第891話 相談ごと

 翌日は、朝から教会で待機でございます。

 はい、ロウェルテア卿がいらっしゃるので、越領門のお部屋の応接でお待ちしている訳ですね。

 朝の皆さんの課務を邪魔しないように、温和しくしておりますよ。


 蓄音器体操の後、子供達に『今日はタクト兄ちゃん元気そう』と言われてしまい、この十日ほどのハードスケジュールを反省したよ。

 いや、全部自分がしたくてしたことだから、ひとつも後悔はしていないんだけどね。


 だけどお子様達がこんなに俺のことを心配してくれているので、自分の体調管理はこれまで以上にしっかりしようと身に染みました……

 お茶菓子など出したところで、丁度ロウェルテア卿がいらっしゃいましたが……あれ?


「ロンデェエスト公……!」

「久し振りだね、タクトっ!」


 むぎゅっ!


 ふぉっ!

 また、突然ハグされてしまったっ!

 う、動けないっす、助けてーー、アルリオラ様ーっ!


「お母様、タクトさん、息ができないみたいですから放してさしあげて」


 俺の心の叫びが届いたのか、ばたばたと情けないゼスチャーの救援要請にお応えくださったのか、なんとか解放されて息を吐く。

 力強いのですよ、ロンデェエスト公……



 お席に着いていただきまして、ちょこっと歓談などしたところで本題。

 撮影機レンタルの話はすぐにまとまり、もうひとつの『相談』に移った。


「……婚姻式の演出、ですか?」


 おふたりが大きく深く頷く。

 いやいや、ですが、俺現地を見たことないですし、申し訳ないですが行くこともちょっと……


「解っているよ、タクト。君に来てくれとは言えないし、我々が君をシュリィイーレから連れ出してしまうと……ビィクティアムにばれてしまう」

「あの子達には、内緒なのよ」


 なるほど……そっか、アドバイザーということですね。

 どうやらある程度の演出は決まっているのだが、どうもインパクトに欠けるのではとお悩みのご様子だ。

 ……婚姻式に『衝撃的な演出』って、要ります?


「要る」「要るわ」


 ほぼ同時に肯定されてしまったのでは、そうですか、としか言いようがない。

 カメラ設置場所のこともありますからね、今計画している演出を聞きましたら……


「それだけで結構、派手だと思うのですが?」

「ここまでだと、わたくしの時と一緒なのよ。だから……違いを出したいの。それに……」


 おふたりの表情が、優しく穏やかでありながらも、何か胸に迫るものを感じる。

 そんなに、レティエレーナ様のご婚礼に思い入れがあるのだろうか?


「初めて、なのだ」

「え?」

「セラフィエムスの直系と、我がロウェルテアの直系同士で結ばれることが」

「初めて……って、今までで、ですか? この数千年の間?」

「……イスグロリエスト開闢以来、初なのよ」


 えええーーーー?

 数万年単位で?

 ロウェルテア卿の話によれば、今までも何人もがどちらかの家門へ婚約者としては結んでいたのだという。

 だが……なぜか、直系では子供ができなかったのだそうだ。


 傍流同士であれば問題なく子を成し、血統魔法を継いでいるというのに『絶対遵守魔法』をもつ者との間には……子供ができなかったのだという。

 婚約者たちは二十年という婚約期間が終わり、別れていく者達ばかりでいつしか『直系同士』や『絶対遵守魔法をもつ者』との婚約さえなくなったのだそうだ。


 ということは……ロウェルテアとセラフィエムス嫡子の『婚姻』は……ほぼ人類初……と言っていいことなのではっ?


 そっか……ビィクティアムさんがなかなかレティエレーナ様との婚約に踏み切れなかったのは……それもあったのか。

 そういえば、父さんがビィクティアムさんに子供ができたって聞いた時や、レドヴィエート様が生まれた時にとんでもなく喜んで涙まで流していたっけなぁ……

 おそらく、そういう事情を知っていたんだろうなぁ。


「他にも、そういうご家門があったのですか?」

「いや、ないよ。セラフィエムスとロウェルテアだけだったから……神話とか神典に絡めた神々のことではなくて、単なる相性だろうとは……言われていたけどね」


「それでも、口さがないことを言う愚か者はいるのよ。ロウェルテアとセラフィエムスが結ばれると絶対遵守魔法が消えるから、神々が阻止しておいでなのだ……とか」

「え、それじゃ、今でも……?」

「レドヴィエートかこれからできるかもしれない子供達が、絶対遵守魔法を獲得するまで……その噂は消えないだろうね」


 なんつー無責任で、残酷な噂だろうか。

 ……いや、噂なんてものは全てが無責任で残虐で、誰ひとり責任をとらない卑怯なものだったな……

 不安を共有して薄めようとしているくせに、却って不信感まで大きくして、結局振り回されて真実を見誤るのがそういう残酷な思い込みだ。


「だから、私達は……いや、家族も領地の誰もがふたりを心から祝福していることを知らしめるものにしたいのだ」

「畏まりました。全力でやらせていただきますっ!」


 いょーーっし!

 思いっきり『神々の祝福』を見せつける演出、承りますよっ!

 魔法の出し惜しみもしないぞっ!


 まず要求したのは、婚姻式会場となるアクエルド教会の見取り図。

 改装の設計図があるというので、そちらをお借りする。

 そして思いついた演出説明をしたら、おふたりは是非それが見たい、と言ってくださったので後日、試作をお見せすると言うことになった。


 弦月つるつき中旬までにはアクエルド教会の改装が終わるので、設置などはそれからになる。

 今回のものは『特別』でいいのだから、誰もが使える魔法や演出である必要はない。

 微調整も何も【文字魔法】で指示してしまえば、俺が現地にいなくても何も問題はないだろう。


 これは、ご結婚祝いで作ろうと思っていたものが役に立ちそうだぞ。

 ふふふふふっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る