第856話 お願い事はなんだろう
「あ、そうだ……元々の、ここにいらした時に伺えなかった『話したいこと』というのは?」
犯罪マニュアルのせいですっかり忘れそうになっていたが、なんとか思い出せてよかった。
まだ持ってきていた
ん?
なぜそのように、またしてももじもじとした感じに?
「なんというか……このような事件のあとに、お願いしづらいというか……」
なるほど、某かの依頼だったから言いづらくなっちゃったのですね。
今回の素早い対応で、シュリィイーレのお馬さん達の美味しいご飯の確保と、地域の特産品をうちの食堂に入れていただける契約の一助になってくださったのです。
その辺りのことはお気になさらず、お話をお聞かせくださいよ。
ありがとうございます……と、まだちょっと遠慮がちにお話しくださったのは、ラステーレ教会の改築の件。
「ラステーレ教会が改築中というのは、ガイエスから聞きました。いつ頃完成なんですか?」
「ガイエスから……あ、そうか、タクト殿とガイエスは『通信』ができるんでしたっけね。来月、
「それは、おめでとうございます!」
ラステーレ教会は聖神三位の教会の中でも、最も大きな教会だ。
確かその次に大きい聖神三位の教会は、リンディエンの公邸があるレルンテア教会でその次がゼオレステ公邸があるパルトーラ教会だったな。
あ、サラレア家門がクァレストに移ったから、そこも聖神三位ってことになるのか。
そうなったら聖神三位の教会が、皇国の北側に集中する感じだね。
まぁ、他の町が別の神々を祀っている訳だから、偏るってことはないだろうけど。
「その、迎祠の儀で……撮影機をお借りできないか、と……」
「いいですよー」
「難しいのは承知なのですが……えっ? いいんですかっ?」
断られるとでも思っていたのだろうか。
もう賢魔器具統括管理省院の方でも『移動用撮影機』の承認は取れていますし、固定用と同様にお使いいただけますよ。
観客目線は……あ、隠密さん達にウェアラブル型を作ればいいか?
「勿論! 貸し出しに関しては、お使いいただくのがウァラクの衛兵隊とか隠密さん達でしたら全く問題ないですし、記録される方の石も一緒にご用意できます。ただ……」
「ただ……?」
「それぞれの撮影機ごとに記録石を分けますから、シュリィイーレ教会のもののような『編集版』を作りたいとしたら……俺の魔法以外では、まだできないのですよ」
どんな演出にするか解っていないから、一台で適切な演出を追いかけるってこともできないだろうし……まぁ、基本的には神像の置かれる台上と祭壇を撮してればいいと思うんだけど。
本当は編集ができるような魔法の使い方を書き記しておこうと思ったんだけど、どうやっても俺の神斎術やら神聖魔法に関わっちゃうんだよね、まだ。
だからその辺りの専用魔法か特化技能としての『方陣』が作れないかと思っているのですが……似たようなことのできる方陣なんて既存のものが全くないので、創り出さないといけないのですよ!
陣形から考えないとならないから、すぐにはできないんですーー。
「ですから、もしも記録石を俺の方でお預かりしていいのでしたら、編集版、お作りいたしますよ?」
「よ、よろしいのですかっ? そのようなお手間を……」
「その代わりと言ってはなんですが……」
「全て承りますっ!」
まだなんも、言うてないじゃないっすか。
俺がとんでもないことを言い出したら、どうするおつもりなのですか。
「構いません。タクト殿からのご要望でしたら、何がなんでもお請けいたしますからね!」
なんとも頼もしいお言葉ですなぁ。
ここまで言われちゃうと、
でも、言っちゃう。
「ラステーレ教会迎祠の儀の編集版は、俺が関わることで賢魔器具統括管理省院への登録が必要となるかと思います。その登録後でいいんですけど、シュリィイーレ教会内での特別上映を承認していただきたいのです」
「とくべつ、じょうえい?」
「シュリィイーレ教会は聖教会となりましたが、王都中央教会のように全ての神像がある訳ではありません。そもそも規模が違うので、置く場所がない……ということもあるのですが、絵姿さえないのですよ。ですから……どうせなら、映像で各地の神々をお招きしようか、と考えておりまして」
「では、シュリィイーレ教会に……我がラステーレの『聖神三位像』が映し出される……と?」
「はい! そして折角ですから、時折そのお姿だけでなく、迎祠の儀でお迎えした時の映像をこの町の方々……特に、子供達に見せたいと計画しているのです。ご賛同いただけたら、中央聖教会にも許可をとるつもりです」
あれ、ハウルエクセム卿ーー、如何なさいましたかーー?
なーんで、突然立ち上がって天を仰いでいらっしゃるんですかー?
「か、感激ですっ! 感動などという言葉だけでは、言い表せませんっ! ラステーレの神像が……聖教会に……!」
予想外の反応だ……ここまでのことなのか、聖教会への神像設置って。
いや、設置というか、俺としては映像でのサイネージ的なディスプレイ広告みたいなものだという意識だったんで、嫌がられないといいなーって思っていたんだけど。
うちの加護神を脇役に添えるとは不敬だーー! なんて思われたらどうしようって、ドキドキしていたんだけどなー。
そっかー、喜んでもらえることだったのかー。
「よろしいですか、ラシード様?」
「よろしいに決まっていますっ! というか、このような素晴らしいご提案は、我々にとって褒賞とも言うべき名誉ですよっ? 全然、対価になっておりませんっ! 何かないのですか、他にはっ! もっと、タクト殿の個人的な利となることとかで!」
ええぇぇ?
個人的ぃ……?
山羊のチーズと神泉粉も、レトナの
「それじゃあ、ベスレテア教会にうちの取引している農家さん達が移動できるように、目標の方陣鋼を置かせていただけますか? 今は互いの家とか農場だけで、こちらに来てもらう時はベスレテア教会の常設方陣門を使わせてもらっているのです。でも、できれば『移動の方陣』が使いたくて」
そうしたらテトールスさんもワシェルトさん達も、そしてアウィアさんの荷物を引き受けるにしても、魔力量の負担が減るはずだ。
常設教会門は、そこそこ魔力を使うからね。
「……それだけ、ですか?」
「はい。今のところは……」
「ではっ、思いつかれましたら……これっ、この綴り帳に書いて、私を呼び出して渡してくださいっ! 全っ然足りませんから!」
……あざーす……
それじゃ、その時にまたお願いしまーーす。
「冬になってシュリィイーレが閉じる前までか、春になってすぐにお知らせいただけなかったら、金額に換算してお届け致しますので」
またしても『金で払うぞ?』が脅しになってしまった。
ホント、対価って面倒くさい……ありがたいですけどね。
ハウルエクセム卿と別れた後、俺はテルウェスト神司祭とレイエルス神司祭にシュレミスさんから『ガウリエスタ平民達の話し言葉』、アトネストさんからは『アーメルサスで冒険者達が使っていた俗語的アーメルサス語』を教えてもらいたいことを伝えた。
少々不思議そうな顔をされたが、頼んでくれるとのことなので後日またお邪魔します、と教会を後にした。
その時にみんなに
「あら、早かったのね」
「今日は父さん達が錆山に採取に行っているからね。ちゃんと手伝えって言われているし」
「そんなこと言ってたの、あの人ったら。タクトだって色々やることもあるでしょ? 無理に手伝わなくたって……」
「母さん、俺は自分がやりたいからやっているんだよ、全部」
「あんたはやりたいからって言うけどねぇ……いっつもそれであっちこっち手出しして、寝不足になっているじゃないのよ」
う、それを言われてしまうと、反論の余地がないのだが。
それでも、食堂の手伝いは気分と頭のリセットに丁度いいんだよね。
お客さん達と他愛ないことを喋りながら、心配するのが明日の天気のことだけなんてのは『理想的な日常』じゃないか。
そうそう、こういうなんてことない毎日を送るのが、俺の目指す未来なのだ。
原点にして至高。
これからも、この基本は忘れないようにしなくちゃねー。
だけど、今回の顛末はガイエスから詳しく聞かなくちゃな。
あいつ、いつ頃こっちに来るのかな?
ルトアルトさんの宿の予約通り、
どうせなら一回早めに来て、
その辺、どうするつもりなんだろう?
*******
次話の更新は8/5(月)8:00の予定です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます