第853話 お芋の事情?

 今日はカタエレリエラ料理なんですね……うん、辛い。

 粗く砕いたマッシュポテトと、鶏肉の蒸し焼きにラー油に漬けたような辛味葱がたっぷり。

 やっぱりタイ料理的な辛さだけど、激辛って程じゃなくてよかった……


 今日の郷土料理担当のザクラムさんは、普段は西門の詰め所にいるから、なかなか食べられないという点では貴重だな。

 どうやら今年も試験研修生の担当教官になったらしいので、今月から東門詰め所に来ているらしい。


 そうか、試験研修生には各領地の料理が作れる人という配慮もされる訳か。

 厳しいのか、甘いのか……いや、厳しい七割、かな。

 きっとこの料理も、作らされるに違いない。



 美味しくいただいた後は、ビィクティアムさんのお話……何かと思ったら、乗馬訓練のことだった。

 ちょっとほっとした……いや、別にやらかしてはいないんだから、ドキドキする必要もなかったんですけどね。


 だけどその前に、ビィクティアムさんと東門の検閲の方々に先程の苦芋にがいも鏃芋やじりいもの説明。

 粗方の説明が終わったところで、皆さんが『厄介なもの持ち込みやがって……』という風情で溜息を吐く。


「こういうのって、魔毒と違ってあまりにも種類が多いから特定が大変ですねぇ……」

「そうですね、ノエレッテさん。似たものは沢山あっても、全く同じものってのがないのが自然に存在している成分ですから……その作物そのものを覚えるしかないですね」

「なんだってこんな、毒性のものができあがるんだろうなぁ」


 ぼやくディレイルさんに、ニカエストさんやイスレテスさんも同意するように頷く。

 まぁまぁ、そんなに嫌わないであげてください。

 どの植物も、一所懸命に生きているわけですからね。


「そもそも、人に食べて欲しがっていないからじゃないですかね。植物達だって『他の生物に食べられたくない』とか、逆に繁殖のために『特定の生物にだけ食べてもらいたい』から、こうなったんだと思いますよ」


「毒で……寄ってくる生物がいるのか?」

「結構いるんですよ、ビィクティアムさん。人にとっては毒でも、他の生物にとってはご馳走ってこともあります。それが食べられるようになったから、他のものが食べられなくても生命を繋げているっていう者達もいるのです」


「……全ての生命が、最適な『道』を選んでいる……か」

「はい、俺はそう考えてます」


 だってね、人だって魔虫や魔獣に苗床にされないために、武器や魔法を使って『攻撃』して『撃退』するじゃないですか。

 植物達だって、当然『身を守るための攻撃』をするのですよ。


 能動的な『動き』による『攻撃』ではなく、動かずその場にいる植物達だからこその『抑止力』としての『毒』は攻撃にも誘引にもなっているのです。

 生き残り、繋いでいくための防御システムなのです。


 ……ま、人はなかなか抑えられない『食欲』という欲望でそのシステムを解明してしまって、食べちゃったりするんですけどね。

 この世界で見向きもされていなかった蛸とか、限られた地方で期間限定だった筍とかも、人の食欲を制するほどに彼らの進化が追い付くのは、まだまだ先の気がします。

 てか、人を使って繁殖をさせるように進化していく方が早かったりしてねー。


「それで、この鏃芋やじりいもとか、長塊根ちょうかいこん? とやらは、皇国で上手く育ったり改良とやらができそうなのか?」

「いいえ……多分、育たないと思います。それらはおそらく『食べ物としては必要のないものだから、この大陸では食用にならなかった』のだと思うんですよ。あ、長塊根ちょうかいこんの仲間で、食べられる『滑芋ぬめりいも』は、西の森でも採れますよ」


 滑芋ぬめりいもは、自然薯みたいでもう少し粘りの弱いサクサクとした感じの細長いヤマトイモのことだ。

 苦芋にがいもが少量育っていると言っていた南方の地域のものの原産は、おそらく西側のミューラの南かディルムトリエン近辺だろう。


 八ツ頭やつがしらがかつて移民してきたミューラ人からもたらされ、リバレーラとセラフィラントの南側で作られるようになったとリヴェラリムの蔵書に記載があった。

 その時に入っていた別品種のサトイモ科の苦芋タロイモも、カタエレリエラなどで育てられてても不思議ではない。


 カタエレリエラ産も蓚酸しゅうさんカルシウム量を鑑定した方がいいかもしれないから、検閲の方々には判別できるようにしてもらった方がいいだろうな。

 カシェナで育った苦芋もヤムイモも、カタエレリエラ産の苦芋と比べて明らかに小さかった上に、蓚酸しゅうさんカルシウムがかなり多くて食用とは言い難いからね。


 別の利用法があったのか、本当にあれを食べていたとしたら蒟蒻芋から蒟蒻を作り出すレベルで頑張ったんじゃないだろうか。

 てか、蒟蒻芋、ちょっと欲しいけど……皇国では間違いなく食用になっていないだろうから、簡単には見つからないかもなー。


「シィリータヴェリル大陸のどこかに存在していたものであったなら、皇国でも育てられると思います。でも、そうでないものは……それと同じかそれ以上に栄養があって、食用に適したものが既に皇国にあると思うんです。そもそも、植物や生命というものは、神々が『必要な場所で必要な進化の道』を作っていて、それを辿った結果だと思いますから」


「そうなると……東の小大陸やオルフェルエル諸島から『全く未知の作物や植物』を持ち込んでも、あまり意味がない……ということか」

「大陸外の植物は、食べるにしても鑑賞するにしても……環境的にも魔力的にも皇国には適さないとは思いますよ」


 育つだろうけど、きっと定着したりはしない気がするんだ。

 多年草のはずが一年で枯れてしまったり、新たな種ができなかったり種の中に必要な栄養がない……とかね。

 皇国の大地と大陸外の国々の大地は、全く違う『加護』だと思うから。


 この世界では気温とか土壌の状態や成分以外に、魔力が全ての生命体の成長に大きく関わっている。

 だから……皇国の過剰な魔力では、痩せた土地で栄養や魔力が少なくても生きていけるような『しんか』を辿った植物達にとって『過酷な環境』なのではないだろうか。

 そう、過ぎたるは及ばざるが如し……ってやつですな、ここでも。


 ビィクティアムさんは納得した感じだけど、衛兵隊員達の中にはちょっと残念そうな人達もいる。

 彼らは食いしん坊さん達……ということではなく、出身の領地で他国からの植物を育てようと苦労していたことを知っている人達かもしれない。


 まだまだ『もしかしたら』ってこともあるので、植物さん達の適応力を数千年単位で信じ続けるという手もありますよ。

 ただ、適応した結果、その作物が既にある何かの作物の下位互換になってしまっただけ……っていうことも、ないとは言えませんけどね。


 一応、蓚酸カルシウム除去は改良型の『中和の方陣』で指定できるかな?

 上手く作れたら、芋が入った時に使ってもらえれば毒性もなくなって、食べても大丈夫になるかも。

 今度ちょっと実験しよう。



 そして話題は、俺の乗馬訓練についてに変わる。

 基礎は来月、朔月さくつきに入ってからやりましょうということで、あと六日ほど後。

 エクウスにはまだ乗れないから、冬場にも強いタリオンかよく慣れているベリアードがいいだろうとガスヴェルさんのアドバイス。


 なんと、既にデルデロッシ医師の所のお馬さん達を、全部確認してくれているということのようだ。

 お忙しい中、実に申し訳ない……


「はははっ、いいんだよ。どっちかというと、試験研修生を乗せても大丈夫そうな馬を確認しに行った感じだからね。テーレイア、タリオン、ケレース、ベリアードの四頭ならいいかなーって思っているのさ」


 候補のケレースはリバレーラ北部の馬で、寒さにはさほど強くはないけど近衛隊の騎馬になっているセラフィラントの馬にとても似たタイプのようだ。

 ケレースって青毛で格好いい馬なんだよな……流石、近衛は見栄え重視だね。

 来年、騎馬隊の募集が確実なエルディエラとマントリエルのことも考えて、それぞれの領地の馬であるテーレイアとタリオンをチョイスしたらしい。


 それじゃ、俺はやっぱりベリアードにしようかなー。

 あ、だけど、母さん馬と俺が仲良くしてしまったらエクウスが寂しがるだろうか……


 でも、そろそろ他の馬達との触れ合いも大切って、家畜医のベリットスさんも言ってたからみんなと親交を深めてくれるきっかけも必要か。

 俺のことを忘れてしまわないように、小まめに遊びに行かなくては……

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