第844話 オレンジ色の困ったヤツ

 その日は朝早くから物販スペースの呼び鈴が押され、誰だろうかと降りていったらデルデロッシ医師だった。

 あれれ、またエクウスが拗ねているのかな?

 昨日も遊びに行ったんだけどな。


「違うよぉ、エクウスは元気。凄く! だけどね、なんかビルトルトがね、元気ないんだ。夏に弱い子だからだと思うんだけど……」

「ああ……そういえば、ビルトルトはウァラクの馬でしたよね」


「そ、そ、そ。ウァラクの北側なんだ。だから寒さは強いんだけど……最近ちょっと暑い日が続いてて、食欲なくってさ。タクトくんのとこで『ウァラクの芋』とか買っているんだよね? ウァラクの作物のつたとかくきはない? 乾燥野菜でも同郷の野菜の方が、馬にはいいんだ」


「蔓とか茎とかはないですねぇ……そっか、根菜は駄目なんでしたよね。人参が大丈夫だから、勘違いしていましたけど」

「うん……食べさせても大丈夫な子もいるんだけど、ビルトルトは駄目なんだぁ。青豆は好きなんだけどさぁ……それだけだとねぇ……そっかぁ」


 しゅん、としてしまった。

 どうやらあまり堅玉黍入りも好きじゃないらしく、それなら故郷のものはと市場を探したみたいだけど、馬が食べられない玉葱とか菠薐草ほうれんそうとか火焔菜かえんなだけしかウァラク産は見つけられなかったらしい。

 ウァラクからって、確かにあまり食べ物が入ってこないんだよね。

 んんん、何かあるといいんだけど……長葱とかも駄目だしなぁ。


「今日の昼頃に、ウァラクから芋を持ってきてくれる人が来る予定なので、いい飼料がないか聞いてみますよ」

「うんっ、是非頼むよっ! あ、イノブタ用とか、鶏用でも、馬にいいものが含まれている飼料があるんだ。もし、そういうのが北の方で買えるなら……一番いいんだけど」


「……ガイエスがよくウァラクに行くから、頼んでみますよ。だけど大袋で来ちゃうと思うんで、全部買い上げてもらえます?」

「えええっ! そうなのっ? ガイエスくん、凄いねっ! 流石、カバロくんの飼い主だねっ! うん、買い取るよっ! ヘストレスティアの馬もウァラクの飼料、好きなのかなっ? 今度シュリィイーレに来たら絶対に聞かなくちゃっ!」


 デルデロッシ医師はちょっとだけ気持ちが持ち直したか、いつものように左右に揺れながら戻っていった。

 ふむふむ、イノブタ用って確かふすま入りだったなー、それかなー。


 テトールスさんにちょっと聞いてから、ガイエスに依頼しようかな。

 流石にテトールスさんに、飼料までは頼めない。

 絶対に大袋販売だろうから、運べないよな……ガイエス以外だったら、そんなことができるのは、おそらくヒメリアさんだけだろう。



 そして、ランチタイムの少し前、ヴェロード村からテトールスさんがやって来た。

 どうやらワシェルトさんの養鶏場が今忙しいらしく、卵も預かって運んできてくださった。

 過積載になっていないだろうか……大丈夫?


「ぜーんぜん平気ですよっ! 【収納魔法】の段位が上がったんで、凄く楽に運べるようになったんです!」

「それならよかった……でも、無理はしないでくださいね」

「はい! えーと、芋はこちら、卵と鶏肉はこれですね。卵はちょっと少なめですけど、明後日にまたエグレッタさんがワシェルトさんと一緒に来るって言ってました」

「助かりますよ。マメに来ていただけると……あれ? こっちの箱は?」


 見慣れない中箱がひとつ。

 軽量化している折りコンじゃないから、新しい作物かな?


「これ、実はうちの隣の婆ちゃんが作っているんですけど、腰を痛めちゃって売りに行けないんで……タクトさんが使えないかなぁって……」

「なんだろう? 開けてもいいですか?」

「今、開けますっ! ヴェロード村だけで作っているものなんですよ」


 あ……これ、知ってる……自動翻訳さんは俺が思った通りの答えを示す。

 糸瓜へちまとか瓢箪ひょうたんみたいな形ではあるが、これは『かぼちゃ』である。

 自動翻訳さんが『似宿儺すくなかぼちゃ』と表示するので、間違いはないのだが……俺、かぼちゃ自体があまり得意じゃないんだよね。


 ご飯のおかずにならないんだよな、かぼちゃ……唯一食べられる天麩羅でも。

 かぼちゃは甘味が強くてデザート感覚なのに、デザートとしては俺の感覚だと半端に思えちゃって。

 かといってスイーツも天麩羅も『サツマイモがあるなら、かぼちゃはなくてもいいじゃん?』ってタイプなんだよね。

 そして、かぼちゃスープとかぼちゃプリンは……全然、魅力が解らないのだ。


 しかし、俺が一番苦手なねっとり系のかぼちゃではなく、ホクホク系で甘味の強い栗かぼちゃタイプだ。

 ねっとり系の『柬瓜かんか』は、僅かながら夏場にロンデェエストから入ってくる。

 俺のイメージとして冬の食材という気分なのと、そもそもさほど魅力を感じていないので柬瓜かんかは買ったことがなかった。


 元々、柬瓜かんかというのは、冷涼な場所で育つのだし旬は夏だ。

 夏のウァラクからは他の野菜が沢山入ってくるからか、この『柬埔寨瓜かんほさいか』と示されたウァラク産の栗かぼちゃは来たことがない。

 生産地がシュトレイーゼ川の北だとしたら、今後も入ってくる見込みはないからここで切り捨ててしまうのはちょっと惜しい。


 俺は食べないとしても、母さんや聖神一位加護の子達は好きだろうなー。

 珍しいんだよな、野菜で『橙色のキラキラ』なのって。

 しかも、この柬埔寨瓜かんほさいかの加護の方が、柬瓜かんかよりかなり橙色が多くて黄色味も強い。

 黄色いのは種かな?


 ううむ……母さんに渡せば、上手いこと調理してもらえるだろうか。

 駄目だったら、なんとかお菓子にしよう。

 遊文館の子供達には、必要なものかもしれない。


「あのぉ……難しい……ですか?」

「いえ……ただ、使ったことがなくて、どんな料理にしようかと悩んでしまって」

「ヴェロードでは、茹でてから磨り潰してパンに塗るとか、小さく切ってイノブタと一緒に煮るとか……乾燥させて家畜の餌にしたりします。うちの耕作馬も、好きなんですよ」

「え、家畜用にもこれを使っているんですか?」


 あちらでは餌にしているかぼちゃと言えば、ハロウィンでお馴染みのアトランティックジャイアントだったと思うんだが……それはないのかも。

 どうやら多くは、イノブタ用の餌になっているらしい。

 なるほど、なるほど。

 それではちょいと、ガイエスにはそれを頼むか。


「解りました。今後取引できるかまではまだお約束できないですけど、今回のこの一箱は買わせてもらいますね」

「ありがとうございます! いつもすみません。あ、青豆は次の時に持って来られます!」

「解りました。よろしくお願いします」


 その後、テトールスさんはいつものようにお食事をしてからウァラクに戻っていった。

 さて……柬埔寨瓜かんほさいか、乾燥させてビルトルトにあげてみよう。

 気に入ってもらえればエクウス達も食べるかもしれないし、もしもイイ感じのスイーツにできなかった時のためにも、色々と使用方法は確認しておかないとなー。

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