば、不殺でも『階層ごとに』魔獣が固まっていたな。

 大量にいたのに、別階層にはみ出すような魔獣って……いなかった気がする。

 魔獣達も同族喰いはしないのが基本のようだから、同種で固まるのは理解できる。

 だけど『洞窟単位』で、一種の魔獣というのは稀だということかも。


 その後のふたつもすぐに行き止まりにはなったが、魔獣が溜まっていたであろう形跡が見られた。

 壁をガリガリと削っていたような、何かを使って溶かしたような跡……そーか、溶解液的なものも分泌するのか。


 硬い岩とかはそれを使って溶かしてから、爪で削っていくのかもな。

 あ、魔虫を食べるって、もしかして魔力補給以外に『溶解液になる魔毒精製』に必要だったから?


 迷宮核の上に陣取るほどの魔獣が『魔虫の苗床』を作ってまで繁殖しないのは、それ以上掘り進める必要がなく、個体数を増やす意味がないから……ってのもあるのかもしれないよな。


 魔獣にとって『種を繋ぐこと』は、やはりなんの意味も持たないことなのだろう。

 だから『今その時に必要がなかったら要らない』という選択になる訳だ。

 それは……命ではあっても『生命』とは……言い難いのかもなー、やっぱり。


 そんなことをぼんやりと考えながら進んでいた俺に、ガイエスがちゃんと前を見てるか、と注意を促す。

 すまん、見てなかった。

 いや、本当に俺は迷宮向きではないってこと……んんん?


「ガイエス、この壁……人工物だ」

「え? いや、この削り跡、人が造ったとは……」

「人が造った後のものを、魔獣が広げているんだよ。ほら、ここの床との『境目』……しゃがんでこっちから見てみろよ」


 緩やかに昇っていると思われるその回廊は、幅の広い階段状のものが削れたから坂道に見えるだけだ。

 壁との境目には『不自然な直線』の残っている部分があり、階段状だったことを示すように続いている。


 部分的に『かど』がほぼ直角に残されていて、それが幾つか続いてもいるのだから間違いあるまい。

 目の高さに灯りを点けているだけだと見過ごしがちだが、ガイエスが前を、俺が後ろから足元を照らしていたから『影』の不自然さを見つけられたのだろう。


 ふたりで再確認して頷き合い、俄然この先への期待が高まる。

 さー、こっから何が出て来るかなっ!


 いや、魔獣とか魔虫は出てこないと思うけどね。

 そんなに警戒しなくて平気だよ、ガイエス?

 俺、ちゃーんと浄化しているんだしさ。


*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸60話とリンクしています

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