第876話 ダフトの町の風景

 部屋に戻るとガイエスからメモが届いていた。

 ……なるほど、競りはどうやらガイエスの指定された席が二階席らしい。

 うーむ……額型のウェアラブルカメラの方を使うんだな。

 まぁ、隠蔽がかかるからその方がいいかもしれないか。

 それじゃ。それに装着できる望遠レンズを作るか。


 望遠レンズとは言っても、俺がこちらにいながらにして拡大率が替えられる【文字魔法】使用のレンズにしてしまおう。

 レンズっていうより、ズーム操作デバイスだよな。

 今回はその方が楽だろうし……根本的な改良は、今度ゆっくり。


 ほいっとガイエスに送り、今日のところは晩ご飯を食べたらすぐにちょこっと仮眠。

 夜中に起きたらあと四半刻で日付が変わるところだったので、大慌てで真珠三角錐の確認に行った。

 うん、問題はなし。

 今年も魔効素放出、お疲れ様でした!



 おはようございます。

 今日はちゃんと蓄音器体操にも参加できて、子供達と話でも……と思ったが、それどころではない。


 本日は、ドキドキの迷宮品競り市実況中継です!

 ガイエスは、競売場の外からカメラのスイッチを入れてくれているみたいで、ヘストレスティア西部に位置するダフトの町の風景がもの凄く新鮮だった。


 全体が砂色の町という印象。

 石畳ではなく薄い黄土色の道、馬車が止まっているけど幌馬車みたいな、なんだか……ちょっと、開拓時代のアメリカ西部の町みたいだな。

 でも、建物は木材じゃなくって、日干し煉瓦っぽい。

 周りには全くというほど樹木は見られず、土も乾いているのか砂っぽい土が足元で風に運ばれている。


 地面にも草が殆どないから、きっとこの町は全体的に水が少なめなのだろう。

 そうか……それで雲ができ難く雨が少なければ、天光が隠れることも気化で熱が奪われることもないから昼間は暑そうだな。

 今も天気はピーカンだし、夏場のヘストレスティアは昼と夜では寒暖差が結構あるのかもなー。


 さて、競売場はかなり立派な作りで、他の建物とは趣が違う。

 あ、切り出した石で造っているからかな?

 これは……皇国の建物に似ている。


 中に入るとロビーがあって、ちょっと単館上映専門の映画館みたい。

 ガイエスは真っ直ぐに二階へと上がっていく。


 決められていると言っていた座席は、二日間とも同じ場所なのか迷いなくひとつの扉の前へ進んで行く。

 受付っぽい女性に何かを見せると中へと入り、簡単に仕切りのついた個別のブースになっている座席に着く。


 隣のブースの出入りも見えないような完全に中の人が隠れる高さなので、競り落とした人の顔などを特定させないためだろうか。

 あ、そうか、二階はお金持ちさんとか商人とか、冒険者以外の人達なのかもしれない。


 だとしたら、競り落としたものを知られてしまうと後から襲われることも考えられるから極力公開しないのかもね。

 ガイエス、迷宮品の競りの後で変な奴等に絡まれている人を見たことがあるって言ってたもんなー。


 改めて会場を見回すガイエスの視界が、スクリーンに映る。

 一階席には完全に覆い被さっているような二階席だから、映画館の正面スクリーンみたいに幕の下りている舞台だけしか見ることはできない。

 ガイエスは既に新しいパーツを取り付けてくれているので、偶にズームアップして辺りを確認。


 天井は低めで二階席のブースは少なそうだけど、一階席がぎっしりだとしたら千人弱くらいは入れそう。

 スタンディングのライブホールみたいな感じだね。


 あー……そーいや昔、ロックバンドのライブ看板を書いたことあったなー。

 高校時代の知り合いが予算がないからって、俺に頼んできたんだよなー。

 その時の会場よりは、かなり広いな、うん。


 ここでやっと、ガイエスが通信を繋いできた。

 ま、流石に個別ブースじゃないと、喋れないよね。


〈見えてるか?〉

「ああ、問題ない。思っていたより広いんだな」

〈この町で、一番大きな建物だからな〉


 目の前にカウンターがあって消音の魔道具がおいてあり、今日の競りに出る品々のリストがあるぞ。

 あ……精密画付きだ……これ、欲しいなー。

 手元で見たいから、ガイエスにちょこっと貸してもらおうかな。


「その一覧表、借りてもいい? すぐに返すから」


 ガイエスはすぐに送ってくれて、俺もサクッと複製してご返却。

 ほうほう、いろいろなお品が出るようですね。

 迷宮核って……これか。

 背表紙が見えているんじゃなくて、タイトル文字っぽいものが書かれている表紙が見えているだけ……あ、箱のサイドにスリットがあって、そこから見て『本』って解ったってことか。


〈迷宮核だけは事前入札だったんで、俺の他には三人に競りの権利があるらしい〉


 事前入札で出品者の最低売却リザーブ価格より上に設定した人達だけの競りになるそうだから、それなりの値が付いたということだ。

 ガイエス、目利きも大したものだなー。

 流石、俺のエージェントだぜ。


「解った。金はちゃんと用意してるけど……もしも皇国小金貨で五十枚以上になったら、大金貨ならまだまだあるからな!」

〈……そんなには、ならねぇって……〉


 なーに言ってんだよ!

 世紀の大発見なんだよっ?

 ……世紀っていう単位、ないけど。


 それでも、四人での競りだというなら参加者は『価値が解っている』人達だろう?

 他の三人のデータがないかと聞いたが、残念ながら公開はされていないという。

 どうやら皇国人の、商人か商会と契約している冒険者だろうというのも、予想でしかないようだ。

 でもまぁ、十中八九そうだろうな。

 皇国人の商人は、いくら護衛がいても本人が競りに出席するとは思いにくい。



 暫くして幕が上がり、オークショニアが出てきた。

 ……なるほど、冒険者組合の人と商人組合の人が後ろに控えてて、客席に睨みを利かせながらのオークションとはなかなか……

 二階ブースからのコールは、船に備えられている金属性の伝声管のようなものに話しかけると、オークショニアの両サイドに取り付けられている何本かのホルンのような口から聞こえてくる。


 おや……あのホルンには方陣が仕込まれているな?

 ガイエスが気付いていないってことは、俺が神眼で視ているから解るということなのだろう。

 ……音を拡大できる方陣かなー。

 覚えておこうっと。


 迷宮品オークションの最初の内は防具やら武器だったが、すぐに貴石の付いた『飾りとしての武具』などになった。

 ほぅ、割と良さげな石もあるみたいだなー。


「へぇ、あの鉄橄欖石てつかんらんせきは、結構いい石だなー」

〈買うか?〉

「いいや、あれなら錆山の方がいいものが採れるよ。鉱石関連はあまり食指が動くものはないけど、使われている金属は面白いものがありそうだな」


〈……よく見えるな……取り付けた部品で近付くからか?〉

「それもあるけどね。この席がいいんだよ。間に何もないだろう? 人もいないから魔眼で視やすいんだよなー。おまえだって『遠視とおみの方陣』が使いやすいだろう?」

〈ああ。でも『遠視』で視ながらなんて、鑑定できないって〉


 おやおや、ガイエスくん……また【方陣魔法】に頼りっぱなしかなぁ?


「だからさ『遠視』を『方陣として使って』みろよ。そうすると技能の方陣でも魔法に引っ張られないから、鑑定の段位が低くてもちゃんと働くぞー」

〈……解った。やってみる〉


 こういう素直さが、成長を促す鍵だよね。

 そして暫くするとどうやら上手く視えるようになってきたみたいで、貴石がすぐになんなのかが解るようになってきたみたいだった。

 こんなに短時間でできるようになるとは、今までも訓練はしていたんだろう。


 なので、俺は協力とばかりに全ての品の石の名前や特徴を教えながら、オークションを見学。

 本来の目的ではなかった『鉱石鑑定講座』になってしまったが、これはこれでなかなか有意義だ。

 落札される価格を書き込みながら、オークションを見守る。


 残念だったのは、落札の時にはハンマーで叩くっていうの期待していたけど、ないんだねー。

 オークショニアさんの大声が響くだけなんだが、喉、痛くなりそうだよ……

 一階席のざわめきは結構聞こえるから、人も多そうだし活気があるもんね。


 ガイエスはティアルゥトやオルツで世話になっている人達にと、お土産として二、三個の小物を競り落としていたが……やっすいなー。

 まぁ、土の中に埋まっていたといってもそこまで古いものじゃないみたいで、ちょっと可愛い形の入れ物っぽかったからね。

 冒険者も商人達もそんなに粘らず、すぐに落札できてガイエスは楽しそうだった。


 そろそろオークションはクライマックスなのか、出て来るものが高額設定になってきた。

 高額とは言っても皇国大銀貨一枚分くらいで、感嘆が漏れてしまうものだった。


 もしかしたら『あの品がその価格でいいのかー』っていう、やれやれ感を込めた意味かもしれないけど。

 うん、確かに金属としては悪くなさそうだけど、石も細工も二級品だもんなぁ。


〈タクト、次だ〉


 ガイエスの声に居住まいを正す。

 さぁ、ここからが俺達の『オークション』開始だ!



*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸41話とリンクしています

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