第893話 お喋りタイム
スイーツタイム終了後、食堂は準備時間に入り俺はガイエスと一緒に小会議室の方へ移動した。
珈琲にパンナをたっぷり載せて、お茶うけはひと口タイプのシナモンクッキーである。
「えーと、まずは来年の一回目のベルレアードさんの冬牡蠣油、予約できたのは八瓶だけだったから五瓶なら渡せる」
「やっぱり人気になっちゃったんだなー」
流石に去年のレベルは無理か。
食堂では、一、二回出すだけになっちゃうかなー。
「予約票、いっぱいになっていたからな。できあがったら送るよ」
「楽しみにしてるよ。あ、飼い葉、ありがとう! デルデロッシ医師も喜んでたよ」
「……そうか。タルァナストさんが、デルデロッシ医師のこと心酔しててさ。この間のデルデロッシ医師監修っていう馬の菓子、多めに買いたいんだけどいいか?」
「おおっ! 勿論! 大麦も入ってきたし、
タルァナストさんって、そんなにもデルデロッシ医師のファンだったのか……ガイエスが戻る時に『馬せんべい』を買って渡そう。
あれは『監修』じゃなくって、
「林檎のはカバロが凄く好きだから、俺も多めに買いたいんだ。冬場にカタエレリエラに行くから、その時用にも」
相変わらず気持ちのいいカバロファーストだ。
あ、そーだ、ガイエスがカタエレリエラに行くなら、ちょっと確かめに行ってもらおうかなー。
「カタエレリエラに行ったら、ちょっとだけ様子見して欲しい場所があるんだけどいいか?」
「これ、地図?」
空撮で写真を撮ったものは出せないので、それを俺が描いたもので大体の場所が判る程度の地図とも言えないものを作ってあった。
……俺の絵が『芋』でなくなったと思っていただけに、ちょっとだけ悲しい気持ちになったできだった……が、まぁ、この辺は勘弁してもらおう。
「ちゃんとしたものではないから、大体の場所って感じなんだけどさ。多分この辺がケルレーリアで、その西側……ヴェンドルア樹林の中っぽいんだよ。もしかしたら……石板がある祠とか、周囲と違うものが生えている場所がありそうなんだ」
「へぇ……解った。面白そうだな。行ってみるよ」
そしてどうやら迷宮品を上げたセレステで『真鍮の配合』を知りたがっているらしい。
あー……そうか。
セラフィラントでは『
黄銅製のものと一緒に使われていたのは二種類あったけど……どっちだ?
あちらの世界では、赤みが強くて建築装飾やアクセサリー使われることの多い銅が八、九割で亜鉛が配合されているものは『
もうひとつはあちらでは『ネーバル黄銅』と呼ばれていたもので、黄銅に
こっちの方が硬度、強度があるし耐海水性に優れていたはずだからこっちを知りたいのかな?
ガイエスが製法をセレステの金属工房に渡していいかというので、快諾しておいた。
ネーバル黄銅の方、自動翻訳さんが示した名前が『
カタエレリエラだけで作られてて、セラフィラントになかったのは意外だったなー。
そして、ヘストレスティアでの今回の事件についての一応の決着があったらしいと聞いた。
ヘストレスティア政府が冒険者の協力を得たいがために始めた、皇国との取引協力礼金というばらまき対策を一部の役人が横領のために利用したものだということになったようだ。
「ふぅん……それにしちゃ大がかりだよなぁ。製紙工房も巻き込んでいるんだろう? 何かの……試験的なものだったのかもな」
「試験?」
「この方法で上手くいったら、別の所で少し大きい事件を仕掛けるつもりだったのかもってことだ。多分……何処まで冒険者にあの剝離式硬皮用紙が通用するかが、見たかったのかもね?」
商人組合が『違法契約の矢面に立っている』というところから、バックは商人組合ではなく冒険者組合内に何人かの協力者がいたとしても『その先』のことまでは絡んでいないだろう。
いくら、課長、部長クラスと思われる役人だったとしても『個人的』にやるには、初期投資が大き過ぎると思う。
そして今回の横領の行き当たりばったり感は、どう考えても『実行犯を切り捨ててもいい』と思っていなければできないだろう。
「上手くいったらそれはそれで良いが、上手くいかずに実行犯が判明したら『政府が率先して不正を正した』となれば信用度が上がる。騙されそうになった商人達との契約をした冒険者達も、商人組合も、冒険者達に不利益を被る可能性があったなら冒険者組合も……今まであまり良い印象を持っていなかった政府に感謝するという事態になるだろう」
そして政府サイドとしては『不正を働いたやつらを自浄した』ことになり、クリーンなイメージを植え付けられるということだ。
だがガイエスは、そんなことで冒険者が政府を信用するとは思えないという。
いーの、いーの。
信用させたいのは、冒険者ではなくむしろ『冒険者以外の一般市民』なんだよ。
「……なんで?」
「冒険者が反対しそうな政府の事業なりなんなりに、彼らが表立って反対したら一般市民を自分達の味方にするため……かな?」
ヘストレスティアの冒険者と言っても、全員が迷宮だけを探索している訳ではない。
当然、地域住民達と密着して仕事を請け負っている冒険者達だっているだろう。
そういう冒険者達が政府のやることに反発しても、彼らにコンスタントに依頼をしている人達が政府を支持していたら?
冒険者達は、地域住民に嫌われてしまったら仕事が不安定になる。
そして、政府に認められる仕事をした冒険者……ってのがいたら、多少実力不足だったとしてもそっちに頼みたがる人達だって出るだろう。
民意をそうやって利用するという考えは決して少なくないし、実際にそうなってしまうことは多い。
仲の悪い相容れない集団そのものに働きかけつつ、恩を売りその周りを味方に付ける……ない話ではない。
「……冒険者ってのは……横の繋がりがないからな。迷宮で稼げないやつらは政府寄りになるかもな」
「だけどさー、嫌がらせないように追い込んでまでさせたいことって……なんだろうなぁ?」
「きっと、トレスカの国境壁だ」
ガイエスが言うには、トレスカ村は今でも国境壁のように壁を築いて旧ジョイダールから魔獣が入り込まないようにしているらしい。
その壁の補強工事が計画されているらしく、それができあがり次第正式な国境となるのではないかと言う。
どうやら、その資材とか人員とか魔法師まで皇国に強請ってきたみたいだ。
どんなに金を積まれようと、国を差し出すと言われても皇国は引き受けないだろうし力も貸さないだろうね。
『他国には一切手を出さない』
これは、神々との約束ごとのひとつで皇国では『創国の誓い』とも同義と思われている。
侵略や武力的介入だけでなく、一切の援助もしないというものだ。
互いには『絶対の不干渉』ってのは、この世界の国としての神々との約束だからねぇ。
それを破っちゃったから、マウヤーエートはああなっちゃったし、東の小大陸もオルフェルエル諸島も斜陽になっているんだと思うんだよなー。
第一、それぞれの国にはそのために衛兵隊がいるんだから、彼らがやるべきことなんだよ。
皇国の衛兵隊が聞いたら、めっちゃくちゃ怒るだろうなー。
「ま、そんな国単位こととか、組合が頑張んなきゃいけないことを、俺達がとやかく言っても仕方ないよな」
「……それもそうだな」
「そうそう。それよりさ、ちょっと頼みっていうか、一緒にして欲しいことがあるんだけどさー」
ふっふっふっ、あの洞穴探検、付き合って欲しいなー!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』陸58話とリンクしています
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