第883話 繋がる過去
「タルフのことは……なんとなくだが、解った。だが、どうしてミューラで商人達は『食事に身分差』など感じたのだと思う?」
「それは、ミューラが皇国に媚びていたからだと思いますよ」
タルフとはまた別の理由だが、ミューラにもガウリエスタにも『格の高い食べもの』というものが存在している。
食べるもので分かれていたというより、経済的な貧富の差とかで手に入れられる物が違ったからってのもこちらでは大きいと思う。
彼らは真剣に『自分達は皇国の方々に敬意を払っています』と示すために、位の高い人達だけしか口にしない高価なものを食べさせようとしていただけだろう。
「ミューラやガウリエスタにとって、皇国人は『身分階位が上』だった。それはアーメルサスも同じですね。おそらく旧マウヤーエートから分裂した国々で、皇国に媚びたいと思っていなかったのはディルムトリエンだけだと思います」
「ではタクト、その『皇国に媚びるために他国を浄化する』なんて言い分は、理解できるか?」
……は?
瞬きが異常に増えて、言われた言葉を反芻する。
えーと、浄化……の意味が、多分【浄化魔法】の浄化とは違うね。
テロリストがよく使う方の意味……っぽいよね。
「理解、はできませんが……そういう思想があった……ということは、知っています。ただ、俺が聞きかじったのは『媚びるため』ではなく『神からの啓示』と言っていたかも……?」
「そのような愚行までも、神々に責任を押しつけるのか」
「誰かに認めてもらおうとして他者を傷つける時に、手っ取り早く正当性を主張できて、一番自分の残虐性を否定しつつ、最も使命感に酔える言い訳ですからね。信仰に対しての侮辱であることに気付かない、愚者の言でしかないと思っていますけど」
俺も愚かであると思う、と言うと、ビィクティアムさんは溜息をつきつつソファの背もたれに身体を預ける。
そーいうおバカな輩がいたのかな?
「赤月の目的が、どうやら『マウヤーエート復権』で、そのために『ヘストレスティアの浄化』が必要だ……などと言っていたらしい」
……
いかん、フリーズしてしまった。
なかなか斜め上の発想だなー。
流石、テロ上等の集団だなー。
一体どーしてアーメルサス人がその発想に……あ、媚びるためか。
あれれ?
でも、アーメルサス人の集団から『タルフじゃない』っていう言い訳が出たんだよね?
んんん?
「赤月の中心にいたのはタルフ人とミューラ人で、構成員にアーメルサス人、ガウリエスタ人、アイソル人などがいたようだ」
「アイソル……あ、ミューラが亡くなった後に渡った人達ですか?」
「そこまでは解らないが、東の小大陸からアイソルまでの地下回廊があったのだから、タルフから逃れた者かもしれない。タクト、この構成を聞いて何か思い当たらないか?」
タルフ、ミューラ、ガウリエスタ、アイソル……?
アイソルには、元ミューラも元マイウリアもいただろうし……『全員が旧マウヤーエート』と括れるけど……もしかして、ビィクティアムさんが言いたいのはそっちじゃないのかな。
だとしたら……
「あの、犯罪指南書が読める人達ばかり、ですね」
「俺はあの指南書を書き、実行させているのはそいつらではないかと思っている。だが……そうなると、皇国を標的にする理由がよく解らない」
そうか、ヘストレスティアを『浄化』というのを、ヘストレスティアを『滅亡させる』ことと捉えているかもしれないってことか。
その理由はきっと、大地を穢しているから。
ヘストレスティアは地下に迷宮を育てて、魔獣を作り出しているとでも思っているのだろう。
確かにその方向ならば、理解はできる。
皇国の隣から、厄介な国を排除してやった、ということを『実績』として誇れると考えていたとしても。
しかし、そうなると『態々皇国語の訳文を追加』して、皇国内に何かを仕掛けるなんてのは矛盾している。
あ、だけど……標的になっているのは……ウァラクだよな?
「そうだな、ウァラクのヴェロード村、ローテラスト村、エカロト村、ペカリード村とミレルだ。それから、セラフィラントのロカエ、リバレーラのレブレック、アルフェーレだな」
「どこも未遂だったんですか? 何かを盗られたりした方は……?」
「詐欺に引っかかったというより、詐欺なんかしないと暮らせないなんて可哀相だ、と金銭や食糧を渡してやる者がいたらしい……」
ビィクティアムさんが『やれやれ』という顔になるのも解りますよ。
そういう優しさと憐れみは、犯行を解りづらくさせてしまう要因だよね。
だけど『詐欺』には、相手のできるだけ詳細なデータがいると思うんだけど、それの入手はどうやっていたんだろうか?
「それには……行商人が関わっているようでな。彼らは皇国人に限らず誰とでも会話を弾ませるし、彼らと接する者達も話し上手な彼らと親しくなりやすい。そして自分のことや周囲のことなども、会話のはずみで悪意なく話してしまう」
「あー……そう、ですよねぇ……」
皇国人の多くは、基本的には性善説だ。
誰かに自分のことやお隣さん達の『困りごと』や『事情』を話してしまったとしても、助けてあげようかと考える人はいても悪事に利用しようと考える人達は少ない。
それは、他国人と決定的に違い『平和で安定した国』で暮らしていて、いつでも『守ってくれる誰か』が声をかければ何処にでもいるということに起因するかもしれない。
そして、飢えることがないという加護のある国の人々なのだ。
皇国に暮らしている人達なら誰でもそうだろう……と、考えてしまっていても仕方ない。
セキュリティというのは、危機感から生まれるものなのだから。
衣食が足りているから、礼節を重んじ相手に親切にするのが皇国人の『普通』なのだからそれを疑えとか気を付けろと言うのも……難しい。
それこそ、神々が『同族を疑え』とでも言わない限り。
そんな人達からなら……プライベートなデータだって引き出すのは容易だろう。
ということは、一案件につき『データ集め』『実行犯とのやりとり』と、少なくともふたり以上の行商人が組んでやっている組織犯罪ってことだ。
皇国は、近年稀に見る移民過多状態。
何処の国のどんな行商人が入り込んでいたとしても、不自然ではない。
だけど……どうしてウァラク、セラフィラント、リバレーラ……?
あ……あああーー、そーかっ!
ここで食べものと穢れってやつが絡んでくるのか!
「皇国をというより、皇国の『ある条件を満たした場所を狙った』ということですね、きっと」
「それらの場所に、どういう共通点があると言うんだ?」
「ビィクティアムさん、それぞれの場所で美味しいものと言われて、ぱっと思いつくのはなんです?」
「ロカエは魚……アルフェーレとレブレックも魚や貝だな。ウァラクは……どこも芋くらいしか……あ……」
「そうです。タルフが『穢れている』とした食べものばかりです。そしてウァラクのミレルはウァラクで一番芋が有名な町で、その他は確か『谷底の村』ですよね?」
谷底、というのは大地の裂け目の底……まさに大峡谷などと同じ扱いの『穢れた場所』という認識がマウヤーエートにあったのかもしれない。
そしてタルフもアーメルサスも『地下が大嫌い』で、谷は『人が暮らしている場所』より『下』である。
魚を食用とすることに対しても嫌悪感があり、特に魔魚のいる『海の魚介類』に穢れを感じていたのだろう。
こちらもタルフだけではなく、毒のある魚が沿岸で捕れていたミューラも同様と思われる。
更に、ウァラクは星青の境域復活前まで『神々に見捨てられかけている』とされていて、アルフェーレでは……その昔、扶翼の当主が
この事件はかなり有名だったらしいので、皇国と商取引のあったミューラが知っていても不思議はない。
「彼らは自分達の考えていることが正義だと確信しているから、皇国人も同じだと思い込んでいるでしょう。だから『皇国内の穢れている場所にいる穢れた者達に制裁を与えよう』と考えた。だけど、彼らは自分達が裏から操っていることがばれたくなかったので、実行犯には『皇国人』を使ってしまった。だから……失敗したんですよ」
そう、彼らはずっと、間違っているのだ。
「シュリィイーレの水源に毒を入れようとした、あの時のように」
ビィクティアムさんが、驚愕の表情に変わる。
あの時のバックはミューラだった。
繋がっているとも繋がっていないとも、現時点では俺には詳しくは解らないし確証はない。
だけど、計画者、仲介者、そして皇国人の実行犯……という構造は似ている。
そして俺が思っていた以上に、あの指南書は『昔の物』だったのではないだろうか。
「説明、してくれるのだろうな?」
はい、させていただきますが……笑顔なのに怖いですよ、ビィクティアムさん。
いいですか、個人の意見、ただの想像ですからね?
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