第887話 素敵な計画

 昨日は結局、ビィクティアムさんとずっと話し込んでしまった。

 ま、色々と相談も打ち合わせもありましてねー。

 前々から頼まれていたことだし、俺もノリノリで協力するつもりになっていたのでねっ!

 ふっふっふっ、これはまだもうちょっと話を詰めてからだね。


 さて、今日は食堂はお休みだからガイエスが競り落としてくれたあの迷宮品を……!

 いやー、この金属の箱、なんとジュラルミンだったんですよ。

 吃驚だよね、迷宮品の中にアルミニウム合金があるなんてさー。


 もーこの入れ物だけで、ヘストール以前の品である可能性があるよねっ!

 ヘストールでもヘストレスティアでもアルミ合金が作られていたなんて情報は、セラフィラントやリバレーラ、ルシェルスの『貿易記録』から、全く出てこないんだから!

 さてさて、ではご本を取り出し……


 ピピッ


 こ、こんな時にガイエスからの通信が……いや、しかしあいつの案件は急ぎも多いし、何より大切なことが多いのだ。

 即座に応答すると、いい契約ができそうだ、とちょっとだけ弾んだ声がした。

 えー、何ぃ?


〈冒険者組合であの剥がれる硬皮用紙の説明して、訴えただろう? その時にちょっと条件を出したんだよ。迷宮品で『文字や記号のあるもの』を優先的に買い取れる契約ができるかも〉


 えええーーーーーっ!

 何それーっ!

 凄いじゃないかぁぁっ!

 わっふぅい!

 素晴らしいっ、素晴らしいよっ!


 ……いかん、ガチで踊り狂ってしまうところだった。

 いや、三回転くらいしたところで止まったから、セーフ、セーフ。


 迷宮品だったら、どんなに新しくとも三十年以上は昔の物だよな。

 上手くいけば、二百年以上ってこともあるし!

 流石だよ、ガイエスくんっ!


〈その変な『君付け』……まぁいいが。それとな、今からその冒険者組合との契約書を送るから、確認だけしてくれ。あ、署名とかするなよ?〉

「え、俺じゃなくていいの?」

〈おまえだと余計に面倒になるから。冒険者組合が皇国の商人とヘストレスティアの商人組合通さずに契約したなんてことになったら、確執が生まれるし俺も動きづらくなる〉


「ああ、そっか。ヘストレスティアって、冒険者組合と商人組合で随分と皇国の商人の印象が違いそうだなぁ」

〈違うだろうなぁ。どっちも牽制しあっているところがあるから。それと、トールエスって覚えているか?〉


 んー?

 ああー、あの黴取り剤のやつか、トールエスって。

 なんとなんと、ガイエスは『トールエスが『爺さん達から聞いた昔話』を幾つか知っていそうだから、書き出す依頼をしたい』なんてことまで!


 なんだよ、もうぉっ!

 うちのバイヤーさん、マジで世界一じゃね?

 こんなにも依頼主のことを解っていてくれるなんて、最高過ぎるよ。

 全部買い取るから、いくらでも依頼してドカドカ仕入れてくれたまえっ!


「お爺さんっていうと、ヘストール時代の人?」

〈その爺さんは、ヘストレスティア統合の二十年後の生まれだって言ってたぞ〉

「じゃあ、そのお爺さんが聞いたって『昔話』なら、ヘストール時代に生きていた人から聞いたってことだな!」


 ヘストールからヘストレスティアへの転換期に生きた人から聞いた話だなんて、貴重過ぎるだろ!

 お爺ちゃんの話を覚えているっていうトールエス、好感が持てるぞ。


 ガイエスはその『昔話書きおこし』作業についても、ガイエスからの取引契約という形で行いたいという。

 勿論、構いませんとも。

 冒険者として『俺からの収集依頼を受けているガイエス』が、トールエスに『昔話の書かれたものを売ってもらう』って形の商取引依頼になる訳だな。


「そうなると……確実に買取契約にできるか……うん、大丈夫だ。約定書、用意できるか?」

〈これから書くから、書き上がったら見てくれ。書き足したいこととかあればその時に教えてくれると助かる〉

「りょーかーい! あ、これからちょっと教会に行ったりするから、終わったら連絡でいいか?」

〈ああ、平気。約束は冒険者組合の方もトールエスも、明日の昼前だから〉


 俺が戻ったら通信を繋げるという約束をして、一旦は通信終了っ!

 うひゃーーっ!

 なーんか楽しいことになってきたぞーーっ!


 昔のこともだけど、もしも冒険者組合からのものの中に他国語での書き足しがされていない『古い時代の犯罪指南書』が見つかったら、俺が昨日ビィクティアムさんにご乗車いただいた妄想特急の線路が、少しは明確になったり切替分岐が見えたりするかもしれない。


 国の体制がコロコロ変わると、その度に文化も常識も覆されてしまう。

 継続性を失っても形だけは残るものもあるが、無形のもの……『言葉』や『音』は残りにくいんだよね。


 なんとか『文字』で繋ぎ止めておいてもらえていたら、それが俺の手元まで届けば、今ならば必ず全部『歴史の一部』として甦らせられる。

 今の全ても未来の何もかもも、過去が解れば少しだけ説明がついて指針を得られることだってあるのだ。


 その記録は、ヘストレスティアでは迷宮に残っているかもしれない。

 そして、今生きている人達の記憶の中にも。

 記憶を形にしてもらえる可能性があるならば、このチャンスを逃してはいけない。

 ……場合によっては、ディエルティだけでなく、シュディーヤにも繋がるかもしれないのだから。



 るんたったと鼻歌まじりにガイエスから送られてきた『冒険者組合との優先買取契約書』を拝見。

 取引内容は『迷宮品、又は冒険者が持ち込んできた古品で、文字または記号の書かれているもの』で、取引条件は『持ち込んだ冒険者自身、関係者が手を加えたり作製していないもの』を『本の場合は、皇国小銀貨五枚を最低保証価格とする』ということだが、その他の物品についてはガイエス自身が鑑定して、冒険者組合と相談の上価格を決める……か。


 うん、いいんじゃね?

 ガイエスが鑑定する時に俺を呼んでくれて、カメラで一緒に見ながら通信できたら俺もアドバイスできるし。

 ちゃんと俺が書き加えてって言った『裏面確認』と『以下余白』も入れてくれているし。


 この紙は……うん、剥がれないね。

 その他に細工もないし、インクも問題ない。


 あ、念のため『本』の定義は入れておいた方がいいな。

 最低ページ数と、綴られているものであること、表紙が付けられており、白紙が四枚以上含まれていないもの……かな。

 遊び紙っていう装丁、ないんだよねーこっちでは。


 中身に破れや破損があった場合には、買取補償額以下になるか買い取り拒否の場合もあるってことも入れておいた方がいいだろう。

 そうしたら、下手に分冊して儲けを出そうなんてやつらも、いなくなるだろうし。

 よーし、ご飯食べてから教会に行って……この契約書で問題なさそうか、商人組合でティスモスさんに見てもらおっかなー。



 教会に入るとテルウェスト神司祭がいらして、まだなので少々お待ちを、と越領門部屋の応接で待つことに。

 程なくして越領門からいらっしゃったロウェルテア卿は、昔マリティエラさんがセインさんに対してしていたような美しいご挨拶をなさったので、思わず俺も深々とご挨拶してしまった。


「ふふふっ、ありがとう、タクトさん。今日はどうしてもお願いしたいことがあって」

「はい、どのような?」

「大体の察しはついていらっしゃるのでしょう?」

「婚姻式と撮影機のこと……でしょうか?」

「そうよ。ただね、撮影機をお借りしたいだけでなく、他にも少しだけ協力……というか、あなたの知恵を借りたいの。どこかあなたの都合のいい日で、話し合う場を設けていただけないかしら?」


 畏まりましたと了承し、十五日なら大丈夫、と話し合いの日取りを決めた。

 十六日はレイエルスのトアンさんとショウリョウさんが、シュリィイーレに来る日なんだよね。

 今回のロウェルテア卿のご訪問は、仕事の合間にいらしたようですぐに王都に戻られた。


 俺も商人組合に行って、この契約書で大丈夫とティスモスさんに太鼓判をいただいてから帰宅した。

 さて、ちょっとだけ地下倉庫の場所確保……と地下に降りたら、ガイエスから何やら中箱がひとつ届いていた。


 ……うわっ!

 これ……全部、あの剝離式硬皮用紙?

 なんかに使えるかな?


 あ、商人組合と役所、それと衛兵隊事務所には『詐欺に使われたものの見本』ってことで届けた方がいいのかも。

 うん、二、三枚、持ってっとこっと。


*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸52話とリンクしています

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