第849話 見知らぬ食材

 俺はアフェルと一緒に裏庭の方から、家を訪ねた。

 フレッサさん……アフェルのお母さん、今日は居るかな?

 木工技師だから、工房に行っていたり南東市場にいたりするんだよな。

 トリュイトさんが居る時は、出掛けていることが多かったはずなんだけど……と裏口から声をかけると、ご在宅だったようですぐに出てきてくれた。


「タクトくん……?」

「アフェルがトリュイトさんの好物がなくなっちゃったからって、買い物に来て。具合が悪いみたいと聞いたんですけど、大丈夫ですか?」

「ああ……ありがとうね、タクトくん。そうなのよ、あの人ったら初めて市場で見つけたっていう食材なのに、適当に料理して食べちゃって……さっき、医師様の所に行ったから、もう大丈夫なんだけどね」


 ありゃ、知らない食材をてきとーにって……一番危ないじゃないですか。


「おとーさん、まるいおさかな、たべられる?」

「まぁ! アフェルは優しいね。ありがとう、起きたらきっと食べられると思うよ」


 アフェルがにっこにこになって、トリュイトさんに保存食の鮭のパイ包みを持って行ったところで、フレッサさんに何を料理したのかを聞いてみた。

 だが、どうやらフレッサさんも見たことのないものだったらしく、名前が解らないと言う。


「その食材、残っていませんか?」

「もう、全部使ったんじゃ……ちょっと入って待ってて、タクトくん。今、お鍋に残っているか見て……」


 フレッサさんが台所に行こうとした時、表玄関の呼び鈴が鳴った。

 そして扉が開かれたと同時と思われる『申し訳ありませんーー!』の雄叫び。

 なんだか、ちょっと懐かしい……ザクルレキスさん、元気かな。

 蛸、食べてくれているだろうか。


 ちょいとそちらを覗いてみると、あれれ?

 この間、タセリームさんと一緒にうちに食事に来ていた、商人っぽい人達の中のひとりのようだぞ。


「わたくし共から先ほどお買い求めになった中に、全く違う似たような形のものが混ざっておりましたことが判明しまして……!」

「ええぇーっ? 何よ、それっ! うちのトリュイトが熱出して大変だったのよっ!」

「えっ、熱……ですかっ? 本当に、本当に申し訳ございませんっ! 治療費は全部わたくしの方で負担致しますし、こちらがいただきました代金ですので、全てご返金に……」


「あのぉー、間違ったものって、どれですか?」


 あ、つい。

 だってさー、食べ物で似たような形状の『食べたらヤバイもの』があるって、結構大変な事態ですよ?

 仕入れルートが問題なのか、そもそも混ぜて作っちゃっているのか、故意に混ぜられていたものかで対処の仕方が変わるでしょ?

 商人さんの顔色が真っ青だ……どうやら、故意という路線はなさそうだな。


「治療をするにしてもどういったものなのかが解らないと、適切な処置ができないですから。俺、植物だったら技能も魔法もあるので、確実に毒性とか解ると思うんですよ」

「あ、そうだったわね。タクトくん魔眼だし……ねぇ、トリュイトが買ったものってどれなのかしら?」

「はいっ、えっと、こちらでして……」


 玄関先で広げられた袋の中に入っていたのは……芋。

 だが、馴染みのあるジャガイモではなく、珍しいけど最近偶に入ってくる八ツ頭に似ているが、それでもない。

 少々言い淀む商人さんは、混ざっている『売るはずではなかったもの』が何なのかまでは解っていないみたいだ。


「売っていたのは苦芋……といわれているもので、カタエレリエラで最近作られているのです。が、お買い上げくださった中に入っていたのは、種の違う苦芋でカタエレリエラのもののような調理方法では、食べられないかと……」


 見せてくれた幾つかの芋の中に、確かにとても似ているが違う芋が混ざっている。

 苦芋にがいもというのはタロ芋のことで、それに混ざってたのは……うん、食べちゃ駄目っぽいやつだ。

 ふたりが俺に注目している視線に気付き、ちょっと咳払いをして話し出す。


「苦芋は確かに加熱しないと美味しくはないですが、毒があるものではありません。ですが……似たように形状で、食べると危険な『やじりいも』が混ざっていますね」


 鏃芋とは、キャッサバのことである。

 自動翻訳さんも『似キャッサバ』としっかり表示してくれているので、間違いはない。

 だが、今回のものは、タピオカなどに利用されているスイートタイプではなく『苦味ビター種』と呼ばれるものだ。


 甘味スイート種であっても、皮と芯は取り除いて水に晒し、その後で細かく切ってよーーく加熱しないと食べちゃいかんものだ。

 だが、苦味種だと更に何段階も発酵やらなんやらをしても全ての毒性分が抜けず、日本では輸入が禁止されていた植物である。

 ビターキャッサバの青酸配糖体を、甘く見てはいけないのだ。


「鏃芋の毒はなかなか消えませんから、食用には向きません。中には薄く切ってよーーーーく加熱すれば食べられるものもありますけど、皇国で態々危険を冒してまで食べるものじゃないと思いますが……」


 ちらりと商人さんを見ると、めちゃくちゃ『しょぼぼーん』状態である。


「……実は……種芋として、東の小大陸から取り寄せたのですよ……苦芋が何種類かあると聞いていたから、カタエレリエラでも育つだろうと……」

「今回のは、その種芋が混ざっちゃっていたと言うことですか?」


「仕入れた時に袋が似たようなものだったせいもあって、市場で袋から出した時に……幾つかの種芋の袋が混ざっていたことに、先ほど気付きまして……」

「何よ、それー? なんで並べる時に、ちゃんと鑑定してから出さなかったの?」

「今回……手伝いに雇っていたのが、ヘストレスティアからの帰化希望者で……鑑定技能が不十分だったようです。大変、ご迷惑をおかけ致しました」


 他国の、しかもヘストレスティアの人だとキャッサバ自体を知らないだろうから、鑑定技能を持っていたとしても正しい判断ができなかったかもしれないね。

 東門で見過ごされてしまったのも、そのせいだろうな。


 そーか……苦芋タロイモ苦味種鏃芋キャッサバが、どちらも『種類の違う苦芋』として扱われていたってことか。

 南国の芋類も結構入り始めているのは構わないと思うけど……多分、それらは『皇国に根付く』のは難しいんじゃないかなー。


 これってきっと巴果ブラジルナッツが、ルシェルスでなかなか成功しないってのと同じ原因じゃないかと思うんだよね。

 きっと『その大地に必要のない食べ物』だと、上手くいかないんじゃないかなーって。

 まだ、仮説ですけどね。


 だとすると、カカオと珈琲はとても珍しい……必要だったのって、カフェインかな?

 カカオはミューラにあったんだからこの大陸で必要だったってことだとしても、珈琲……は、もしかして、ディルムトリエン辺りにはあったのかもね。

 まぁ、俺としてはどちらも大歓迎だったので、神様ありがとうって感じなんだが。


 なんにしてもその辺はビィクティアムさん達に話すことだと思うので、商人さんの持っていた芋を見せてくれたら『鏃芋』を選別してあげますよ、と提案したら後で全部持ってきますと約束してもらえた。


「他に買ってしまった方は?」

「いいえ、珍しいものでございますからね。こちらの方は『苦いなら食べてみたい』と……仰有ったので、珍しい方だなーと思ってお名前を伺っていたのでございますよ」

「……そういえば、タクトくんの所の『苦い保存食』も……大好きだったわ……」


 フレッサさんが呆れたような『苦い顔』を見せるので、ちょっとこちらも苦笑い。

 なるほど。

 ルッコラ由来の苦いものの需要が途切れなかったのって、トリュイトさんもだったのか。

 トーエスカさんと、話が合いそうだよな。


 ちょっとトリュイトさんの様子見をして、何枚か『治癒の方陣』の札をお見舞いに差し上げたのでもう大丈夫だろう。

 キャッサバの青酸配糖体が原因だとすると、熱までは出ないはずから他になんかあるのかと思って心配したけど、どうやらトリュイトさんの【耐性魔法】のせいで身体に負担がかかったが故の発熱っぽい。

 お腹が治ったらにしてくださいね、鮭のパイ包みは。


 あ、壁のこんなところに『微弱回復の方陣』……の落書き。

 アフェルだな、これ。

 うーむ、すっかり『微弱回復の方陣』が描けるようになっているぞ。

 なんて素晴らしい。


 そして商人さんは芋を取りに市場に戻り、俺も一度部屋に戻った時に……ぴっ、と通信が繋がった。


〈すまん、今、平気か?〉


 ちょっと深刻そうな声だけど、なんかあったのかなー?

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