第889話 古の国

 ふぃー……訳文書きながらだと、流石に疲れるなー。

 結論からいうと、これらの本はほぼ間違いなく『ディエルティ時代』のものと思われる。

 だがおそらく、最も後期……ヘストールに切り替わるというか、攻め入られて負ける寸前って感じだ。


 戦闘があったと解るのは、この本のうち二冊が『日記』だからだ。

 ここで『国暦百二十一年 緑四句 五日』という書かれ方をしているのは、アーメルサスが古代に採用していた暦とよく似ている。

 一年を『赤の月』『緑の月』で分けて、十八から二十日単位の『句』という区切りがあったとアトネストさんが言っていたことに当て嵌まる。


 アーメルサスからこの暦が消えたと思われるのは、大体千五百年くらい前……根拠は、ウァラクの入国者記録と思われるもの。

 その頃までの記録には、アーメルサス人にだけその書き方の暦と皇国暦の併記が見られるからだ。

 きっと、彼らのいう日付が皇国暦と違っていたせいだろう。


 一年で毎年『調整日』というものがあったようで、今回見つかった日記にも『今年の調整日は四日もある。この日には外出も禁止になるから、食糧を買っておかないと』なんていう書き込みがあるのだ。

 このことから、ディエルティも皇国と幾許かの付き合いはあったと思われる。


 そして最も大きな収穫は、シュディーヤとディエルティには『連続性がない』という確率が高まったことだろう。

 日記の他の二冊が歴史の書かれた本と『教育指導書』的なもの。

 指導書には『身分階位は職によって決まるので幼いうちからの特訓が必要』とか書かれていた。


 歴史の方は『氷の海を渡り辿り着いた荒れ地を開墾した』なんてのが、ディエルティの始まりだったようだし。

 きっと、彼らが別大陸やアーメルサス側から入ってきた時には、既にシュディーヤの人々はヴァイエールト山脈とガストレーゼ山脈の皇国側に完全に移住してしまっていたのだろう。


 どうして……そうも全てが移動してしまったかは解らないけど……シュディーヤだった大地は、数千年、いや、もしかしたら数万年間放置されて、かつての文明の痕跡も見つけられなくなっていたのかもしれない。


 今、シュディーヤの何かが見つかるとしたら、不殺の迷宮くらい深い迷宮の最奥だけ……なのかもね。

 不殺の迷宮の深さだと……殆どの場所で、地上までなんて出入口なさそうだよなぁ。


 この文献だけだが、ディエルティはアーメルサスに不満のあった人達が作った国だったのかな。

 そんでもって、オルフェルエル諸島のことも嫌いだったみたいだね。


 彼らがアーメルサスやマウヤーエートと決定的に違うのは『大地に携わる仕事は聖職』という扱いだったらしい。

 つまり、ディエルティでは『地下』は『穢れた場所』ではないし、どちらかというと『大地は神に許された者だけが入れる場所』という感じで、神殿とか教会は必ず拝殿が地下にあったようだ。


 きっとこの辺りが、たもとを分かった決定的な理由だろう。

 あ……地下に対しての不快感がない……ということは、ディエルティはジョイダールとも国交があったのではないだろうか?

 マウヤーエートからタルフが別れたのも、その辺りの考え方が原因のひとつだった可能性もあるしね。


 この辺は、今後ヘストレスティアの迷宮から何かが出てきたら、方向性も解るかもしれないなぁ。

 今までは価値がないと思われちゃっていただろうから、見つけても迷宮の中に置き去りだったかもしれないしねぇ……


 今回のだって、迷宮核じゃなかったら置きっぱだっただろうし、金属の箱じゃなかったらたとえ迷宮核だったとしても競りにかけられず二束三文でどこぞの商人が買い取って中身を捨てちゃったかもしれない。


 ホント、つくづくガイエスがあの契約を冒険者組合と結んでくれてよかったよ!

 ディエルティのことも少しずつ解ってくれば、シュディーヤのことだってジョイダールのことだって、その内どこかからヒントが出てきそうだし!


 ポルトムントって国も不思議な立ち位置だから、結構気になるし……

 もしかしたら、あの辺って『かつてのマントリエルが崩れずに残った場所』の可能性だってあるから、気になるっちゃなるんだよね。


 うーん……どっかに大昔の地図、ないかなぁ。

 以前見つかったものより昔だと……流石に残っていないかなぁ。


 てか、国ごとじゃなくって世界地図……は、無理か。

 魔魚とかいるし、中継できる島とかあっても魔獣だらけだったぽいし。

 ガイエスが行った幾つもの無人島のうち、魔獣がいなかった島はひとつだけだって言ってたけど……ゼロじゃなかったんだから、希望はあるのかな?



 ヘストレスティアというか、ディエルティ時代の本と日記を読み終わり、訳文を書き上げたのは翌々日。

 挟まっていた小冊子はノートだったようで、日記を書いていた人がスケジュール帳的に使っていたもののようだった。

 一ヶ月のルーティンとか書かれていて、当時の暮らしぶりも解る。

 この人、どうやら町役場に勤めていたみたいだよね。


 ただ……全くと言っていいほど、教会のことは何も書かれていない。

 日記もそうだったし、歴史の書かれていた本からも『神』については、単体も複数もろくに触れられていない。

 ディエルティ時代は……神々のことを否定していた時代だったのだろうか?

 だけど、大地が聖なるものである……と言う思想があったみたいだから、信仰というより、皇国に影響されていたのかなぁ。


 もしかして、マウヤーエートやアーメルサスでは『大地と地下を聖域と考える人々』を否定するために、地下を穢れた場所とする教えが彼らの神典に書き込まれてしまったのかもしれない。


 神典や神話と矛盾が起き、本来のものと乖離かいりしてしまう時というのは、ほぼ間違いなく『人』の思想や我が儘、政治的な思惑が入り込んでいる。

 信仰から人の幸福を願い未来を示す言葉がなくなって、束縛と蹂躙と罰を示す言葉が多くなるのもきっとそのせいだ。

 だから……歪んだ道を辿ってしまうのは、いつだって『人』なのだろう。


 でも、その時の彼らは神々の言葉を『正しく解釈』したと思っていたかもしれないし、人々の幸せのために書き足したと思っていたかもしれない。

 改竄も書き足しも、全てが悪意とは限らないし私利私欲と無縁のことだってある。


 そして、それが書かれた時代、世界の大多数が幸せだった可能性がないとは言えないよね。

 後からならなんだって言えるし、批判もできるけど『その時』とは常識も何もまったく違うのだから、最適解なんて解らないものだよなぁ。

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