第885話 妄想列車は急には止まれない

 さてさて、一時停止の後、再びの発車でございます。

 ちょっと加速して参りますよ。


 とにかく、勘違いと思い込みの激しいマイウリアは、なんとかヘストールから皇国を引き離したい。

 ヘストールの冒険者を実行犯に選び皇国側にばれるように仕込んで、冒険者の評判も落とそうとしていたかもしれない。


 そうすれば皇国は冒険者を排斥するために、北方二国からの出入りを完全にストップするだろう……という算段だったのかも。


 だが、ここでもマイウリアは間違いを犯している。

 皇国と自分達の価値観が一緒だと、思い込んでいたということだ。

 これはマイウリアだけでなく、どの国でもそうだが『他国とは価値観が一致しなくて当たり前』ということを失念しがちだ。


 残念ながら仲がよかろうと悪かろうと、皇国は他国に一切干渉しないし自国まで辿り着いた者を無下にはしないという姿勢を貫いていた。

 皇国の『自分のことは自分でやれ、だけどここまで来たら受け入れるよ』というスタンスにブレがなかったということだ。

 だから、マイウリアのやっていたことは全部空回りとなり……皇国側は、マイウリアのラブコールに気付かなかった。


 いつまで経っても皇国側からヘストールにもポルトムントにも『穢れているやつらとは付き合わない』という絶縁宣言が出なくてマイウリアがれていた頃、ヘストール、ポルトムント、ジョイダールで小競り合いが始まってマイウリアの工作員達は一時撤退。


 この頃も皇国はいつも通り何処にも味方せずにいたので、マイウリアは『自分達の作戦が功を奏し皇国は北方を見捨てた』という思い込みで、全然成功していないのに成功体験を得てしまった。

 だから、犯罪マニュアルは『有効な手段』として、残ってしまうことになる。


 そしてヘストールの時に『やっぱり海路より陸路で行き来できる方が有利』と痛感したマイウリアは積極的にガウリエスタを攻めはじめ、北へ北へと追いやる一方で犯罪マニュアルを使ってガウリエスタとアーメルサスを『中からも壊そう』とする。


 マニュアルに一回目のマイウリア語が載ったのがきっとこの頃。

 古い表現にしたのは、当時のガウリエスタにいた冒険者達にやらせるためだっただろうから、当時のガウリエスタは言葉としてはほぼマウヤーエート語だったのだろう。


 アーメルサス語のものも、この辺りで作られたと思う。

 これにはきっと、昔にアーメルサスに入った移民達が『マウヤ』に戻りたくて荷担していたかもしれない。


 だが、マイウリアの誤算は、犯罪指南書がひとり歩きを始めたことだろう。

 冒険者達や長引く内戦で食い詰めた者達が、金儲けのためにそれを使って詐欺行為を始めたのだろうと考えられる。

 滅亡計画だったものは、ここら辺りで詐欺マニュアルになって『毒をバラ撒く』という方式に『金儲け』がプラスされ若干マイルドな手口になって広まった。


 詐欺にしては不自然なくらいに使用される毒物の危険性が高かったのは、おそらくそのせい。

 マイウリア、ガウリエスタでその詐欺行為が蔓延し、この二国では冒険者は犯罪者と同義になっていった。


 そんなこんなで内部崩壊を狙った犯罪マニュアル作戦は、どちらの国でも戦闘状態がずーっと続くというだけの地味な消耗戦の中で有耶無耶になってしまう。

 更に時が経ち……今から百年前となる頃に、皇国と出島貿易を始めたタルフが、復讐という理由でマイウリアに関わってくる。

 何がきっかけかは解らないけど、海路の発見とかアイソルへの地下道発見とかがあったのかもしれない。


 そしてシィリータヴェリル大陸側でもこの辺りで、革命的新興組織が『ミューラ』を名乗り出す。

 これは皇国人が『マイウリア』と書かれた文字を読み間違えてから『皇国に認められている者の名』として定着したという可能性がある。


 もしくは、そう名乗ることで皇国側に自分達を受け入れさせようとしたか、支援を取り付けようとしたのではないだろうか。

 しかしここでも皇国はそんなことに気付かず、気にもせずにスルーしてしまって……革命派は失敗を繰り返す。


 その度に勢力が弱まって消えたようになり、また盛り上がりを繰り返しつつ『ミューラ』は細々と生き残る。

 だが、いよいよ限界を迎えた革命組織は、強制的に皇国人を呼び寄せて……というか、攫おうとして? 皇国側に脅しをかけよう思ったのかもしれない。


 皇国にはなんとしても自分達ミューラに振り向いてもらわなくちゃいけないから、メンヘラ化が進んでしまったのではないか……という悲しい予想。

 でも、マイウリアが以前手駒にしていた冒険者は、もう警戒されてしまっていて使えない。

 だから、次に目を付けたのは、皇国で肩身の狭い思いをしつつ不満を抱えていた『緑の瞳の人達』だっただろうと思う。


 ここでも商人達や行商人を使って、言葉巧みに接触して『宗神を敬っている振り』までしたかもしれない。

 実際に彼らを何人か、マイウリアまで連れて行ったかも。

 ハムトの壁にあった文字は、連れて行った彼らを信用させるための仕掛けだったかもしれないとも思ったり。

 でもまぁ、まだ全部なんの証拠もないから、ただの想像ですが。


 本当ならマイウリアに留まらせ、時間をかけて自分達の味方にして革命の手助けをさせたかったのではないだろうか。

 もしくは、ここでも『スサルオーラ派を粛正してやったから、感謝して手伝ってくれ』なんて、皇国貴族に交渉しようとしていたかもってのも考えられるが……残念なことにまたしても、ミューラは緑の瞳を持つ者達の想いの深さを見誤った。


 彼らの煽られ昂ぶった気持ちは、皇国内の賢神一位加護の人々に暴力となって向けられてしまい、各地で事件が勃発してしまった。

 それで、手が付けられなくなったミューラは引かざるを得なくなり、この時期にうっかり本国内で蜂起がばれてしまった人達までいて焼き討ちを受け……すっかり勢力が弱まってしまった。


 だが、もうギリギリだった革命派達は、ここでおとなしく時を待つなどできなくなっていた。

 ……理由は……解らない部分もまだまだあるが、間違いなく焦っていた。

 もしかしたら、ディルムトリエンとかガウリエスタとの争いが激化してきたせいかもしれない。


 だから、早急な再起を懸けて、新しい武器や即戦力となる人材を欲した。

 禁断の『火薬』に手出しを始めたのも、きっとこの頃。

 その時に集めた他国の『差別に不満を持つ者達』の中に……とある皇国の者達もいた。

 元下位達や元従者で、貴族に不平不満を持つ者達の一部だね。


 きっと元下位達もスサルオーラ信者を利用していたと考えられるけど、教会関係者まで巻き込むからミューラ側は若干引き気味だったかもしれない。

 だけど、どちらも互いを上手く使えればそれでよしとして手を組んだ。

 ミューラ側は『思惑通りにいかなければ、皇国に刃を向けたやつらを差し出すか殺してしまえば皇国側もきっと喜ぶ』……なんて思っていただろう。


 ここでもご機嫌取りや仲介は行商人達で、なんとかイイ感じに煽れてきたかなーなんて頃にガウリエスタの迷宮から銃が見つかって、ガウリエスタはその製造を始めた。

 しかし、ガウリエスタにその技術はなく製造は頓挫、かといって技術大国と思われていたアーメルサスに奪われてしまってはいけないから、ガウリエスタとしては安易に他国に依頼はできない。

 マイウリアでは材料の確保が大変だし、当然技術はない……だが、この武器をできるだけ多く手に入れたいガウリエスタの一部が、ミューラに目を付けたのではないだろうか。


 革命派ミューラもこの情報を掴んでいて、銃の製造と確保を目論んでいた……

 当然、彼等と繋がりのあった皇国の元下位達も、魔法が使えない場所での武器として狙っていたのではないかと思うんだよ。


 そして、ガウリエスタ側も諦めてはおらず、皇国に持ち込んで改造したり製作させようとするだろうとミューラは考えた。

 彼らはなんとか銃を手に入れて、次の狙いを金属加工の熟練工の町・シュリィイーレに定める。


 だけど、一向に自分達の価値観を皇国に寄せることのないミューラは、またまた判断を誤っている訳ですよ。

 ひとつは、シュリィイーレの職人達があんなものを作りたがると、本気で思っていたこと。

 皇国では武器としての剣が必要なのではなく、抜かずにいることこそが皇国の平和の誇りであると、心の強さの証としての象徴であるということを知らなかった。


 そしてもうひとつは、皇国が火薬をとんでもない危険物だと認識していたという事実を知らなかった。

 魔獣がいないという皇国で、火薬が魔獣をおびき寄せるなんてことを知っているはずがないとでも思ったのかも。


 もしかしたら碧の森で爆発騒ぎを起こした間抜け達に火薬を売りつけたのも、ミューラの行商人かもしれない。

 それを使ったとしたら『火薬の知識がないから、銃を入れたとしても簡単に作ってもらえるのでは』……なんて、期待した?


 そして火薬が使われたことが解った後すぐに銃を持ち込んだということは、当時は行商人を装った『革命派』がシュリィイーレに何人もいたし、出入りもしてたんだろうね。

 仕掛けをさせる冒険者達に銃を持たせたのも、シュリィイーレで『改造』させようとしたのも、職人達が『新しい武器』を知ったら作りたくなるはずだ……なんて下心もあったかもしれない。


 更に、シュリィイーレが王都から好かれてはいないという情報を得たことで、皇国にもシュリィイーレを排除したら喜んでもらえる……なんていう妄想もあったかも。

 ミューラの仲間になっていた元下位達も『自分達こそが正しい皇国の在り方を体現している』と思っているおバカさんばかりだっただろうし、それを『皇国貴族』と思っていたらミューラは間違いに気付けなくても仕方なかっただろう。


 ビィクティアムさんがシュリィイーレ衛兵隊に来る前、一時期の衛兵隊長官は『元下位』だったし不当な手段で長官職に就いたらしいから……ミューラと組んでて町に入る手引きしていたのかな?

 だけど思っていたより早くそいつ自身の罪が暴かれてしまって、拘束されて動けなくなった。


 銃作戦の一部が失敗してても、まだ諦めないミューラは次に取りかかる。

 起死回生となる仕掛けの口実は、新しい『毒』の使用実験。

 皇国内のことだから元下位達を実行犯にしたのは、シュリィイーレが彼らの希望と合致する場所であったから。


 だけど、彼らとミューラは目的が違うから、元下位には『遅効性の致死毒』とでも言っておけばいい。

 殺せない毒にしたのは、本当はさらいたかったから動けなくする程度でよかったという意味かと思いましてね。


 あの頃は西の森や白森の奥から大峡谷を迂回でき、元少数民族領を突っ切る道が通れると信じられていたから、そのままガウリエスタ側をやり過ごせれば簡単にミューラに連れて行けるルートがあったのかもしれない。

 きっともう……崩れちゃっているだろうけど。


 ミューラは、火薬への嫌悪感とか職人の想いや元下位達の本当の望みも何も理解できず、元下位達もミューラ達が自分達を利用しているなんてことも思いもせずに信頼して……どちらも大失敗。


 だけど、ミューラの諦めの悪さは天下一品だったのかもしれない。

 その毒を使って自国で一騒動起こしたけど、残念ながら不発に終わってしまった。


 しかも、そのせいで更に国力は低下の一途を辿り、付け込むようにディルムトリエンはガンガン攻めてくるし、ガウリエスタには負けないまでも勝てなくなって、もう皇国の援助を待っていられなくなったマイウリアとそれを追撃もできない革命組織ミューラというぐだぐだな状態。


 これらの判断の遅さと思い込みの強さが、結局マイウリアもミューラも滅ぼした……かに思えたが、ここでアーメルサスに潜伏していた革命派と本国から逃げ出すことに成功したミューラが合流。


 起死回生をかけて結成したのが『赤月の旅団』という、表向きは又しても『革命団体』。

 だけど……この時に実権を握ったのは、マイウリアにいたミューラではなく、タルフやアーメルサスにいたマウヤーエート復権派だったのかもしれない。



「……とまぁ、こんな感じにつらつらっと現在に至るんだと思っているんです。個人的に」

「タクト……本当に『仮説』なんだよな?」

「勿論ですよ。他にもいくらでも可能性はあります。ま、現在手元にある史料とかから数千年をザーーーッと妄想しちゃったんで、所々雑に端折っていますけどね」

「細かく聞き出したら、五年経っても現在に辿り着かなそうだな……」


 やだな、いくら俺だって、そんなには喋りませんよ。


「まぁ……今のは、個人的な意見で妄想……としてもいいが、どうしてそんな昔の指南書が、今になって出回りだしたんだろうか……」

「うーん、全部ではないですけど……一因というか、きっかけは『正典が完成しちゃった』せいかもしれないですねー」

「は?」


 段々、ビィクティアムさんが呆れるように驚きの声を漏らすのが、楽しくなって来ちゃったぞ。

 性格悪いなー、俺ってば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る