第872話 契約更新シーズン
刺繍糸の色濁り、色落ちの原因は、二度目の染色分が斑に落ちたり変質したりしているせいのようだ。
そしてこの染色に使用されている魔法は、多分、方陣だろうが……所々で『働いていない』場所があるみたいだ。
いや、働き過ぎってのもありそう?
勿論もの凄く狭い範囲なので、胡麻粒みたいな『穴』がぽつぽつ開いている、みたいな感じ。
だけど……おそらく、売る前に『浄化』をかけてしまっているから、胡麻穴が開いている所からその下まで浄化が通ってしまって色に影響してしまっているのかも。
このオレンジ色って、何で色をつけているのかな?
……茜……?
茜は……手元にないなー。
どーせこの刺繍糸、使えないよね?
ちょっと試してみよっかなー……折角、紅花があるしねっ!
どんな魔法で作られているかがよく解らないけど、【文字魔法】でちゃらっと着色解除。
もの凄く綺麗な、メタリックシルバーの糸になった。
……なんか凄く格好いいメタリックだから、これだけでいいんじゃね? な気持ちになったが、いや、紅花を試すんですよ。
まだ紅花製のインクができていないので、先日ちょこっと摘んできた紅花から抽出。
赤と黄色の両方が抽出できるって優秀だよね、紅花。
まずは黄色くするためにちょっと温度高めで煮て、乾燥させる。
これだけでは金色ではなくて金属っぽい黄色である。
そこにー、ちょこっと紅を溶いた冷たい水を……きっと染色系の魔法があれば簡単なのだろうが、俺にはないので【植物魔法】を応用しつつ薄ーく薄ーく幾重にも紅を重ねる。
お、これはいいかもー。
取り出して……乾かしたら、試しに『浄化の方陣』で浄化をしてみる。
浄化をかけると、もしかして元の糸の透明度が上がる?
ビスコース・レーヨンって『浄化をすると繊維自体の色が薄くなるか透明になる』のか?
いやいや、浄化し過ぎちゃった……けど、金属の粉自体は透き通らないからか、よりメタリック調が強くなってしまった。
綺麗だけど、今回求めている『ウァラクの金赤』じゃなくなっちゃって、少し赤味のあるペールゴールドになった。
そうか……使っている『浄化の方陣』の精度によって、色味が抜け過ぎるということもあるのか。
一応母さんに『この色も使う?』って聞いてみたら、色落ちしたものとかくすんだものを影の部分に使ってペールゴールドの糸で光の加減が表現できそうだから、と喜んでいた。
でもこの色は一束でいいと言われたので、もうひとつはまた後日に検証をしてみよう。
布で擦れても、爪で引っ掻いてしまっても色落ちがないと喜んでいただけたのでやり方は間違っていないみたいで良かったよ。
さて、昨日はすっかり方陣の改造と刺繍糸の染め直しで終わってしまったが、ちょっと早めにやっておかねばならないことを忘れていた。
来月になったら、軒並みの更新ラッシュで商人組合が超繁忙期に入る。
その前に俺の今結んでいる契約更新や、母さん名義での買取や販売になっていた全てを俺に変更しておかねばならないのだ。
母さん名義のものはそろそろ全てが更新時期で、俺名義のものは来春のものと合わせると結構な量になるため
春はこれまたとんでもない忙しさだからね、商人組合。
ちょっと時期をずらすのならば、本格的な秋の準備に入る前の今の時期が一番いいんだよね。
今まで制作物の登録をしていた分に関しては特に更新などはないんだけど、それの商取引契約に関しては賢魔器具統括管理省院ではなく商人組合である。
商人組合に行くと嵐の前の静けさとばかりに、人も少なくてのほほんとした雰囲気だ。
「お、タクトくーん」
「お久し振りです、ティスモスさん」
のんびりモードのティスモスさんは、商人組合の契約関連のエキスパートだ。
昔は役所でも仕事をしていたから、役所に提出する書類作成などの手伝いもしてくれる所謂行政書士みたいなポジションも担っている。
法務関連も詳しいから司法書士も兼務かな?
「ふむふむ、西の畑での農作物の買い上げ契約とかは、今までミアレッラさんやったね、そういえば。全部タクトくんに変更でいいのかの?」
「はい。レーデルスの甘薯と青豆もお願いします」
「了解したよ。それから……あ、冒険者との契約もあるんだねぇ?」
おっと、そうだった。
ガイエス関係のものは冒険者組合通してだったから、商人組合での書類はなくて口頭承認だけだったっけ。
「そっちも……正式書類を作ってもらっていいですか?」
「ほいよ。じゃ、取引するものは……どんな品が多いんだね?」
「えっと……当初は冒険者組合での契約で、シュリィイーレ以外の場所の鉱石だけだったんですけど、最近は食材や日用品も……あ、本とか、神泉粉とかも買って来てもらってて」
「……凄いのぅ、そりゃあ……んじゃ、品での契約やのぅて、個人契約の方がいいんじゃないかねぇ?」
個人契約とは、品物ごとにどんなものをどれくらいという契約ではなくて、その人との専属バイヤー契約のようなものだ。
バイヤーが調達してきてくれたものに対して、都度双方で話し合って納得すればいちいち契約書を交わさずとも商取引として成立させられる。
いい品が素早く手に入りやすいけど、バイヤーの目利きが未熟でイマイチのものだったとしても何割かは契約主の商人が負担せねばならないという、信頼関係が大切な契約である。
ふむ……確かにその方が俺としてはありがたいし、冒険者組合に申告する分と分けるのも簡単だろう。
「それじゃあ、その契約用で作成をお願いしていいですか? 契約してもらえるか本人に確認して、上手くいったらすぐに署名してもらうんで」
「ほいほい。どこの冒険者なんだね?」
「セラフィラントのセレステなんですよ。近々来ると思うんで、その時にお願いしますから」
「おーやま、そら、とんでもなく遠いところの冒険者だね。でも、セラフィラントなら……安心だぁな」
んんん?
その他の所の冒険者は『不安』ということか?
あ、そっか、あの詐欺マニュアル関連か!
「あー、聞いとったか、タクトくんも。そうなんよー。困ったもんさねー。ライエに冒険者組合の皇国本部があるんじゃが、あっちこっちからライエに集まってる冒険者を狙って変な行商人が売りつけとるらしい。食堂を受け渡し場所に使うのが特徴らしいから、タクトくんの所も気ぃ付けといてなー」
うわ、何それ、迷惑ぅ。
行商人と冒険者だから互いに拠点となる場所がなく、一番出会っていても不自然でないのが食堂ってことなのかもしれないな。
「そいと、タクトくんならそんなに欲しがらんと思うが、冒険者に『迷宮品』取引に参加させる目的で臨時契約をしたがる商人や商会が増えていんのよ。そういう『臨時雇い』でも、実は『迷宮品だけは必ず全て』なんつー契約に署名しちまう冒険者もいっから、注意してやってな」
「単発の一回限り、でも止めておいた方がいいってことですか?」
ティスモスさんは、への字口の苦々しい表情で強く頷く。
「んっ! 絶対にいかんな。品物単位でしか契約しておらん冒険者が狙われやすいから、もしもそのセレステの冒険者が品物単位にしてくれ、言うてきたら引っかからんようにしてやって。ま、個人契約になったらその心配はないよ。品物に関わりなく、個人契約の商人が最優先やから、変な細工されても不当契約として突っぱねられるし。そもそも契約主の商人からの了解がなけりゃ『品物での契約はできん』って言っちまえるからね」
ほぅほぅ、そりゃ契約は基本的に『物』より『人』の方が強力な約束事になっているから、うっかり本人が単発契約してしまったとしても個人契約を結んでいる相手が了承していないと成り立たないってことか。
その点についても、ガイエスは自らそんな馬鹿げたことはしないと思うけど……あいつ、ヒーロー気質だからなー。
困っている人がいたら『その人の助けになるし一度くらいならいいか』って、なりそうだよなー。
無条件でそんなことをするただの間抜けなお人好しではないけど、知り合いとか友人がそういうのに引っかかったりしたら……
そもそも、ガイエスは『自業自得だ』と言って、切り捨てられるタイプじゃなさそうだ。
うん、ではそういう『お門違いのヒーロー活動』は、できないようにしておきたいよねー。
相手の同情心とか優しさに付け込むような『友達なんだから助けてくれ』ってのは、本当の友達だったら絶対にあり得ないはずだ。
むしろ巻き込みたくないと思うものだ……と、信じたい。
でも俺は、俺の知らないガイエスの周りの人達まで、全部を信用なんてできないしなー。
あいつが『断っても罪悪感を抱かずに済む口実』として、俺との契約を使えるならその方がいいだろうからな。
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