第877話 迷宮核オークション

 迷宮核というものは殆どが、魔力が多めに含まれている『魔道具』や『貴石』が多く、冒険者の心を揺さぶるような武具などではないらしい。

 なので冒険者達としては『自分は競るつもりはないけど、どれくらいの値が付くのか』という興味本位のものと言えるようだ。


 迷宮核の開始価格は、事前入札で最も高かった金額から。

 今回は『皇国大銀貨二枚』から……やっす!

 えっ、冒険者さん達が入札していないにしたって、そんな価格でいい訳ないでしょっ?

 ガイエスから、ちょっと呆れたような声が漏れた。


〈……これを『本』として価値があるって言ってるのは、多分おまえだけだと思うぞ?〉

「なんでっ?」

〈だって、誰も読めねぇし。だから、価値がありそうなのは金属製の箱だけだっていう判断だろう。実際、俺も入札は皇国大銀貨一枚と小銀貨五枚だったし〉


 なんという……価値が解らない者達だろうかっ!

 まぁ……読めないから要らないと思う気持ちも、解らなくはない。

 しかし、歴史的文化的価値は、計り知れないのにっ!

 何が書かれているか、何語なのか、正しいにしても間違っているにしても、どうしてそうなっていくのかなんてことだって……


 確かに読めなきゃ、意味は解らない……か。

 だけどさー、それを読もうと努力し続けて研究し続けることが、過去の扉をひとつひとつ開けていくことになるのにーー。

 勿体なぁい!


〈冒険者も商人も、興味があるのは『今』と『近い将来』くらいだよ〉

「今の意味と未来の可能性の予測には、歴史を知ることが重要な手助けになるものなんだよ」


 俺達の言い合いの最中も少しずつ値は上がっていったが、皇国大銀貨三枚と小銀貨七枚でオークショニアから『他はないか』の声がかかった。


「ガイエス、小金貨一枚で!」

〈……青五番 皇国小金貨一枚〉


 ガイエスのコールが会場に響くと、うおーーーっという雄叫びが一階席から湧き上がる。


〈あ、赤四番っ! 皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨……さ、三枚っ!〉


 お、競ってきたやつがいるぞ。

 ちょっと迷いつつといった感じだから、刻んでみるか。


「皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨五枚」

〈青五番 皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨五枚〉


 落ち着いたガイエスの声に、一階席からはさっきのような歓声はなく、静まりかえって次のコールを待つ。


〈赤四番……皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨……六、枚……〉


 よし、突き放すか。


「皇国小金貨一枚と、皇国大銀貨一枚」

〈青五番 皇国小金貨一枚と、皇国大銀貨一枚〉


〈……皇国小金貨一枚、皇国大銀貨一枚! あ、ぁ、ありませんかっ?〉


 赤四番さんは、やっぱり箱狙いだったのかなぁ。

 そりゃ箱だとしたらこの価格は破格っていうか、馬鹿じゃね? って思うかもねー。

 会場は凪いだままで、オークショニアが全ての客を見回し、次に声がかからないことを確認する。


〈青五番『確定』!〉

 うっぉおおおおぉぉぉぉぉぅおおおぉぉ!


 叫び声が大きくなったり小さくなったり……ということは、息が切れたらまた叫び直しているってことか?

 それとも、大勢が時間差で叫んでいるのかなー。

 面白いなー……冒険者。


 だけどこれで『本』が高額で買ってもらえるという実績、できたかな?

 それとも、やっぱり金属製の箱だと思っているかなぁ。


〈よかったなー、全然値が上がらなくて〉

「……複雑だよ、俺としては。価値が解らないやつが多過ぎるってことだもん」


 今後、もしそういう人達の手に歴史的なものが渡ってしまったらと思うと……

 それに、今回だって箱にしか価値を見出していなかった人達ばかりってことだろう?

 ガイエスが偶々オークションに気付いたからなんとかなったけど、他の人達だったら絶対に中身の本は捨てちゃったに違いない。


〈そーだなぁ……捨てなかったとしても、あの箱から取り出してぶっ壊しちゃったかもなー〉

「ホント、おまえがいてくれて良かったよ……」


 落札品の受取はこの後、別室で行われる。

 ガイエスにはカメラをつけたまま、通信も繋いでいてもらうことにした。

 すぐに係員に呼ばれ、ガイエスは二階のブースから受渡しの部屋へ。

 へぇ、誰にも会わずに取引部屋に入れるのか。


 多分、絶対にお金を持っていると解られてしまうから、万一の事態を防ぐためなんだろうね。

 おそらく競りに参加するのではなく『誰が金をもっているか物色』するためのやつもいるのだろう。

 実際、ガイエスが競売場に入る前から、変な雰囲気のやつは何人かいたもんなぁ。


 そいつら、商人とかその契約者をチェックしているみたいだった。

 ガイエスが受付で『金段の冒険者』と言われた時に、何人かが急にマークを外した感じだったからねー。

 うちのエージェントさんを狙おうなんざ、百万年早ぇんだよ。


〈落札、おめでとうございます〉

〈ああ〉

〈お声を上げられた品は、全て落とされていましたねぇ。ですが、ご自身のお使いになるようなものは、なかったみたいですが?〉

〈……俺が使うのは、シュリィイーレ製かセラフィラント製だけだ〉


 もうっ、ガイエスくんったら、嬉しいことを言ってくれますねぇ。

 ビィクティアムさんが聞いたら、盛大な頭ぐりぐり案件だな。


 確認を済ませ、落札代金と手続きの手数料を払い終わると落札した品々がガイエスの前に並べられ、魔力登録が行われる。

 所有証明というやつだね。


〈はい、確かに。では、こちらの品々を皇国内で取引するという確認書に署名か押印を〉


 ん?

 色墨も何も用意されていない?


「ガイエス、待て!」


 ガイエスは書類を手に取り読む振りをして、手を止めてくれた。


「色墨も押印用の印液も用意されていないということは、おまえの千年筆や皇国の印液を使わせたいのかもしれない。一旦預かって、後で渡していいかの確認をしてくれ」


 ガイエスは、今は筆記具も印章も持っていないし、全てを売るとは限らないから契約者と確認したいと言い、一度、宿に戻ってから書いて持ってくると告げる。

 一瞬だが、係員の目が泳ぎ逡巡したような気配を感じた。


〈そう……ですか。では、出品者への協力礼金の支払い関連もございますので……天光が陰る前までには、必ずお持ちください〉

〈解った〉


 よしよし、なんとか確認の時間は確保できたぞ。

 そしてガイエスは、書類だけでなくなぜか全ての品を袋に入れる振りをして……俺に送ってきた。

 おそらく『転送の方陣』を袋の中に仕込んでいたんだろうが、いいのかよ、みんなへの土産物まで……んんん?


 なんだ、この書類?



*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸42話とリンクしています

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