第843話 思いもよらない注意事項

 保存袋とか保管瓶などを携えて、ビィクティアムさんの執務室に参りました。

 どうやら先日の次代様サミットの時にかなりヘロヘロになって、なんと三日も!

 あの『勤労中毒』ビィクティアムさんが、三日も仕事を休んでしまったと!

 そのせいでしわ寄せが来ているらしい、この机の上……お疲れ様でございます……


「大丈夫だ。充月みつつきに、殆どシュリィイーレにいられないからな。その準備だ」

「……三カ月先ですか……?」


 なんかあったっけ……あっ、そーか!

 婚姻式か!

 レドヴィエート様の生誕日である充月みつつき十一日の三日前からロンデェエストで、十一日の午後から五日間はセラフィラントで婚姻式とお祭りだ。

 本番はその八日間だけど、準備やらその後の諸々のことがあるから充月みつつきの二十日くらいまで、シュリィイーレには戻れないということらしい。


 なるほど……充月みつつき二十日といえば、今年の秋祭りの予定日だ。

 これが終了すれば、シュリィイーレは一気に冬に向かってまっしぐら。

 いつ、外門が閉ざされてもおかしくない時期に入る。


 ビィクティアムさんは、セラフィラントとの越領門があるから行き来に問題はないとはいえ、外門が閉まってしまう前に対外的なこと全てを片付けておかねばならない。

 うん、大変だよな、そりゃ。

 それではこれをオルツの毒物研究所に……と保存袋などをお渡しして戻ろうかと思っていたのだが、ちょっと休憩するから付き合えと、止められた。


 うーむ……普通に手作りお菓子を出されるようになってしまった……

 アーモンドサブレ、めっちゃ旨いです。

 あ、それではこちらのスイカスティックもどうぞ。

 そしてソファの正面に腰掛け、紅茶を飲んでひと息つくビィクティアムさんが思いもよらないことを口に出す。


「おまえ、神斎術が使えるようになっていないか?」


 ぶふふぉっ!


 紅茶を飲んでいる時に、なんという爆弾発言を!

 吹き出しちゃったじゃないですか!

 そんな冷静に【洗浄魔法】とか使ってないでくださいよっ!


「ななななん、なんでっ?」

「マリティエラがおまえの流脈分岐が、俺の神斎術獲得時によく似た分岐になってきていると言っている」


 盲点っ!

 そうだったよ、血統魔法だったよ【身循しんじゅん魔法】!

 ただでさえ最上位魔法だというのに、おそらくマリティエラさんの【身循しんじゅん魔法】は、特位を突破したに違いない。

 俺が身分証のカラー隠蔽をかけた時には、既に特位だったんだから。

 過去に確認した流脈との照合までできちゃうのかよっ!


 だが、今の『なってきている』という言い回しだと、同じような分岐が増えつつあるという段階であって、それが『神斎術獲得済み』という確信ではないだろう。

 そして、いくら流脈ができあがっていたとて、魔法が使えるとは解らないということのはずだ。


「最近、身分証は見ていないです……でも、神斎術なんて……どうして、いきなりそんなこと?」


 余分なことは言わず、知らぬ存ぜぬで取り敢えずは、やり過ごそう。

 うちに帰ったら確認しなくちゃーー!


「まだ『可能性』だ。だが、流脈ができつつあるということは、おまえがそれを使いこなせる魔力流脈になってきているという証だろう。なんらかのきっかけで……手に入るかもしれん」

「きっかけ……ですか?」


 ビィクティアムさんは神斎術獲得方法をどのように捉えているんだろう。

 それ次第で……いろいろと開示できるかもしれない。

 どっちにしたって、あの三角錐を永遠の秘密になんてすることはできない。

 いつか、俺の【文字魔法】がなくなってしまった時代であっても、安全に辿り着くことができてメンテナンスとか神斎術の正しい受取ができるなら、それに越したことはないんだ。


「タクトのやり始めた『石板方式』だ。ガイエスの見つけたコレイルの谷底にあったものや、ミューラ王宮の地下……それと、おまえが見つけた南の森の泉。全てに同じような石板が使われていたな? あのようなやり方で『魔法が閉じ込められて方陣で発動させる』というものがあるなら、魔法を『方陣で受け取らせる』こともできるのではないかと思う」

「……【星青魔法】のこともありますからね……できるでしょう」


 極大魔法から【星青魔法】というように認識が改められたそれは、大地そのものに描かれた『方陣で蓋をして魔法を閉じ込めていた』ものだ。

 だから方陣を読み解き、神力と呼ばれる魔力を注ぎ込むと『蓋が開いて』受け取れた。


 昔は、神力と魔力はイコールだと思っていた。

 だけど、俺の今の仮説では『神力とは聖魔法の魔力が含まれている魔力のこと』ではないかと思っている。

 そしておそらく……それは、神斎術獲得のための石板への魔力注入も同様だろうと思われるのである。


「だが、きっと神斎術は【星青魔法】以上に条件があり、なんらかの儀式のようなものも必要だろう。俺の場合は……本当に偶然だったのだと思う」


 さーせん、俺が『巻き込んじゃえー』的に仕組んだとは言えません。

 マジでごめんなさい。


「……カルラスから入り込んだあの不思議な場所……あそこがその儀式に必要な場所だと思っているが、もう行くことが叶わないのでな。確証はない」


 ですよねっ!

 必要な神典の原本が、皇宮敷地内の聖教会神書司書室に入っちゃってますからね!

 俺が細工し直さない限り、ビィクティアムさんが再びカルラスの三角錐部屋に入ることはできない。


 だけどビィクティアムさんは、あの三角錐部屋がカルラスの小さい塔の真下だとは思っていないようである。

 まぁ……そうですよね。

 ぱぱぱっと転移しちゃったんですから、判らなくって当然ですよね。


「そこで、俺は巨大な『石板』に触れた。昔、加護法具の青金石せいきんせきなくしてしまって、おまえに作ってもらったことがあっただろ?」

「あー……はい」

「なくしたと言っていた石は、その石板に嵌め込んだんだよ。その時が……おそらく、神斎術を賜った時と考えている」


 本当にね、勘がいいというか、記憶力がいいというか。

 そして終始、俺の反応を伺うかのような視線なんですよねぇぇ。

 話を聞いているだけなのに、後ろめたいことがあるからか怖いんですよーー。


「そして使えるようになったのは……きっと、カルラスの海で神をお姿を拝見した時だろう。あの時に初めて、お声が届いたのだから」


 それはーー、多分思い込みでございますーー!

 ああああ……だけど、言えない。

 そこら辺のことは絶対に、何があっても言えませんーーっ!

 あの時の一連のことは、既に『喋っちゃ駄目石板』に指定済みでよかった……


「つまりだ、神斎術には『石板』と『所定の石』が関わっているはずだ。どちらも……おまえには、かなり身近にある。いつ、どのようなことで獲得できるかの断言はできないが、そのふたつに関わるのであれば、俺達皇国の血筋より魔導帝国の……ニッポンの血筋であるおまえの方が『受け取りやすい』と考えている。そもそもの魔力量が多いのだから、俺ほどの負担もあるまい」


 やっぱり間違いなく『日本』イコール『魔導帝国ニファレント』で、確定されてしまっていますよね。

 なんか、本当にレイエルスに申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、今の時点では俺の保身のために許してもらおう……


 本当は……レイエルス侯とかトアンさんやショウリョウさんに……神斎術があれば、なんて思わなくもないんだけど、それもまた混乱の元になっちゃうんだよね。

 既に皇国の身分制度の中に組み込まれている家門だから、厄介なことになってしまう。

 そして俺が神斎術持ちってのも……あ、だけど俺は完全な異邦人扱いだから、まだいいのか……


 俺は『気を付けておきます』と言うくらいしか返すことができず、若干苦笑いで東門詰め所を後にした。

 ニファレントを否定して『遼遠の天べつうちゅうの出身』と認識されてしまったら……きっと、王都の中央が出てきてしまう。

 何がなんでも現時点では、それだけは絶対に避けなくてはいけない。


 そのために必要なことで……最も大切だと思われるのは『シュリィイーレ聖教会の確固たる地位の確立』だろうな。

 シュリィイーレこそが『神聖魔法師』や『神斎術師』に相応しい場所であるということを皇国全土に知らしめ、浸透させることが俺がこの町で平和に楽しく……なるべく隠し事なく、日常を満喫できる条件なのかもしれん。


 子供達への魔法の育成が成功していけば、このシュリィイーレこそが『魔導都市』となれるはず。

 よっし、気を引き締めて……でも、楽しく!

 これからも頑張んないとねっ!


 あ、あまりの衝撃でガイエスの映像のこと……全然話せなかった。

 まぁ、いいか。

 今度にしよう……今、忙しそうだしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る