第846話 美味しく楽しく

 ランチ準備の時に、ワシェルトさんとエグレッタさんが大量の卵を持って来てくださった。

 おおー、黒鶏の卵が凄く多いですねーー!

 うん、コクがあるプリンが沢山作れそうだぞ。

 カスタードもいっぱい作っておこうかな。


「あの、タクトさん、柬埔寨瓜かんほさいか……どうでした?」


 おずおずと、心配そうに尋ねてきたエグレッタさんに是非入れて欲しいので、テトールスさんに手紙を……と渡したら、めっちゃくちゃ喜んでくれた。

 ……ワシェルトさんが。


「ありがとうーーっ! うちの婆さんの友達らしくってなぁ! 腰をやらかしちまって、なんとか収穫しても売りに出られなくなっちまってて……本当に、ありがとうーーっ!」

「そうだったんですね。ご協力できてよかったですよ。あ、これ、母が作ってくれた柬埔寨瓜かんほさいかの菓子なんです。是非、食べてみてくださいよ」


 母さんが作ってくれたのは、ひと口サイズのもちっとむにっとする食感で、俺としてはもの凄く既視感のあるビジュアルのしっとり系菓子である。

 あの有名な九州のお土産で有名なおまんじゅうにそっくりなのだが、中の餡が小豆と手亡豆ではなく小豆と柬埔寨瓜かんほさいかを練り込んだものになっているのだ。

 餡に砂糖が少なくても、柬埔寨瓜かんほさいかの甘味だけで充分に甘くて優しい味わい。


 皮の生地にも柬埔寨瓜かんほさいかは使われていて、アクセントで種が飾られている。

 初めはふわふわのケーキみたいなスポンジとこの餡を合わせようとしたが、それだとしっとり感が出ず納得がいかなかったらしい。


 それで薄皮饅頭のような皮にしたり、練り切りのような感じにしてみたりと色々試したっぽい。

 このお菓子のことは『柬埔寨瓜かんほさいか』と言っていたから、どこかで別の材料で作られた似たようなお菓子があるのかもしれない。


 種はしっかり乾燥させてから油で煎り、塩をふりかけたものと飴がけにしたものを作ってある。

 塩のタイプは、そのまま酒の肴になると言って父さんが大喜び。

 今回のトッピングは、細かく砕いて飴がけにしているもの。

 これ、胡桃やピーナッツと一緒に飴で固めても美味しいんだよね!


 煎ったら黄色の加護色が消えるかと思ったのだが、種だからだろうか全く消えず飴がけにしたことで青みまで加わった。

 おまんじゅう本体が橙色と赤、トッピングに黄色と青というなかなか加護色的にもほぼ満点というできあがりなのだ。


 流石、母さんである。

 そして母さんの【調理魔法】で作っているので、緑系もプラスされているという完璧なお菓子に仕上がっている。

 当然、ふたりがとびっきりの笑顔になったのは言うまでもない。


「こんなに、美味しくなるなんて……!」

「卵も使ってくださっているんですねっ? これ、アウィアお婆ちゃんに食べさせてあげたい……!」

「あ、勿論お土産に持って行ってくださいね。どんな風に使われるのかも気になるでしょうし。それと、この町にいるウァラクの馬達にも柬埔寨瓜かんほさいかをあげようと思っているので、そのこともさっきお渡しした手紙に書いてありますから」


 ふたりはにっこにこですぐにでもヴェロード村に行って、二、三日中に柬埔寨瓜かんほさいかの取引手続きをしてきてくれるらしい。

 フットワーク軽いよな、ワシェルトさんもテトールスさんも。

 ありがたいことだ。



 さて……中途半端で仕上がっていない、冒険者組合の銭湯ルームを仕上げてしまおう!

 この間から、全くと言っていいほどヤハウェスさんからの問い合わせなんかもないし、衛兵隊にお願いしていたんだけど冒険者が来たっていう連絡もない。

 マジで使われてないんだろうな、この町の冒険者組合って。


 内装をサクサクと終えまして、湯船に浸かっている間に楽しんでもらう映像を準備しましょうか。

 星空と椎茸、玉紅茸たまべにたけ……これはタマゴ茸のことだが、それらの成長タイムラプスは撮れた。

 他にはお料理の手順動画や、漆塗り食器の手順動画も作ってある。


 それから……企画していた大人達への書き方教室を開催していないので、それを映像でだけでやることにした。

 態々別の場所で開催するより、十分程度の解説動画を作って流す方が見たがる人が増えると踏んだのだ。


 今更、子供である俺に『習う』ということに抵抗のある人達も、この方式ならば学習のきっかけになる。

 ただ……湯船につからないと再生されない動画なので、一緒に書きながらという訳にはいかないのだが、その辺のことは各自で考えて頑張って欲しい。


 更に、方陣の描き方動画も撮ってありますよ。

 シュリィイーレ全体で『方陣の理解度』を深めていくためには、大人達にも解りやすい解説があった方が子供の教育にも良かろうということで。


 そしてそして……親と一緒に入るであろう子供達用にも、絵本の読み聞かせ動画を作ってみました。

 アトネストさんの読み上げに合わせて、絵本のページをめくっていくという簡単なものだが結構イイと思うんだよ。

 いつも好きな本を読んでもらえるという訳じゃないから、何度も同じ本を読んでもらいたい子達には嬉しいかなって。


 これらの映像は『知識』『技術』『方陣』『伝承』の継承に一役買ってくれるに違いないのだ。


 この建物は西門食堂の隣で、外壁との間に緑地があって広場になっている。

 なのでその広場側の壁にもモニターを仕込みまして、定期的に『蓄音器体操 衛兵隊バージョン』を流そうかと思っている。

 天気の良い日だけだが、ここで大人達が蓄音器体操をしてくれればと思いましてね。

 遊文館のエントランスホールは、お子様達用なので。


 そんで汗などかいた後に、神泉湯につかってのんびりしてからおうちに帰るとかお仕事に行くとかというルーティンができたらいいよね。

 これが上手く行けば南西門や北西門、北門の近くでも作ってもらえるようになるかもしれない。

 そしたらこの町では、体操と神泉浴とちょっと緩いお勉強動画が見られる場所……というものができあがる。


 長ーーい冬の間、そういう施設をクルクルと周れれば、閉じ籠もって鬱々とすることもなくなるだろう。

 今回のように外門食堂の隣に作らせてもらえたら、いつでも『移動の方陣』を使って飛んでこられるようになる。


 外門食堂でのご飯の前にさっぱりしてから美味しいものを食べてもいいし、食べ終わった後の寛ぎタイムでデトックスも悪くない。

 美味しく楽しく健康に、それは俺が大切にしたい永遠の命題である。


 さーて、できあがりましたから、試運転してみようかな。

 循環システムと湯温調整……上手くいきますようにっ!

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