第851話 ご注進とお強請り

 いくらある程度の大事おおごとにした方が上が動きやすいとはいっても、他領の嫡子であるビィクティアムさんに言うのはよろしくない。

 まずお伝えすべきは……現場に対して動きやすい、ハウルエクセム卿かサラレア卿である。

 外を確認すると、まだ芋を持ってくると言っていた商人さんは来ていない。

 今のうちに教会へ。


「おや、お珍しい」

「突然すみません、テルウェスト神司祭。えーと、レイエルス神司祭は?」

「今、王都との越領の部屋で、ハウルエクセム卿がいらしておりまして……」

「それは丁度いい! お邪魔させていただいてもいいですか?」


 ラッキーっ!

 ハウルエクセム卿の王都での仕事が警備関連の省院と言っていたから、呼び出していただくか手紙を渡してもらおうと思っていたんだよねっ!

 テルウェスト神司祭に取り次いでいただいて、おふたりのいる越領門の部屋へ。

 お話し中に申し訳ございません……


「ああ! あなたにどうしてもお願いしたいことがあって、レイエルス神司祭にご無理を申し上げていたところなのです」


 突然、ハウルエクセム卿の諸手を挙げてのウエルカム態勢に思わずビビってしまった。

 まぁ、慌てずにあちらの卓へどうぞ、と部屋の奥に設えられているソファの方へとレイエルス神司祭が俺達を促す。


「ではタクトくん、よろしいのかな?」

「はい、レイエルス神司祭。俺もすぐにでもハウルエクセム卿にお伝えしたいことがございましたので……すみませんが、場所をお借りします」

「ここは『このような時』のために、応接用にもできますから。では、お帰りの時にお声がけくださいね」


 ありがとうございます……

 レイエルス神司祭が部屋を出た後、俺もハウルエクセム卿の正面に座って軽く挨拶を交わす。


 以前はここの部屋での会話と映像は全て衛兵隊の地下司令室で傍受していたが、聖教会となってからは少しだけ部屋を広くした時にソファセットを置かせてもらっている。

 そこに腰掛けて話す時だけは、映像はそのままだが会話は聞かれないようになっている。

 勿論、ローテーブルではなくて食卓くらいの高さだから、沈み込むようなソファーではないのだが、ゆったりはできるだろう。


「俺にどのようなお話があっていらっしゃったのですか?」

「いえ、えーと……いえ、ちょっとすぐにお答えは、いただけないかと思うことですので……あ、タクト殿のお話というのは? 何やらお急ぎのようだったが」


 気にはなるが、こちらとしては急いでいただきたいので、お言葉に甘えて俺のお願いを。

 実は……と、今ヴェロード村で柬埔寨瓜かんほさいかの取引を始めさせてもらったが、その農家が耕作地を取り上げられそうになったと言うこと、それにはあり得ないような契約書が理由であったこと、そのやり方というのがヘストレスティアやガウリエスタで行われていた過去があると言うことを……一気に捲し立ててしまった。


 いかん、ちょっと引かれてしまっただろうか。

 なるべく感情的にならないように、声を抑えたつもりだったのだが……

 窺うようにハウルエクセム卿の顔を上目遣いで見ると、途轍もなく目だけが厳しいが感情が読み取れない感じ。


 ウチの領地のことに口出ししてくるとかどういうつもりだ、なんて思われてしまったら……とビクついてしまうのは、きっと俺がまだビィクティアムさんほどハウルエクセム卿を信頼していないということだろうか……


「ありがとう」


 フラットな声色と、その言葉に俺は少し吃驚してしまった。

 いつもの熱血っぷりが全く感じられない、それでいて力強いひと言。


「我が領地に『怪しげな商人風の者達』が多数侵入していたり、大した被害と言えないような被害が散見しているという報告は上がっていたのです。でも、何ひとつ証拠らしいものがなかったのは、それらが『上手くいっていなかった』からでした。際だった被害のない事態ですと、解決したのだから蒸し返すこともあるまい、と思われてしまうものですからね……」


 怒りと不快感が、強く感じとれる。

 だが、その口調に荒ぶったところなど微塵もなく、落ち着いていて……ハウルエクセム家門とは思えないほどの、冷徹さまで備えているようだ。

 これは……間に教会を挟まなくて、正解だったかもしれない。


 既になんらかの調査が開始されていたが、決定打がなかったということだろう。

 それをトップが別方向から調べているというのに、教会という『直接事件に関わっていないところ』からの情報だとしたら……取り次がれ方次第では、重要性が伝わりづらかった可能性もある。


「重くお受け止めいただいて、感謝します。ヴェロード村は小さい村で商人組合の事務所がないと伺いましたから、ガイエスにクァレストの商人組合に報告を入れてくれと頼んでいます」

「左様ですか。それは良かった。すぐに問い合わせましょう!」


 ハウルエクセム卿はすぐにでも王都への方陣門に入ろうとするので、俺に話があったのでは、と引き留める。


「それでは、後日……そうですね……明後日にでも、またここで……よろしいでしょうか?」

「はい。お忙しいのに、何度も申し訳ございません」

「とんでもない! 我が領地での馬鹿共の愚行……お知らせくださいまして心から感謝致します!」

「できれば、それはガイエスに。それと、そのお年寄りを狙った悪質なやつらに果敢に立ち向かってくれた、ウァラクの臣民達に」

「ええ! 勿論ですよ!」


 最後に見せてくれた笑顔は、いつもの熱血ハウルエクセム卿だった。

 ふぅぅ……これで俺にできることは終わった……かな?

 あっ、柬埔寨瓜かんほさいかのお菓子、渡し忘れちゃった!


 明後日、だな、うん。

 今日の分は、教会で皆さんに召し上がっていただこう。

 おおっと、急いで戻って鏃芋キャッサバの件をどうにかせねば!



 テルウェスト神司祭とレイエルス神司祭に、明後日ハウルエクセム卿がいらしたら呼んでくださいとお願いし、お菓子をお渡ししてお礼を言ってから家に戻る。

 あれれ? 

 まだ、来ていないのか……ああっ!

 青通りに次々入ってくる荷馬車の数は、大型タイプが全部で三台……うわーー……こんなに持ってきて、どうして売れると思ったんだよ?


「タクトさぁぁん! おーまたせいたしましたぁぁぁ!」


 いや、待ってはいなかったからいいんだけどね?

 それにしたって、これ全部タロ芋とキャッサバなのかと思うと、げんなりする量だなぁ。

 だが、降りてきた商人さんは、なんと五人……と、タセリームさん。


 おいおい、どーいうことなのかなぁ?



*******

次話の更新は7/29(月)8:00の予定です

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