第886話 思惑と推察と妄想

 ミューラもマイウリアも、そしてその他の国々の生き残り達も『自分達が神々の加護を完全になくしてしまった』と思った。

 それは、大陸から出なくてはならなくなったから。

 神々から預けられた大地から樹海もりを完全になくしてしまって、それを復活させることも統一国家を作ることも叶わずただ敗走するように海を渡ってしまった。


 だけどまだ、彼らはどこかで『皇国ですら完全に神々の加護の許にあるのではない』……と、思っていたはず。

 それはウァラクが禊ぎの途中であり、皇国の貴族達……あ、この『貴族達』の中には、まだ『元下位が含まれている貴族』という括りだね。


 つまり『他国が思い込んでいる貴族達』でも、家系魔法をなくしたり魔力の少ない者達が生まれたりしていたということが、皇国ですらいつどうなるか解らないんだという変な安堵感(?)を彼らに与えていたのだ。


 彼らは『皇国も自分達と同じ道を辿っているはずで、自分達の痛みと悲しみを理解できる』なんて思っていたはず。

 だが、元マウヤーエートの国々が滅びの道しかなくなったというこの時期に、皇国では『正典完成』という偉業を成し遂げた。


「まぁ、この時の完成は正典として全巻が揃ったという意味でなく、訳文完成ということなんですが。他国にしたら、大して意味は変わりません」

「ああ……そうだろうな。その他に未発見の神典や神話があるなんてことは、皇国内ですら知っている者は少なかったからな」

「その『完成』の報せが他国に浸透した頃に……まずは『元下位』が『本当は貴族ではなかった』ということが皇国全土に知らしめられ、これまた衝撃が走った」


 家系魔法は失われたとしても皇国にある『神々の加護』とは、無縁であるという証明だと言われたも同然だ。

 そして……ビィクティアムさんという『神々の加護を体現した神斎術師』が現れた。

 しかも、誰だかは解らないけど、神聖魔法師なんて者までいるらしいと知った。


 他国に落ち延びたミューラだけでなく、誰も彼もが焦り出す。

 皇国が、どんどんと遠くに行く。

 もう自分達では、元々の加護の大地すら取り戻せないというのに。

「この頃だと思うんですよ。赤月が『アーメルサスに樹海もりを取り戻す』なんて言いだしたのは」


 この辺はアトネストさんの話からの推察だが、赤月の半数は本気でそれを実行しようとしていたのではないだろうか。

 でも、この頃の赤月は『不平分子』を集めたはいいが、統率が取れていたとは言い難い。


 もたもたしているうちに、なんと皇国では『星青の境域復活』でウァラクに『浄化の宣』がなされた。

 皇国が完全に神々からの加護を取り戻し、繁栄と栄光の時代に入った……と、他国にいる全ての人々が知ることとなった。

 これには、反乱分子達は完膚無きまでに叩きのめされた……精神的に。


「なるほど……それで、樹海もりの復活なんていう悠長なことを言っていられなくなったやつらが、赤月から離反したのか」

「だと思います。その殆どが、おそらくタルフからの亡命者とミューラ。彼らが一番『マウヤ』に拘っていそうですからね」


 彼らは加護を完全に取り戻し盤石となった皇国ならば、きっと今度こそ自分達を助けてくれるに違いないと思ったのかもしれない。

 そのために『聖皇国語教』などというものを作り、正典の言葉と確定した皇国語を持て囃し始めることで神々からの赦しを願い、皇国への忠誠を示そうとした。


「……アイソルに司祭達が出向いたことも……拍車をかけたかもしれんな」

「それは……ありそうですね。ですが『アイソルは失敗した』と、彼らは認識していると思います。だから、聖皇国語教会をオルフェルエル諸島に作ったのだと思いますよ」


 そんな彼らはきっと、皇国がヘストレスティアやカシェナと貿易を続けているのが不思議で堪らなかっただろう。

 どちらにも迷宮があり、彼らから見れば加護の中にあるとは言い難い国だ。

 だから……そんな国々が『神々の手に護られている皇国』と繋がりのあることが許せなかった。


「多分そんな下らない理由で、今また浄化なんて言いだして『過去に成果が上がったと思い込んでいる犯罪指南書』を取り出したんじゃないかと思うんです。でも、浄化をしたいと思っているやつらがばら蒔いたとしても自分達だけでは手が足りず、冒険者に実行させるには『儲かる』と思わせることが必要だったのかもしれないですね」

「そのせいで、皇国でまで?」


「皇国は『儲けるため』に組み込まれたんであって、本当の狙いはヘストレスティアとカシェナへの『浄化』じゃないですかね。だから『神にも等しい皇国でも仕掛けて許されそうな場所』として、ウァラクの谷底の町とか、彼ら的に『穢れた食べもの』を作っているところが狙われた。ガイエスがエンターナの無人島で会ったっていう『地下道を通っていたやつら』っていうのも、カシェナに何かを仕掛けるために地下道で行き来していたのかもしれませんね」


 彼ら自身が手を下さなかったのは……もしかしたら地下とか、谷底というものに忌避感があるだけでなく本当に『怖い』のかもしれない。

 だとしたら……なんでだろうか?


 地下に纏わる伝承話が何かなかったか、シュレミスさんやアトネストさんに聞いて平気だろうか?

 アトネストさんは、結構トラウマっぽかったから……思い出したくないかもしれないもんなぁ。


「俺が考えるのはこんな感じですけど……もしかしたら聖皇国語教会と赤月分裂組は、もう少し違う思惑もあるかもしれないですが……そこまでは想像できないですね」

「いや、充分だろう……こちらで調べたことと、殆ど一致している部分もあったからなぁ……本当に、おまえのは『妄想』なのか?」

「妄想ですよ。だって、なんの裏付けも証言もないんですからね」

「……俺には『天眼』にしか感じないが……まぁ、おまえがそう言うなら、妄想ということにしておこうか」


 なんですか、いきなり『天眼』だなんてオソロシイこと言いだして!

 人の心理とかそういうものは、どの国でもどの時代でも『憧れ』と『嫉妬』と『羨望』と『憎悪』と『愛情』と『歓心』……その他諸々が入り乱れるちゃんこ鍋ですよ。

 そして後の時代で『え、そんなことで?』が、きっかけとなって諍いや争いが割と簡単に起きるものなのです。


 国同士のことだからって『高尚で政治的な原因』があるとは限らないし、個人の思惑だけで簡単に国の命運が左右されてしまうことだってありますよ。

 あちらではたった一日で滅亡したとか、短命で信じられないような理由で亡くなった国が山ほどありましたからねー。

 民意とか大勢の賛成なんてもの、暴走や混乱には必要ないことだって多いんです。


 こんなこと起きる訳がない、こんな考え方でここまで大きくなるなんてご都合主義のこじつけ、なーんてことは、後からならいくらだって言えますよ。

 人が思いつく全ての原因も結果も、必ずそこに至ってしまう『道』があるからこそ思いつくのですからね。


「人にとっては偶然とか奇跡的であっても、神々にとってはすべからく必然なのですよ」

「視点の違い、か」

「俺はそう思います」


 なんにしてもその浄化とか言いだしているのは、他国にいて『まだ皇国の正典を読んだことない者』だ。

 神々の存在は信じて敬っているけど自分達は見放されちゃっているから、皇国に取り成してもらいたい……とでも思っている、他力本願な『自称・敬虔な信者』達だろう。


 そして最も困ったことは、そいつらは『皇国に褒めてもらいたくて他者を傷つける行動をとっている』という点だろうな。

 いやー、ホント、この妄想が当たっていたとしたら、迷惑千万ですよ。


「あの剥がれる硬皮用紙も、もしかしたら指南書がありそうだな」

「作られているのは、きっとヘストレスティアですよ。皇国なら、あんな杜撰で魔力や魔法履歴が全くないものなんて、逆に作れませんよ」

「……『魔法履歴』……?」


 あ。

 いけね、ついぺろっと……ま、まだ、検証中でしてね?

 はっきりはしていなくってですね……あああああーーーー、そんな風に見つめないでくださいーーっ!

 怖いですーーっ!


「身分証、確認しておけ。絶対に神聖属性か、神斎術の一種な気がするから」

「……はい。後日、必ず……」


 ビィクティアムさんに方陣を見せるだけだったのに大仰な話になって、しまいには新規技能(?)まで開示してしまうことになるとは……

 まぁ、隠していたってしょうがないと言えばしょうがないから、別にお知らせするのはいいんだけどね。

 こうも『うっかり』ってのが多いと……ダメダメ感いっぱいで凹む訳ですよ。


「ああ、それとな、そろそろ例の『報酬』が届くと思うから、倉庫を空けておけよ」

「……! はいっ!」


 やったーー!

 たーのしみーー!


「それとな、明日の昼頃にロウェルテア卿がどうしてもおまえに頼みたいことがあるからと、教会に来るから会って欲しいって言ってたぞ」

「はい……それはいいんですけど……頼み?」

「内容までは、俺も聞いていないんだよ」


 はて?

 なんだろう?

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