第882話 お食事的身分考察

 はい、それでは、俺の『個人的な意見』をもう少し申し上げましょう。


「考えられるとしたら……そもそもそれらを食べられてしまう方が、多くの人を損なうという判断がされた場合、ですかね」

「どうして馬を食うこととか、芋や魚を食べないことが民のためになるというのかさっぱり解らんっ!」


 おや、具体的に何に制限があったことまで解っているのか。

 それならもう少しヒントが欲しいなー。


「……それ、タルフの?」

「ああ、そうだ。あとは、カシェナの一部でも馬を食べるという風習が古来はあったそうだが、今はほぼないらしい。あとは……ミューラと取引のあった商人達が、ミューラでは偶にしか牛は食べず、イノブタはあまり食べられていなかったという。ガウリエスタから来た者達は芋を食べることは当たり前だったが小麦が少なく、ほぼ肉ばかり食べていたらしい」


 どうやらガイエスと接触したその人は、赤月のメンバーのことを話す時に自分はタルフではないと言い出し、その証拠として食事のことなどを言っていたようだった。

 なるほど、なるほど。

 タルフでそんな感じだとすると、ちょっと考えやすいかも。


 あのムカつく『加護変え本』の他の四冊は、タルフが『誇らしげに語っていた歴史』の本だったからね。

 食べものの記載は何もなかったが、東の小大陸の原住民が住んでいた『加護の少ない大地』とディスりまくっていた地形や気候のくだりを思い出していく。


 本国から逃げたしてきたマウヤーエート達は、最初カシェナ側ではなく東側……おそらくハーミクトに近い方から上陸した。

 その頃にハーミクトという国があったかどうかは解らないけど。

 勇敢に海の魔獣と戦ったなんて記載があるから、カシェナ側には海から入れず魔獣を避けるように回り込んだのだろう。


 だって、近海にいたのってきっとあの魔海驢まかいろってやつだよね?

 マウヤーエートが、海の魔獣に有効な魔法を持っていて『本当に戦った』のだとしたら、もっと自慢気な記述があったと思うんだよね。


 そして乾季と雨季が存在し『雨の訪れと共に大地は膨らみ、乾いた季節はひび割れる』という記載があったはず。

 それはミューラの王宮の本でも『雨季の時の災害対策』とか『乾季の水源確保について』なんてものがあったので、緯度が違えど似た気候だったのかもしれない。


 マウヤーエートから出た人々が、後にタルフとなる場所を決めたのは気候条件とか作物が似ていたからだと思うんだよなー。

 んーー、なんとなくまとまってきたかなー?


「俺の考えとしては……タルフの王族や貴族って、古代マウヤーエートから東の小大陸に『移民』として入ったんですよね。だったら、かつてのマウヤーエート王国で言われていたことだとしても、シィリータヴェリル大陸に残った人達とは違う考え方だった可能性はあります。でも、以前ガイエスの手に入れたタルフの歴史書に書かれていた『マウヤとの違い』に、食のことは書かれていませんでした。だから規制があるとしたら、東の小大陸に移ってからやむなく決めたことだと思うのです」


 そして『アルシュールさん達が区別があった』と言っているのに、セラフィラント内の東の小大陸移民達からの聞き取りでは当て嵌まっていなかった。

 ならば、それを提唱し現在も守り続けているのは古代にマウヤーエートから渡ってきた人達だけということだ。


 赤月に荷担しているのは、タルフで言う『貴族』……マウヤーエートの血を引く人達だけということかもしれない。


「やむなく……にしても、どうして『大地より上のものだけを食べる』なんてことに?」


「東の小大陸の大地に、当時のシィリータヴェリル大陸の人々にとって『毒』とも言えるような成分が含まれていて、それらは根や土の中に実る根菜類により多く蓄積されていたのかもしれません。だから、健康のために食べさせないようにしたかった。幸い、乾季があったとしても作物は多く育つ気候だったので、食材制限をしても問題はなかった」


「そうか、それで『身分が上』という設定にしていた自分達が食べても大丈夫なものを『高貴な食べもの』なんて区分にしたということか……」


 ビィクティアムさんは心底『なんて馬鹿馬鹿しい』という表情だが、当時のタルフにとっては死活問題だっただろう。

 折角逃げ出してきて、自分達の王国を作ろうという時に食糧問題にぶち当たった。

 しかも、それが『量』ではなくて『種類』によるものだったから、作っていいものとそうでないものはすぐにでも見分けねばならなかった。


 当初、かなりの犠牲が出たのだろう。

 これ以上同胞をなくすことは避けねばならないから、マウヤーエートから来た者達全員に『現地人はなんともなくても自分達に食べられないもの』を早急に周知させる必要がある。


 だから『現地人は自分達とは違う階位の低い生き物』と設定して、彼らが食べているものは『神が穢れていると決めた食べもの』ということにした。

 そして、神々の啓示であるとしたのであれば『絶対のルール』として、ずっと継いでいく必要があったから……神典を書き換えていったのかもしれない。


 偽神典の出発点が全て悪意からであるとは限らない、ということだ。

 だが、当然その偽物を悪用したやつらも勿論、出てきているので……なんとも言えないのであるが。


「では……魚もその理由か?」

「魚は単に『捕るのが危険』だから、じゃないかと。なんせ、東の小大陸の沿岸には、魔海驢まかいろなんていう魔獣がいますから。川魚も自分達にとっての毒がある大地の成分が含まれるので、危険だったということもあったかもしれないですが」


「そういえば、タルフはイノブタがいなかったらしい。牛はいたが絶対に食べず、祭りや祝いの時にだけ馬の肉を食べたそうだ」

「んー……その辺は、もしかしたら気候と地質的な問題かも?」

「は?」


 そういう事例と仮説もあるのですよ。

 まぁ……ここも宗教ぽいことと関わりがあるので、そこら辺は言いませんけど。


「まず、イノブタは飼育する手間も少ないし、肉も沢山採れるので畜産としては非常に優秀です。でも、イノブタは穀類とか芋類や野菜なども食べないと太らず、肉がとれない。その上それらの食べ物は、東の小大陸では『現地人の食べもの』としても『マウヤーエートの人々の食べもの』としても必要なものです。豚の肉がとれる量と穀類や野菜、そして労働力として繋ぎ止めておかないといけない現地人の食べる芋類をイノブタにやってしまうのは効率が悪い。東の小大陸は、畜産が不向きな土地だった可能性があります」


 ビィクティアムさんはそういうものなのか、という感じで聞いているが、これもまた食べものが豊かな皇国では思いもよらないだろう。

 では、牛も同じ理由で食べないとしてもどうして育てているのか? と聞かれたので、それは食べるための飼育ではなく畑を耕すために必要だから、と答える。


「雨期に盛り上がるほど水分を蓄え、乾季にひび割れる大地……という記述があることから、タルフは『粘土質』の土が多かったんじゃないかと思います。そうだとすると、乾季の土はあまりに硬過ぎて、人力での耕作は不可能。大陸を離れたことで魔法も弱くなっていたでしょうから、馬か牛を使わなくてはいけない。だけど、馬は牛ほどの持久力がなく、餌も相当量必要になる。牛って、食事がギリギリでも大丈夫なんですよ、種類によっては。そして、人が食べられないものを餌として与えられる。だから、畑を耕すのに絶対に必要だった牛を食べてしまったら、畑が耕せなくなって収穫がなくなってしまう。それで禁止したのかもしれないですね」


「……それなのに、馬は食べるのか……?」

「馬は移動には必要だったから育てていたと思いますが、常に食べていたのではなかったと思いますよ。階位が上の人達が好んだのは『馬が根菜を食べない』からじゃないですかね?」


 デルデロッシ医師の本によれば、馬は根菜類を食べるとガスが溜まって具合が悪くなることがあるらしいからね。

 それで馬は『高貴な生き物』の仲間入りをし、祝いの席とか特別な時だけ神々に捧げるようにして……高位の人達だけで食べたのかもな。


 それも始まりは『馬がいなくなると魔獣から逃げる手立てがなくなる』から普段は食べさせないということだったかもしれないし、老いた馬や怪我をして亡くなった馬達を魔法でちゃんと焼き尽くすことができなかったから、やむを得ず食べて病気になったなんてことが禁止の始まりだったってこともありそうだけど。


 始まりは『守るため』だったのかもしれないが、時が経ち人々が安寧に慣れ始めるとそれらへの意識は少しずつ変容する。

 そして、かつて食べられなかったものも世代を経ると耐性が付いたり、免疫を獲得したりする。


 現地の人々を下に見てはいても混血が進んだことによる、遺伝子レベル、保有腸内細菌レベルでの適応力獲得だってあったかもしれない。

 となれば、食べない理由、食べさせない理由は『意味を持たない理不尽な差別』となる。


「……そういう、考え方もあるのか」

「仮説です。まだ何処にもそういう文献は、ありませんし」

「おまえは……どうしてその仮説を思いついたんだ、タクト?」


 俺は少しばかり言い淀み、嘘は吐けないけど……あちらの世界の『他国』については、そういう仮説もあったんだよなー、と頭の中で考える。

 うーむ、宗教としての教えがあったなんて言えないよなー。


「……海を越えると、いろいろな考えの人達がいたのですよ。俺は実際に会ったことはないし、文献で読んだだけですけど」

「ニッポンでは、通説ということではなかった……と?」

「沢山ある仮説や、考察のうちのひとつです。ただ、俺が一番納得したものだったし、タルフには似たところが多かったからそうかな、と」


「ニッポンにはそういう『食べもの』の差別はなかったのか?」

「大昔はあったかもしれないですけど、基本的には『食べられるものは全部食べる。食べられないものは、食べられるように加工して食べる。食べるものがなかったら、何処まででも探すしなんなら作る。そんでもって絶対美味しくする』って感じでしたからねぇ……大概のものは、取り敢えず食べてみる国民性でしたよ」


 本当にね、ビィクティアムさんが複雑な表情しちゃうのも解りますよ。

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