第850話 おかしな契約書
「大丈夫だよ。なんかあったか?」
〈ああ……さっきヴェロード村にいたんだ。
おや、丁度そのタイミングにいるとは、相変わらずだなぁ、ガイエスくんは。
〈今すぐ、正式契約ってできないか?〉
「それは……構わないんだが、どうしてか聞いてもいいか?」
ガイエスが俺の契約に関して、何か言ってくるなんて珍しい。
テトールスさんやワシェルトさんの時も、何も言わずに聞いていただけだったのに。
ガイエスの話では、アウィアさんの畑は『商取引用作付許可』という形での借地契約になっている区画だそうで、取引契約が切れてしまうと借地契約の更新ができないらしい。
アウィアさんが契約しているのは、二年毎に更新する市場での販売だけでその市場の場所も毎年の収穫量で決まるらしい。
「なるほど……去年の収穫量が悪くて販売できず、今年も悪いままだと市場と畑の契約が切れちゃうってことかぁ」
〈そうなんだ。だけど、おまえとの契約ができると市場での契約がなくなったとしても『商取引継続』になるから、具合が悪くても無理矢理に市場で販売しなくてもよくなる〉
「うん、契約はいいよ。元々買い付けるつもりだったし。だけど、二年更新なら少なくとも後二、三カ月は更新の猶予があるだろう? 急ぐ理由は?」
〈……変な商人が……アウィアさんの市場販売と畑の契約代行権を買った……なんて言いやがって、その買い戻し可能な期間が今月いっぱいなんだ。それには金だけじゃなくて、間違いなく今後も『商取引継続』がされるという証明が必要らしい〉
んんんー?
契約代行権?
そんなもの、皇国の商取引法には存在しないぞ?
だって、契約ってのは『個人の魔力』を証明として成り立つものなんだから。
ちょっと……ベンデットさんの所に確かめにいった方がいいか……
「解った。とにかく契約を早めに結んでもらえるなら俺としてはありがたいし、おまえが『第一便』を『転送の方陣』でうちに送ってくれたら、その時点で商取引の実績証明もできるように手配はできる。約定書を商人組合に作りにいくから、少し待っててくれ」
〈すまん、助かる〉
助かるのはガイエスじゃなくて、アウィアさんだろう。
あいつ、本当にお人好しだなー……あ、注意事項は言っておかないと。
「もしその『契約代行権』なんてものを主張する商人が来ても、絶対に金を払うな。てか、何も渡さず、何ひとつものを与えるな。水とかお茶なんか出しても駄目だぞ! その契約の
〈預かってる。今、送る〉
なるほど、あいつも怪しいと思って回収していたのか。
「それと、
〈解った。それならかなり助かる〉
流石に【収納魔法】の中でのやりとりはまずいだろうし、ガイエス的にも見せたくはないだろう。
あの転送折りたたみ板は、既に彼らは『移動の方陣』を知っているから理解もしやすい。
受け取った『代行約定書』とやらを持って、母さんに『芋を持ってきた商人さんが訪ねてきたら、奥の小部屋に案内しておいて』とだけ頼んでから商人組合へと転移。
ベンデットさーーんっ、おかしなこと言い出す人がいるんで教えてーー!
「ふぅむ……そのやり方、ヘストレスティアとガウリエスタで聞いたことがあるね」
ベンデットさんは少々怒り混じりの難しい顔をしながら、教えてくれた。
まず『契約代行』などというものは、皇国における商取引では認められていない違法であるというのが大前提。
やっぱり、契約には第三者の立ち会う場での当事者同士の魔力登録がされて、契約書の内容確認と締結後の魔力封が必須であるということ。
だよね、よかった。
「この書類も、全く魔力登録がないね。皇国商人組合の登録板と鑑定板を、ここまで侮っている馬鹿共は初めてだよ」
「無効確認って、何処でできますか?」
「これはウァラク内で完結している契約だから、ウァラクの商人組合なら何処ででもいいが……できれば、領都の教会の不正証明もあると、完璧だな」
「……教会? 衛兵隊じゃなくて?」
「衛兵隊は商取引の違反者が訴えられれば動けるけど、まだその前の『証明』の段階だからね。商人組合は勿論だけど、教会を巻き込むのは『魔力契約』というものが『神々への誓約』と同義だからさ」
にやり、と笑ったベンデットさんの意図は、こんな不届きなものを作り上げたのが他国人だと確信しているからだろう。
些細なことかもしれないが『皇国の財産を脅かす者』と『神々への誓約を軽んずる者』がいるという事実を、商人組合からだけでなく教会から領主に報告させるためだ。
これが魔法師組合であったのならば、教会に噛んでもらわなくてもストレートに上に話も通りやすい。
だが、今回は魔法師が関わっていないと思われるからこその『詐欺行為』であろう。
もしここで商人組合とひとつの村の市場とか農耕組合でだけの『犯罪未遂行為』という話で終わらせたら、他の所で実害が出るまでウァラク公どころか何処の領地でも知られないことになってしまう。
ここは『被害が出ていないか小さいうちに大事にしておく』方が、商人組合としても後手に回らず都合がいい……と考えたのだろう。
契約ごとというのは、普段から接していない人達にとっては『何処が間違っているか』なんて、見つけづらいものだ。
しかも堂々と『そういうものなんですよ』なんて言い切られてしまうと、知らないから『そうなのかも?』と受け入れてしまいがち。
内容に『本当のこと』が織り込まれていたら、嘘というのは見抜きにくいものだしね。
だけど、どんなに理不尽で意味の解らない契約であっても、一度でもその契約に添って金銭や物品の授受があったり、行動を容認してしまったら受け入れているとみなされ『確定』してしまうのだ。
まぁね、金品の授受があったとしても皇国の契約は魔力登録が絶対だし、それがない時点で契約は成立していないんだから問題ないとは思うけど。
しかし付け入られないためにも、よく知らないことや新しいことは絶対に確認してから行動に移すべきである。
……経験則、含む。
「それじゃ、ウァラク領ヴェロード村の
どうやら、
ヴェロード村に商人組合がないって言ってたから、長期の方がいいだろうし今月いっぱいの実質取引があると『去年からの作付分』とみなされて『年始からの契約更新』ということになるらしい。
「どれ、どれ……うん、いいよ。そっかぁ、
「お好きなんですか?」
「あれ、焼くと美味しいんだよぉ。それに辛瓜粉を両面にしっかりつけると、甘辛くて最高なんだー」
その食べ方は、未知の領域だな。
だけどよく知っていたな、ヴェロード村だけの野菜みたいなのに。
「昔ね、リシュリューが『弟が送ってきたけど、甘さが足りなくてあまり好きじゃない』って困っていた時に、どうやったら美味しく食べられるかをふたりで研究したのさっ!」
「そうか、そういえばリシュリューさんは、ウァラク出身でしたよね」
このふたりは『辛いもの仲間』だったっけね。
そして結構甘いはずの
ですが、その食べ方はうちの食堂ではしないと思うよ。
ソッコーで自宅に戻りガイエスに署名捺印後の約定書を送ると、これまたソッコーでアウィアさんの魔力サインと印章入りのものが送り返されてきた。
おお、立会人はテトールスさんとワシェルトさんか。
よかった、ワシェルトさんも居てくれた時で。
ガイエスは俺ともアウィアさんとも違うセラフィラント在籍だし、年齢的にも立会証明人になれないもんな。
次の瞬間には、どかん、と大箱二箱ほどの
おっと、商人組合に出してもらう商取引の確認証の控えを送っておかないとね。
それからさっき送ってもらった、契約になっていない契約書も返却しておきましょうか。
なんというスピード取引。
ひと息吐いたところで……ガイエスから通信が繋がったので、ここから先の面倒な手続きタイムの説明かな。
〈……タクト〉
「おう、お疲れさん」
〈助かったよ。本当にありがとう〉
「まだだよ。今回のこの魔力も入っていなくて簡単に破れちまうような『代行権契約』なんていう、そもそも在っちゃいけない契約書のことを、ウァラクの商人組合とラステーレ教会の司祭様に連絡して……」
〈え、ラステーレ? それはちょっと……〉
「うん……その方がいいって……何?」
〈ラステーレ教会、今は改築中でさ……司祭様の居場所が解らない……〉
なんということか。
そーか……ラステーレは星青の境域復活の後に『町に住民を呼び戻す』って話だったから……
人口が増えてきて、やっと教会の再編が間に合ってきたところだったか。
むむむむむぅ……かといって、クァレストの教会はまだ次官家門が来たばかりだから、司祭様にそこまでの権限はないだろうし……ここは……仕方ない。
ちょっと、俺の方で裏技を使うか。
「解った……じゃ、教会の方は俺から連絡してもらえるように、シュリィイーレ教会に頼んでみる。とにかく、早めにウァラク内の商人組合に行って『不当契約証明』を取っておけ。アウィアさん、動けるか?」
〈ああ、腰の方は俺の方陣札でなんとか大丈夫だ。一緒に行った方がいいか?〉
「その方がいいね。ヴェロード村に商人組合がないなら、ラステーレ……は、大変だろうから、クァレストがいい。サラレア次官の公邸がある町だ」
〈次官様もラステーレじゃなかったっけ?〉
「今年、クァレストに移ったんだよ。あ、俺との契約書もアウィアさんに持って行ってもらって。商人組合に『間違いなく商取引ができている』って証明書出してもらったら、農耕組合で耕作地の権利更新も簡単だろう」
ガイエスは短く、解った、と言って通信を終えた。
さーて……ちょっとばかし、付け届けなど持ってお
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『緑炎の方陣魔剣士・続』陸14話とリンクしております
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