第874話 特異日の皇国観察

 朔月さくつき六日の夜、部屋で改日時を待っていた。

 俺は今回の『特異日』で、三角錐からの魔効素放出の確認だけでなく他にも何点か確かめたいことがあった。


 放出された魔効素は、皇国全土に均等に降り注いでいる訳ではないだろう。

 王都や大樹海に多く注がれているのは解ったが、他にも魔効素が供給されるところがあるのではないのかと思ったのだ。


 その『他の場所』が解れば、そこに何があるのかが調べられるのではないか……とも思った。

 去年ちらりと頭をぎった『もしかしたらもうひとつ三角錐があるのでは?』という疑問も、その場所が判明したらアタリを付けられるのではないか……なんてね。

 以前は位置的に旧ジョイダールが怪しいとも考えていたが、今となってはなんとなくあそこは『一度も皇国の大地だった過去はない』とも思うのだ。


 万全の準備をして、例年の如く上空へと上がる。

 全身真っ黒なので下からは見えないとは思うのだが、念のため『隠蔽』はかけてある。


 日付が変わると同時に、三角錐の位置からとんでもない勢いで魔効素が吹き上がり、まずは王都目掛けて降り注ぐ。

 うんうん、全部の三角錐が正常運転しているようだね。


 次に降り注ぐ量が多いのは、大樹海とその周辺。

 ふぅん……最初の十分くらいは勢いよく噴出するけど、その後は少し穏やかに吹き出し続ける感じなんだな。

 星青の境域が戻ったからか、魔効素はその範囲にだけ注がれて外部には一切漏れることがない。


 海の上に落ちた魔効素は、海面を漂っているほんの少しばかりの魔瘴素を捕らえて消しながら、沿岸から浅瀬の浄化を続けるだろう。

 吹き出しが弱くなっても王都と大樹海への供給は続いていたが、それ以外の幾つかの場所でも魔効素が吸い込まれていくように集められているのが解った。


 錆山からの魔効素も……噴出量が増えてて、ヴェガレイード山脈の中の幾つかの場所に魔効素の筋ができている。

 吸い込んでいると解っていなければ、そこから上に棚引いている煙のように見える。


 俺は予め撮っておいた錆山上空からの写真に、その『魔効素筋まこうそすじ』が吸い込まれる場所に印をつけていった。

 まずは、近場から……だよね。


 錆山の裏側に回り込みウァラク側を見ると、あのシュトレイーゼ川に注いでいると思われる湖のあった石板の祠辺りにも魔効素筋。

 もしかして……各地の『祠』とか『石板』に、魔効素を供給しているのかな?


 ふと、思い立って俺は、セラフィラントのレクサナ湖拝殿聖廟へと入ってみた。

 ……魔効素は少しは入ってきているけど、かなり少ない。

 もしかしたら、ここには本来『祠』か『石板』があったのではないだろうか?


 それがなくなってしまったから、魔効素を留めておくことも吸収することもできなくなっているのでは?

 いや……なくなったのではなく壊れてしまった?


 神眼でもこの中に『魔法』を探せず、今は『何もない』ことが確認できただけだった。

 また、ビィクティアムさんと一緒にここの検証に来たいけど……すぐには無理だろうなぁ……

 特異日にも魔効素補充がされない場所だということが解っただけで、今回はいいか。


 もしかして、他の極大方陣の場所も『魔効素供給』ができないのかな?

 だから……魔法を封じて何かを保とうとしていた……とか?

 でもなぁ、そうするとやっぱりルビー部屋は……異質だよなー。


 すぐさま転移で錆山へと戻り、また上空へ。

 錆山周辺で魔効素筋が見つかったのは六箇所、南の森では三箇所、西の森で一箇所。

 それから……真珠三角錐からの魔効素の一部が、昔の少数民族領があったと思われる崖の辺りにほんの少し吸い込まれている。


 多分、いつも魔効素を吹き上げている錆山が近くにあるのに、魔効素筋がこの特異日にだけしか見えないというのは『受け取ることができる』のもこの日だけなのかもしれない。

 きっと、常に吸収できるようにしてしまうと、人々の暮らす場所の魔効素量が減り過ぎてしまうのかも。


 年に一度の供給日であり、大地の浄化日。

 だけど、どうして朔月さくつきの七日なんだろうね。


 水源奥のルビー部屋の暗号を作った人の時代は、その理由が解っていたのかもしれない。

 今までちょっと怖くてあの部屋には入っていなかったけど……もう一度行っておいた方がいいかもなー。


 あの空間が崩れるとしたら、かなり水源にダメージが出そうだから整備した方がいいかもしれないし。

 そうだよなー、一番整備が必要なのってルビー部屋とその通路だよなー。

 冬前に一度行くか……


 気を取り直して、上空から眺めた錆山のシュリィイーレ側、碧の森にも棚引く魔効素筋。

 あの辺って、紅花の広場だな。

 もう少し西にもひとつ、隣の山の中腹にも……ひとつ。


 レーデルス側に視線を移すとそちらは殆ど何も視えず、結構南の方になん筋か視えている程度。

 エルディエラも俺が一番最初に直した翡翠の三角錐があるのに、そこから吸い込んでいる魔効素筋は少ない。


 その場所に統一性は……感じられないなぁ。

 山の近くって訳でもないし、人里離れた場所ってこともないみたい。

 湖の近くとか川の近くにもあるし、山裾だったり町の真ん中だよねって所にもある。


 とにかくデータ集めということで、俺はあちこちと飛び回って魔効素筋のあった場所をガイエスからコピーさせてもらった地図に書き込んでいく。

 しまった、カタエレリエラとマントリエルは地図がない……ま、このふたつはなんとなくでいいか。

 今度、昼間にさささっと上空から空撮しよう。


 ちょっと高速飛行し過ぎて疲れたーー。

 転移で部屋に戻って、甘いものなど口にしてからベッドにダイブ。

 歯磨きと風呂が【洗浄魔法】で完了するの、便利だよなぁ。

 おやすみなさー……ぃ……



 朝日が昇り、朝食に起こされるまで、俺は思いっきり寝こけてしまった。

 この頃、お子様達は俺抜きでも蓄音器体操をしているのだが、朝食の終わった頃に『今日も体操やった!』と申告してくる。


 ……嘘なんかじゃないとは解るから、スタンプ押すのはいーんだけどさ。

 ちょっと寂しいので、やっぱり早起きはしよう……

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