第854話 おうまさんのほん

 翌日はスッキリ爽やか快晴だったので、蓄音器体操の後すぐにエクウスの所に遊びに行った。

 明日はハウルエクセム卿がいらっしゃるし、明後日はヴァンテアンさんと碧の森に紅花の群生地を見に行く予定。

 インクにする分の採取は殆ど終わっているというので、俺としては紅花油にできるくらいあるかの確認である。


 エっクウっスくーーんっ!

 あっそびましょーっ!


 ヒッヒーーン!


 んはーーっ、かっわいーーっ!

 その後も俺にスリスリして、エクウスはご機嫌だ。

 暫く餌をやったり手入れしたりして触れ合いを楽しんでいたが、なんだかエクウスがやたらと俺の真横に来たがる。


「シュリィイーレの馬って人を乗せたがるんですよねぇ……ベリアードもそうだし、スタローネも……」


 家畜医のアルテラムさんにそう言われ、乗れとばかりに横付けしてくるエクウス……

 ごめん、ごめんよ、エクウスっ!

 鞍もなしで乗れるほどの技能も筋力もないんだよ、俺にはっ!


 すると、久し振りに南の馬場からデルデロッシ医師の診療所裏に戻っていたスタローネにまで横に立たれ、俺は二頭の馬に挟まれる形に。

 スタローネはエクウスのお父さんであり、ベリアード同様皇宮から下賜されたシュリィイーレ種の血統だ。


 普段は、この町の傍流さん達やお金持ちさん達に貸して、レーデルスまでの往復をしたりしている。

 人を乗せることは大好きだが、頑として馬車は引かないという、誇り高きシュリィイーレ馬だ。


 デルデロッシ医師が褒賞としてもらった馬の血統だから、ベリアードとスタローネだけはデルデロッシ医師の所有になっている。

 下賜されたものだから税金とかはかからないし、所有になっているからこの二頭だけは他の人に貸したり商用活用ができるんだよね。

 ま、ベリアードもスタローネも馬車を引かないから、全然儲けは出ていないみたいですが。


 そんな『人を乗せたいシュリィイーレ馬二頭』のお子様であるエクウスも、人が乗せたくて仕方ないようだが……

 ……どうか、俺がちゃんと乗馬ができるようになるまで、もう少し待っててください。



 なんとか二頭からのラブコールを逃れ、デルデロッシ医師に挨拶をしてから戻ろうと思ったら頼みがあると引き留められた。

 この間ガイエスが送ってくれたウァラクの柬埔寨瓜かんほさいか入りの飼料、ビルトルトだけでなく同じウァラクの馬であるボードルフにも大変好評だったようだ。


「そーなんだ、だから、できれば定期的に買いたいと思ったんだけど、あの中に入っていた柬埔寨瓜かんほさいかが、今の季節だけらしいから……冬場のも探さないといけない……」


「あ、柬埔寨瓜かんほさいかは俺が大量に仕入れますから、今年の冬の分はきっと平気ですよ。混ぜ込む量は少なくなるかもしれないですけど」

「ええぇぇーーっ? そうなのぉっ? よかったぁぁぁぁ! ありがとうねぇっ、タクトくんっっっ!」


「ガイエスが頑張ってくれたんで、取引が成立したんですよ」

「そっか! じゃ、ガイエスくんが来たら、お礼にカバロくんの詳細検診、やってあげようっ!」


 それってガイエスじゃなくて、カバロにお礼をしているということなのでは……と思ったが、カバロの健康はガイエスも一番望むことだろうから、それでいいような気もする。


 はしゃいでいたデルデロッシ医師が急に温和しくなったかと思うと、なんだか非常に言いにくそうに『それからねぇ……』と小声で話し始める。

 どうやらまたしても『お願い』があるらしい。

 はい、はい、今度は何処の領地のお野菜かなー?


「ち、違うよぅ。野菜じゃないよぅ……えっとね……」


 もじもじと言い澱むデルデロッシ医師と、俺の後ろからデルデロッシ医師に向かって頑張れーとエールを送る家畜医の皆さん。


「僕の……新しい本の下書きがね、できあがったんだけど……君に、ね、清書を頼めないかなぁって……思っているんだ」


 野菜じゃなかったか……しかし、これは予想外だったぞ。

 まぁ、清書するのは全然構わないんだけど……申し訳ないが、無料でのご奉仕をする気はないんだよねー。


「うんっ、それは解っているよ! ちゃんと代金は支払うつもりだ! ただ……分割とかに……ならないかなぁ……って」

「そうですねぇ……分割かぁ。あ、下書きというのを拝見してもいいですか?」


 ばさっと目の前に出された紙の山は、なかなかの量だ。

 だけど、文字が随分と大きめだからページをくっている感じなので、きちんと揃えて書いたら半分くらいにはなりそうである。

 あ……馬の絵もあるぞ!


 前の本が論文調で文字が多かったけど、どうやら図説を多くしているみたいだ。

 うーむ……馬、かなり凄い細密画だなぁ。

 あー、これエクウスだー!

 ビルトルトもいるぞー!

 二頭とも、かーーわいーー!


「この絵は、デルデロッシ医師が?」

「僕のもあるけど、みんなで!」

「……皆さん、お上手なんですね……」

「「「「馬だけは得意なのですっ!」」」」

「「「「「馬しか描けませんがっ」」」」」


 いやいや、むしろ素晴らしい。

 そーかそーか、みんな馬の絵はこんなにも得意なのかぁー。


「分割で、いいですよ」


 皆さんから歓声が上がる。


「でも、分割で支払っていただくのは……お金ではなくて『子供用の絵本みたいな図鑑』です」


 全員の動きがストップモーションのように止まり、頭上にでっかいハテナマークが浮かんでるかのようだ。


「今回のデルデロッシ医師の本は、それぞれの領地の馬の特徴や姿が描かれている大変素晴らしいものです。でも大人向けであって、残念ながら子供達が読むには少しばかり難しい。ですから、馬の品種ごとか領地ごとに一冊ずつ、子供向けの『読みやすくて絵が多い馬の本』として『分割して』作って欲しいです。あ、題字とか装丁は、承りますよ?」


 そう、分割していただく報酬は『子供向けの馬の図鑑みたいな絵本』である。

 いや『絵本みたいな図鑑』……どっちでもいーや。

 これだけ上手に馬の絵が描ける方々が揃っているのだから、素敵な図鑑になるはずだ。

 それを遊文館に寄付して子供達に『入門書』的に読んでもらえたら、その他の少し難しい本も読んでもらえるようになると思うんだよ。


 セラフィラントには、馬を使ったアニマルセラピー的な医療書もあったが流石にいきなりそれでは難し過ぎる。

 そういう難しめの本は、絵本や図鑑の次のステップとして読んで欲しいけどね。


「そ、そんな……」


 あれ、ちょっと大変過ぎたかな?

 分割なんですから、いっぺんに何種も作ってもらわなくっていいんですよ?


「そんな素敵で楽しいお支払いでよろしいのですかっ!」


 そっちか。

 皆様のお顔がキラキラですね。

 是非お願いいたします、と握手を交わして契約完了。

 下書き分を全部お預かりして、綺麗に清書させていただきますよっ!


 お馬さんの絵本シリーズ、絶対に人気が出るぞっ!

 みんなで読んでもらえるように、複製も沢山作らせてもらいますからねー!

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