第869話 予想外の切り口

 犯罪マニュアルについての考察はちょっと置いといて、それよりも俗語のディスりから解る『それぞれの国の特徴』がちょっと面白い。


 アーメルサスはガウリエスタ人に対して『瞳を見ると血が汚れているか解る』とか『加護のない瞳』とか言っているので、シュレミスさんのような濃い灰色の瞳を嫌っているのだと解る。

 そして『細くて役に立たない』『短足』……というのは、アーメルサス人よりごつくはない体つきで、背があまり高くない人が多いからだろう。


 逆にガウリエスタがアーメルサス人に対しては『青カビの髪』『大きな眼は節穴』『怠け癖がある』……という感じ。

 緑がかった暗めの色の髪がアーメルサス人の特徴だと、以前にファイラスさんが言っていたし、目もガウリエスタ人より大きく黒目がちなのかも。

 アトネストさんはちょっと黄色味が勝ってて、茶色っぽくも見えるけど。


 ガウリエスタ人のように体格に関してのディスりがないところを見ると、体格的には総じてアーメルサス人はがっしりとしていたのかもしれないが、怠けていると思われているというのは体力が低いとか、持久力がない……ということなのかもしれない。

 魔力が低いと確かに持久力がなくなるし、回復に時間もかかるからそのせいだったのかな。


 マイウリアとミューラに関してはちょっとバラバラなので、接している地域によって人種的な違いがあったのだろうか?

 シュレミスさんが言うには、ガウリエスタの南方にいた『ミューラ』はアーメルサスより更に丸い大きな眼をした人が多く、いつもじっと睨むように見るから『不気味』という言葉と同義のようだった。


「ミューラは……北方と南方でなんだか別の国みたいに違うと言われていたよ。僕もガイエスを見て『ミューラの南方の人は瞳が本当に赤いのだな』とか『背が高いのか』と思って……なんだか、自分が接していたミューラ人と随分違うので『マイウリア』と『ミューラ』は、かなり違いそうだと思ったのですよ」

「なるほど。やはりか……コレイルにいたミューラとガイエスは、ちょっと違った気がしていたのだが……体格も、違っているといえば違うかもしれない」


 んー……エイリーコさんもリテアさんもそう言えば割と、ひょろっとしている感じだな。

 ハルエスくんもがっしりと言えなくもないけど、中肉中背で……どちらかというと高身長なガイエスとは、特徴が違う気がする。


 あれれ?

 だけど、以前サラーエレさんは『おにーさんはマイウリア』って言ってたよなー?

 だとしたら南方だったんでは?


 マイウリアとミューラは同じマウヤーエート起因のはずなんだが……もしかして、分裂したのは別の民族との混血が原因とか?

 それとも、移民として入ってきたリューシィグール二国との混血同士で対立していたとか……?

 だとすると……身体的特徴の違いも出てくるのかも。


 元々のマウヤーエートと、リューシィグールのそれぞれの国の人との混血で……三者三様の特長を持っている……とか?

 だけど、あの旧ジョイダールの地底人と思われる人々との共通点は全然なさそうだから、リューシィグールって人種的特徴で国が分かれていた訳じゃないのかも。


 以前ガイエスが送ってきたマイウリア王宮地下で見つかった文献、新しめだったから政治的なものだけだと思い込んでいたけど何かヒントがあるかもしれない。

 もう一度よーく読んでみるか。


 タルフとの違いも解るかな?

 アルシュールさんとウェルテクスさんも、マウヤーエートの血筋なのにガイエスとは明らかに体格が違うもんな。

 そっか、マウヤーエート時代にも皇国人とだって混血の可能性はあるか?


 いや……その時代の皇国は弱小国だったから、マウヤーエートには相手にしてもらえずに交渉すらなかったかも。

 そうじゃなかったら、もっと食べものとか魔法を求めて皇国側にだってリューシィグールの人々は入り込んでいるはずだろう。


 もしかして……彼らはマウヤーエートには『援助』を求めたけど、皇国には『侵略』を仕掛けたから……皇国人が頑張って追い返して入り込めなかったのかな?

 あーーー、この辺の資料欲しいーーっ!

 想像だけだと限界あるよーー!

 おっと、いかん、レトリノさんのノートを握り締めていた。

 おや、なんでこれは意味が書かれていないのかな?


「……レトリノさんの書いてくれてる意味が書かれていない言葉って、少数民族の方々が使っていた言葉を、皇国語で『音』に当て嵌めているものなのかな?」

「はい。意味まで教えてもらっていないもので、よく聞いていたものがありましたから。何度聞いても、教えてもらえなかったんですよ。だから……皇国人に対しての悪口なのか、と思っていましたよ」

「レトリノさん自身に向けて言われたことは?」

「いいえ。私個人……というより、教会とか衛兵とか……そういう大勢に向けてのものだと思うのです」


 音からだと、探るのが大変そうだなー。

 これは『レトリノさんが認識した音』であって、本来の発音かどうかは解らない。

 だから、俺の自動翻訳さんも沈黙したままなのだろう。


 少数民族の人達がどんな文字を使っていたかが解れば、俺の魔法でなんとか発音と結びつけられて意味まで解るかもしれないけど……

 この辺りも資料が足りないよね。


 こういうものは、じっくりしっかりデータの積み重ねで研究するものなのだ。

 結論を急いではいけない。

 そのうち、どこかから何かがひょっこり……出てくるのかー?

 西側の全部、すっからかんの遺棄地だぞーー?

 地殻変動かなんかで隆起でもしない限り、なんも出て来なそーー!


「……レトリノ、この……単語は?」

「これもよく言われたのだが、ふたつの単語が合わさっているみたいだったものの片方だ。どちらも、意味が解らなかった音だな。なんだ、アトネスト思い当たるものがあるのか?」

「こちら側だけなのだけど、この『皇国文字』の音をアーメルサスの文字での音に当て嵌めると……これになるんです」


 アトネストさんは音だけで表したレトリノさんの皇国文字で書いたものを、アーメルサスの文字で書き換えた。

 俺には、そのアーメルサス文字に『意味』が視えた。

 ……『神音』……?

 なんじゃ、そりゃ。


「このアーメルサス文字は『アーメルサス語』ではありません。私が成人する少し前、アーメルサス首都で他国から来たと言っていた方から……聞いた言葉で『スズィア』とか『シィズヤ』と……聞こえました」

「あっ、この間アトネストが言っていた『スズヤ』に似た言葉というのは、これか!」


 えっ?

 何、それっ?


「その方はアーメルサス文字でこれを書いて、遙か昔の言葉だからアーメルサス語では正しい音で表せない、と言っていました」

「確かに、皇国文字でも『シュズィヤ』と書くのが一番近いと思ったが『スズィア』とか『シィズヤ』も……私が聞いた言葉に聞こえるな」


 待って待って待って?

 どうして『スズヤ』をそんな風に……あっ!

 俺の発音が悪いからかっ!


 もしかして自動翻訳で『俺の発した言葉は皇国語としての音に変換』されて聞こえてしまうから……『スズヤ』は、そんな拗音や子音だらけの音になってしまうのかーーっ?

 ふぉぉぉーーーっ!


「アトネスト、その言葉はどういう意味なのだ?」

「えっと……実は……私もそこまでは、教えてもらえなかったんだ」


 ふぁぁぁっ、ご大層な意味になってなくってよかったぁぁ!

 いや、俺が視えちゃっただけでも結構ご大層な意味っぽいから、なんか変な解釈と被ると本当に大変な意味になっちゃいそうだからっ!

 だが……『音に添って別の文字で表す』と意味が出て来る……なんてことがあるとは……


 その後、神務士トリオから口語ノートをもらって、お礼に新しいノートと色墨塊をお渡しした。

 アリスタニアさんが作ってくれた青い色墨は、方陣での魔法とよく馴染むのか色墨塊がとても作りやすい。

 多分、鉱石由来の顔料インクだから、地系である方陣と馴染みがよいのだろう。


 また思い出したら書きますから、と神務士トリオはやる気満々でいてくれるので、よろしくお願いいたしますとばかりにノートを二冊も渡してしまった。

 プレッシャーになっちゃったらゴメン……


 だがここでもうひとつ、彼らには思い出せる限り書いて欲しいものがある。

 アーメルサス、ガウリエスタでもしも『皇国の神典』を読んだことがあったとしたら、覚えている限り『皇国語で書いて欲しい』ということだ。

 そして、レトリノさんには少数民族の血を引いていると思われる方々が、皇国の神典について話していたことなどがなかったかを思いだしてもらえないか、ということ。

 ちょっと……『音』の件だけじゃなく、調べたいことがあるんで一節だけでも解れば嬉しいとお願いした。


 俺としては、発音はすぐにはどうにもならないので、まずは文字中心でできることからやっていくべきだよね。

 焦らず、先入観に左右されず……って、なかなか難しいよなぁ。

 しかしデータが不足している中、想像と憶測で結論が出た気になってはいけないということだ。


 今後は【音響魔法】さんにも、頑張っていただく事態なのだろうか?

 くーーーっ、ヒヤリングも発音も、もっと正確にできるようにならないとだめかぁぁぁ!

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