第十四章 楽しいことがイチバンです

第842話 映像確認での考察

 体調もすっかり良くなったし、とんでもない眠気もなくなった。

 ということで、覚悟を決めねば見られないと思っていた、ガイエスの旧ジョイダール映像を改めて確認した。


 何度見てもこの氷漬けの魔獣が不思議なんだよなぁ……

 態々『ここに水を運んで氷漬けにした』って感じなんだよね。

 ここの気温が不明だからなんとも言えないが、どう見ても周りから水が入り込んだ形跡ってのが全然見当たらないんだよね。


 そしてずっと凍っていたとしたら『氷が層になっている』のが……不自然なんだよ。

 魔虫なのか普通の虫なのかよく解らないものが、潰れたような状態で……しかも潰された時に出たと思われる体液がそのまま凍っていたのは、どう見ても『氷の上で潰された』ものの上に新たに氷ができた感じなんだ。


 下から水がしみ出してくるほどだったら魔獣の氷だって水になってしまうから、こんな凍り方はしない。

 ここに自然に水が流れ込んでいたのなら、もっと潰された虫の体液は一定方向に流れていていいはずだ。

 もしくは、死骸ごと流れてどこかに行くか。


 こんな風になるのは真上からゆっくりと水が注がれ、その水が流れることなくほぼ一瞬で凍ったということだ。

 いや、『凍らせた』?

 それって、ここに氷を作って貯蔵していた……としか思えないよね?


 だけどさー、こいつ、魔獣……なのかな?

 なんだかちょっと違う気がする。

 今まではすぐに魔獣の名前らしきものが出てきたんだけど、この牙のでかい熊っぽい奴には『似アルクトテリウム・アングスティデンス』とは出るけど……魔獣とは出ない。

 この表記の出方は……魔竜くんの時と一緒なんだよな……『斑紋はんもん洞獣どうじゅう』とか書かれているし。


 そんな表記の、魔獣っぽくない生き物がもう一種。

 ガイエスが上陸した氷の島の海岸沿いにちらりと見えた『似海豹じアザラシ』……こいつは『斑紋はんもん海獣かいじゅう』という自動翻訳さんの主張だ。


 まー、熊とアザラシは、近似種といえば近似なのだ。

 もしかしたら大元おおもとは同じ生物で、環境に合わせて収斂しゅうれん進化でもした結果なのかもしれない。


 地上の熊、水辺のアザラシって感じで。

 その進化の時に参考になっている……似せてるものってのが、魔獣の可能性はあるけど。

 これらの生き物は、魔獣とは言い難い。

 ……魔竜くんも他に呼びようがないんだが、きっと『魔』ではないんだろう。


 だとすると、この『斑紋はんもん洞獣どうじゅう』は『食糧』として貯蔵された?

 いや、餌……かな?

 地下で飼う虫達の。

 地底の人達が食べるためならあんな保存はしない気がするし、そもそもあの獣の肉を、地底人は食べられないのではないだろうか。


 そうなると、あの氷漬けの獣を閉じ込めていたものは『自然の氷』ではなくて……魔法で凍らせていた可能性も出てくる。

 ……もしも俺の考えているように、リューシィグール大陸にあった二国のどちらかの国の人が地底に棲み着いていたとしたら、彼らは間違いなく『地系』で『海系』の魔法だっただろう。

 そのどちらもの系統を持つのは聖神二位だから、氷の魔法はドンピシャの加護魔法だな。


 そんなことを考えつつ別日の映像を見続けていると、また別の分岐に入っていくところから。

 どうやら壁に遮られてここまでかと思ったが、ガイエスが『方陣か』と呟く声が入ってた。

 ……しまった、カメラの位置が悪くて見切れてしまっているぞ。

 この方陣のことは、ガイエスが来た時にでも聞くか。


 うわっ!

 えっ?

 壁、壊すのっ?

 鑑定して大体の厚みが解ったってことか?

 ちゃんと【強化魔法】かけながらだから問題ないだろうけど、思いっきりがいいよなぁ……いつもながら。


 出た先も回廊……というか、隧道?

 あ、光が見えるから地上か!


「……廃墟?」


 村か町の跡だろうか。

 やっぱり、地上と地下とで行き来して暮らしていたか、地上で暮らす種族とは別で『捕った獣』などの取引をしていたか……

 取引といっても、おそらく通貨なんてものではない。

 もっと……切実なものだろう。


 水……?

 地上は魔獣が多く、川の近くや湖の近くでなさそうなこの村の場所で、水を確保できていたとしたら地下水だろう。

 だが、この崩れた残骸を見るに、井戸を掘れるような技術や機械があったとは思えない。


 魔法にしても、建物がここまでお粗末だと地上の人々が土系の魔法に長けていたとは考えにくい。

 水を得るために地底人と取引していたか、彼らに『雇われてここで暮らしていた』から……水が供給されたのかもしれない。


 旧ジョイダールは、テトロ山地、ベルトス山地とガイエスの地図に書かれていた山々の西側とは、おそらく生態系も魔獣の種類も全部が違うのだろう。

 そして……安全なのは『地下』で、迷宮のように危険なのが『地上』だ。


 ここは『地下と地上が反転している』のかもしれない。

 だから……地上が魔獣と毒に溢れる『迷宮』なのだ。

 地底人が取引で提供していたのは、安全に歩き回れる『地下道の使用権』ってこともありそうだな。


 だとすると……ポルトムントの『地上の港』を欲しがってたのは『地底人から逃れるルート』を欲していたのか?

 旧ジョイダールの地上よりは、西側の地上の方が遙かに安全だったのだろうし、そちらと交易ができるか、移住ができたらと思ったのかも。


 水と交通を制限されて、地上の人々は『逃げだそうと思えば逃げ出せる状態である』と気付けなかったのではないか。

 きっと……気付いたのは、ヘストールが攻めてきたからかもしれないね。

 別の場所に続く道があると気付くきっかけが……侵略戦争ってのも……切ないものだけどな。


 ……ん?

 文字が彫られて……う、画面が揺れてよく解らん。

 あ、固定された。


『ヘストレスティア暦 百六十七年 夜月よのつき十二日』

しろがねの連団六名と南風の連団二名 到達』

『村は壊れジョイダール人はいない』

『ここから北は凍土のため入れず東の隧道先は大型魔獣』

『西側のテトロ山地麓を南へ向かう』


 皇国現代文字……そうか、ヘストレスティア統一後に派遣されたっていう兵団とか冒険者の連団の一部がここに辿り着いていたってことか!

 うおーー、すげーーー!

 歴史的大発見だなぁ!


 ヘストレスティア暦 百六十七年……ってーと、皇紀元で……えーと……ピンと来ない。

 皇国って建国から何年っていう数え方じゃないんだよなーー。

 なんせ、建国が神代の頃ですからね……だから『通算』だと、とんでもない数になっちゃうので日本の『元号』みたいな仕組みなんだよ。


 今は『第六シュヴェルデルク暦二十八年』で、『第六』ってのは『六世』とかと一緒。

 皇家で皇王になった『シュヴェルデルク』という名前の方の六番目……ということなので、皇家の歴史を覚えないと全然解らないのだ。

 日本にいた頃だって、精々『慶応』ぐらいからしか覚えられてないのに、皇国の歴史家たちはマジで大変だと思う。


 その上、各領地で領主暦みたいなものまであるし、町や村ができてから何年っていう暦だってあるのだ。

 それがこんがらがっちゃうので……俺が暦帳を作ったというのも、理由のひとつなのですよ……

 今の『皇紀元』と各領地の『領暦年』シュリィイーレの『町暦年』と『教会暦』が入っているのです。


 今のシュリィイーレの場合だと『皇紀元第六シュヴェルデルク暦二十八年』だけど『領暦年』は領主がいないからなし。

 今の形でシュリィイーレができあがった時が『町暦年』の始まりになるから『町暦八千七百十三年』。


 これは外壁完成からのカウントだから、町そのものがここに自然発生したんじゃないのではっきりしている。

 シュリィイーレのような計画都市でない限り、町暦は微妙なこともあって基本的にはその町に教会ができた時からカウントする教会暦と同じになるものだ。


 だが、今のシュリィイーレの教会暦は『聖教会元年』である。

 去年までは町暦と一緒だったのだが、今年から完全に『聖教会認定』されたので心機一転となったのだ。


 だから、今後各地で『暦帳』が作られるようになったら、『町暦』と『教会暦』はその町のものを書き込んでもらえるように作ってもらっている。

 皇紀元と領暦は皇国で共通だからね。


 おや、ガイエスは紙を取り出して何を……?

 あ、さっき撮していた碑文を、紙に写し取ろうとしているのか!

 うんうん、石を外して持って来ちゃう訳にいかないもんなぁ。

 あの紙、上手く保存できるんだろうか。

 聞かれた時のために考えておくか。


 うわ、再生の順番間違えた!

 これの前に、もうひとつあったよ!

 ガイエスに渡している奴は、日付が変わると記録石も変わるようにセットしているんだよね。

 その方が、編集の時に楽なのだ。


 えーと……この日の映像は……おや、真っ暗な……森?

 ふおっ!

 と、鳥……かな?

 魔鳥……真っ白だけど、自動翻訳さんが『似カラフトフクロウ』って出して『白樹魔梟はくじゅまきょう』って言ってる。

 そっか、魔鳥か……あぁー……瞬殺だなぁ。

 流石だよ、ガイエスくん。


 ああーーっ!

 丸ごと保存袋に……って、そ、そっか、オルツだよな。

 うちには来ないよ、うん。

 あー、ビビったぁぁ。


 直轄地に魔鳥なんて、たとえ死骸でも大変なことになっちゃうからな……

 毒物と同義だからねぇ、魔獣なんて。

 あの赤い藍藻で『ギリギリ』だったから、魔獣そのものだったら……オルツでも吃驚だろうなー。

 衛兵隊の検閲なしでなんて、持ち込んだら大騒ぎですよ。


 そーか、こういうものがオルツに『温泉地のお土産』レベルでサクサクと持ち込まれるから、顕微鏡が欲しいほど忙しかった訳だね。

 保存用の袋とか標本用の保管瓶とか……送ってあげようかな。

 ビィクティアムさんにお問い合わせしよう。

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