第870話 方陣加工

 自分の部屋に戻り、さて、と気合いを入れ直す。

 音声変換は後で考えるとして、取り敢えず目の前のことで対策ができそうなことを先に提案してみようと思ったのですよ。

 当然、うっかり出回ってしまっている直木紙すぐきがみやら樅樹紙もみきがみの詐欺マニュアル対策である。


 これらの『新しいもの』が犯罪の拡散に使われてしまったことでイメージが悪くなったりして、やっと多くの工房で作られ始めた紙の製作に待ったがかかるようなことは避けたいからね。


 逆に、それが使われたから犯罪摘発の一助になったと思われるようなものを提供したい。

 紙製品で主張できること……いつどこで作られたか、販売場所がどこかが解れば、犯罪に使われたとしても入手経路から足取りが推測できるかもしれない。

 しかし全ての紙にそれを入れつつ、使用の際に邪魔になってはいけないのだ。

 そしてそれは容易に真似をされたり、削除されることのないもの……


 そんなものを紙に施すとなれば……透かしの技術であろう。

 いつ、どこで作られ、どのような販売ルートに乗ったものかの特定ができるデータの照会に使えるものを全ての紙に透かしで入れる。

 ハイクオリティの紙に入る、ウオーターマークのように。


 初めから日本銀行券のようなクオリティを求めはしないし、金型を押し当てる白透かしでも充分なんだけど……

 やっぱり、もそっと拘るべきだよな。

 なにせその町や村で作った、その工房が手がけたという証となるのだから、誇りを持って刻み込むものであって欲しい訳ですよ。


 今、作られている紙は漉き終わって乾かした後に、表面を滑らかにするためちょっと圧力系の魔法をかけつつローラーに巻き付けている。

 その時に紙がずれたりぶれたりしないように『抑えガイド』があり、紙は必ずそのガイドの下を通って巻き付けられていく。


 ガイドの紙に接する部分に、魔法を吹きつけてデータの『透かし』を入れていくのがいいんじゃないかと思うのだ。

 インクジェットプリンターで、ブラックライトだけで解るようなバーコードを印刷する……みたいなイメージだね。


 日本郵便でハガキに施されているようなものを、魔法と方陣でやってしまうのである。

 でも、ブラックライトではなく『天光』か『燈火』の灯りに翳すと見えるようにしたい。


 誰もがその場で簡単に確認できて、作る方も売る方もそして買う人達もそれが認識できなくてはいけない。

 勿論、見えるのはバーコードではなくて、読める文字での製造年や領印章など。

 だけど、書く時にそれらが邪魔になってはいけないし、紙の質に影響させても駄目だ。


 さて……では具体的な魔法やりかたをどうするか。

 当然、俺が付与に行脚できる訳ではないので、使うのは方陣である。


 空圧でも使って、金型スタンプってのが一番簡単ではあるがそれは却下。

 紙の裏表で書き味が変わってしまったら、ノートとしては質が落ちるということになってしまう。


 中の繊維を指定部分だけ透明にする……というのも考えたが、それだと描いた文字が裏写りすることになってしまって意味がない。

 熱で浮かぶとか消えるなんてのだと、紙そのものの質まで変わっちゃうので論外だし鑑定に熱源が必要になってしまう。


 つまりは、その文字やマークが解るように簡単な動作で『透けて見える』か『浮かび上がる』だけでいいのだ。

 そう、要は『見せ方を誤魔化す』だけでよく、対象が『人』だけであるという限定なのである。

 となれば、改造すべきは……『錯視の方陣』だ。


 だがここで問題がある。

 方陣というのは『発動している時だけその現象が起こせる』魔法であり、発動には魔力の供給が必要ということだ。


 本来であれば方陣自体を紙に描いて、それを起こさせなくてはいけないのだが……『紙』が加工の対象になる材料であり、切ったり折ったりするのだから当然方陣など描いたって意味がない。


 だから、描いた方陣が描かれた場所で魔法を発動し続けるのではなく、魔法を発動して起こった事象が『魔力に頼らずキープされる』方式が望ましい。

 そのようにできる魔法は『治癒』『回復』のように『付与するかのように事象を起こさせる方陣』だが……残念ながら、現在の『錯視の方陣』はその作りではない。


 発動終了後も効果がリセットされず、尚且つ魔力がなくてもその事象が続くようにしておくというのは『物理的に変化させる』なら簡単であるが……『錯視』は違うのだ。

 この『錯視の方陣』は『発動している間だけ錯覚させる』魔法なので、その作りから弄らなくては。


 実をいうとこの方陣の『錯視』というのは、厳密には『錯認』とか『誤認』に近い。

 違って見えているというより、違った判断をさせているというものだ。

 人にとって判断材料の多くを視力が担っているから、解りやすいように『錯視』という言い方をしているだけである。


 だけど本来は『錯覚している』のは『魔虫や魔獣』なので、やつらは目で見て判断してはいないと解ったから名前としては改めるべきかもしれないのだが……その辺は取り敢えずスルーしておこう。


 この方陣が錯覚させているのは魔力であり、目で見えている姿形ではない。

 呪文じゅぶんの中に『近きものに溶け込み』なんて言葉があったんで、カメレオンみたいに『視覚を誤魔化す』って思ったんだよね、最初は。

 だが溶け込むのは『形や色』ではなくて『魔力』だ。


 この方陣は『近くにあるものの魔力と同じもののように錯覚させる』という、なかなかとんでもない方陣なのである。

 だが、この方陣が使われているからといって人や動物が錯覚することがないのは、錯認が働くのが『加護のない者達にだけ』に働くからである。


 錯認のための『サンプルにする魔力』と『錯認させる対象』の両方共にその指定がある。

 だから、魔獣や魔虫が近寄ると『自分達と同じ魔力』と感じるから……襲ってこないのだろう。


 以前、ガイエスが『錯視の方陣』が効かずに襲われたのは『見えていたから』ではなく、同じ魔力であっても『同族すら攻撃対象』だったからだと思う。

 共食いも当たり前、縄張り意識がかなり強くてむしろ同族だからこそ寄せ付けないという魔獣だったのだろうと思われる。


 旧ジョイダールでね、ガイエスが斑紋洞獣はんもんどうじゅうに『ご案内』されちゃったのも、多分これに近い現象だと思うんだよ。

 魔竜くんもそうだと思うけど、彼らは『魔毒に冒されたが耐性を獲得している』という状態ではないだろうか。


 だが、残念ながらあまりに魔獣に近くなってしまっていて……感覚の一部分にだけ『錯視の方陣』が働いて『魔獣じゃないし自分達と魔力が似ている気がする』と思って、ガイエスを助けようとした……のかなーと。

 ……魔竜くんもそうかもしれない……


 これらを踏まえてもう一度『錯視の方陣』を組み直し、効果対象を『紙』に、錯認対象を『人』に変更。

 お次は『錯視の方陣』だけでは『変化させる』ことはできないので、どこを変化させるかの範囲指定に【植物魔法】の方陣を組み込む。


 どのように変化をさせるかの指定には『掩蔽えんぺいの方陣』を採用するか。

 本当は並位である掩蔽より中位のものがあったら良かったんだけど、残念ながら使えそうなものがない。

 そして『回復の方陣』の『与えるべき現象』を『回復』ではなく『掩蔽』に描き替えたらいけるか?

 あ……橋渡しはどれにしようか。


 これ、使えないかな……『祝福支援』の方陣の『支援』の部分。

 かなり完成度の高い上位技能方陣だけど、ばらすことはできそうなんだよな……えーっと、この図形はこっちの呪文じゅぶんで……これはこっちに影響しているから消せなくて……おっと、角度は書いておかなくちゃ。


 えっ……うわっ、これ駄目だー!

 もう一回こっちでやり直し……いや、この方陣じゃ……えっと……うーん……これじゃない方がいいかぁ。


 うー……ん、と……


 ……


 ふひーーーー……

 なんとか、できたかもーー!

 いやぁ、やっぱり思い通りにいかないなー、なかなかー。

 ちょっと当初の基本コンセプトからは外れたけど、なんとか……なったかな?

 途中で『全部【文字魔法】でサクッとやっちまいたいぜーー!』って何度思ったことか!


 しかし、それでは意味がないのである。

 誰もができる魔法でなくては!

 ……誰もが……この方陣図形を描けるか……と言われてしまうと、即答できないが……頑張ればできるっ!

 では、早速使ってみましょうっ!


*******

次話の更新は8/26(月)8:00の予定です

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