第838話 お休みしましょ

 その日の夜はまさに泥のように眠ってしまい、朝起きてもまだボケボケ。

 食事をしてても船を漕ぐ有様で、全く役に立たずに一日が終わった。

 夕方頃に一度マリティエラさんが様子見に来てくれたけど、やれやれという風情で疲れも勿論だけど、おそらく『成長覚象かくしょう』と言われてしまった。


「それって、適性年齢前だと偶にとんでもなく眠くなったり、食欲がやたら出たりするっていうやつですよね……」

「そうよ。この頃ずっと、タクトくんったらあれもこれもってやり過ぎよ。お兄さまにもあれだけ言っておいたのに!」

「多分、今日はビィクティアムさんもぐったりしているんじゃないかと……」


 どうやらマリティエラさんはビィクティアムさんに、俺が突っ走り過ぎないようにと注意をしてくれていたそうだが……

 まぁ、俺もガンガン行こうぜ状態でしたからね……ビィクティアムさんのせいじゃないですよ。

 だって、やりたいことがいっぱいあるんだよねー。


「まぁ……そうよね。あの方々がいらっしゃって、お兄さまひとりでどうこうはできないでしょうし」


 マリティエラさんはブツブツと、カルティオラ卿だけでも大変だものね、なんて呟いて何やら納得している。

 そうか、マリティエラさんも皆さんとは面識があるんだろうな……血統魔法あるし。


「だけど、タクトくん今回は大して魔法も使っていないはずよね? なのに、ここまで眠気と怠さが取れないのは、成長覚象だけで説明できないかも……」

「え、なんか深刻な病気とか言わないでくださいよっ?」

「病気じゃないわよ、そういう兆候じゃないわ。ちょっと流脈、診せてね」


 お医者さんの『診せて』は、悪いからだよねーって思っちゃってドキドキする。

 そして診療中の『あら?』とか『おや?』ってのも怖いんだよね……


「あら?」


 なんですかぁーーっ?

 今、怖いから嫌だって……そしてもっと怖い『深刻な顔』……


「タクトくんって……まだ流脈が増えてるの? まるで十五、六歳の子みたいな分岐増加だわ……」


 はうっ。

 それって予想通り魔力流脈は子供ってことで、成長が『覚象』どころか思いっきり『途中』……


 やっぱり、俺の魔力流脈が『この世界に来てからの形成』だからってことですね?

 だけど十歳くらいだと思っていたから、十五、六歳というのは成長が早い……いやいや、駄目でしょ、それでも。


 とにかく、沢山食べて寝ていなさい、とベッドに押し込まれテーブルに山盛りの食べものを載せられた。

 水を沢山飲むこと、目が覚めたらすぐに少しでいいから何かを食べること、といろいろ注意されているうちに……寝込んでしまった。


 目覚めた時には、窓の外は真っ暗。

 テーブルの上の食べものは『この順番に食べなさいね』とメモ紙があり、果物、野菜煮込み、ハンバーグ、おむすびの順に並んでいた。


 果物と野菜煮込みを食べたところまではなんとか起きていたけど、このままでは食べながらテーブルで寝てしまうと思ったので、すぐにベッドに戻る。

 あ、歯磨き……は、洗浄の魔法でいいや……ねむ……


 その後、俺は夢の中でずっと腕立て伏せをやらされていた。

 エクウスとメイリーンさんの応援を受けながら。

 正夢っぽーーい……



マリティエラとビィクティアム 〉〉〉〉


「お兄さまー、起きていらっしゃるー?」

「う……」

「あーあ、やっぱりだわ。タクトくんと一緒ねぇ」

「ああ……タクトもか。あいつも結構いろいろな魔法を……」

「起き上がらないで! 流脈を整えますからねっ!」


「……すまん」

「どうせあの方々がいらしていた間、ずーーっと『守護結界』をお使いだったのでしょう?」

「……」

「衛兵隊を信じていらっしゃらない訳ではないでしょうけど、念を入れ過ぎだわ」

「シュリィイーレで何かあると、どうしても大事おおごとになるからな。王都にとやかく言われると面倒なんだよ」


「それは解りますけど……いくら神斎術で新しく【守護防御】なんてものが出たからといって、ご無理をなさるから」

「まだ準階だからなぁ。魔力の操作が、上手くいかなかっただけだ」

「そういう問題ではございませんわっ! まったくもう……神斎術の常時発動なんて、感情の制御が利かなくなるくらいまで魔力を使うのではないのですか?」

「そう……かもしれん……普段なら聞き流せるようなテオの『うっかり』で、感情が揺れて困った。タクトに抑えてもらえたが……」


「タクトくんだってまだまだ不安定なのに、いい大人が何をやっていらっしゃるの。でも、カルティオラ卿って偶にムッとするのよねぇ……」

「そんな顔するなよ、テオに悪気はないんだから」

「悪気がないのが判るから、ムッとするだけで抑えていたのです。はい、お兄さま、これを召し上がってください。食べないで寝ていただけなのでしょう?」


「昨日まではちゃんと食べていたんだし、ちょっと眠れば平気だって」

「丸一日寝ていて、この為体ていたらくだというのに説得力がございません」

「……どんどん大叔母上に似てくる……」

「それ、何度言われても嬉しいわ。アメルティラ大叔母様は、今でもわたくしの目標ですもの。さ、こっちも召し上がって!」



「で?」

「え?」

「おまえが俺の様子見だけで、ここまで居座る訳ないだろう。タクトに何かあったか?」

「もう少し回復なさってからの方がいいかと思ったのだけど……今、お兄さまの流脈を診せていただいて……やっぱりと思ったのよ」

「俺の?」

「ええ、タクトくん……多分、神斎術が顕現するわ」

「……!」


「お兄さまが神斎術を顕現なさった時とそっくりな成長分岐が見られるの……流脈状態ももの凄く似ているわ。多分、同神家門だから解ったのだと思うけど……」

「【星青魔法】のせいではないのか?」

「その時とは、分岐が少し違うの。まるで……血統魔法のような分岐なのよ、神斎術って。確かお兄さまの身分証表記に『初代』って入っていらしたわよね? それって……受け継がれるからこそだと思うの」


「そうか、それで……血統魔法に類似していると……いや、待て。だとしたら血統が『継がれるための条件』か?」

「似てはいるけど、血統ではないと思うの。後から流脈が形成されていて、それが血流と交わっていないから。だけど今は、どんな条件かは全く解らない。お兄さま、神斎術を顕現なさった時にどんなことがあったのか……覚えていらっしゃるでしょう? それと同じような状態か……なんらかの儀式なりがあれば、継げるのかもしれないわ」

「そうか……だが、それはまだ先だな。取り敢えず、タクトには近日中に……変化があるかもしれないということだな?」

「そう思うわ」


「このこと、ライリクスにも言うなよ」

「勿論よ。ライだってタクトくんの魔法のことを、私に尋ねたりはしないわ。それより、神斎術となるとまたタクトくんの体力の方が心配」

「そっちはなんとかしよう。あいつ、そういえば馬に乗りたいなんて言いだしたからな」

「あら! いいわね。乗馬で馬と触れ合うなら、流脈も安定しやすいと思うわ」

「そういうものなのか?」


「そうらしいのよ。この間、遊文館で見つけたセラフィラントの本の中に『馬と関わることで魔力自然放出の安定化が見込まれる』っていう十一代様の研究を見つけたの!」

「ティアルゥトに牧場地を作ったのも……確か十一代様だったな……そうか、そんな研究があったのか」

「タクトくんの辞書のお陰だわ。ちっちゃい子達と一緒に、訳しながら読んでるのよ」


「動物と人とは全く魔力流脈が違うというから、それでなのかもしれんな……タクトのことは俺も確認しておく。もしもそうだとしたら、どのように対応すべきかも考えておいてくれ」

「はい、お兄さま。暫くは無理させない方がいいけど……抑え過ぎるのも、成長にはよくないわ。タクトくんって、まだまだ『途中』みたいな成長しているから」

「やはり、皇国人とは成長の仕方が違うのかもな」


「はい、食べ終わったらお兄さまも、もう少し眠ってね! 魔力不足ではないけど、相当無茶な使い方をなさっているのですからねっ!」

「解ったから、そんなに押すなって……」

「明日も休みと伝えておくわ」

「おい、明日は平気だって!」

「つ た え て お き ま す からねっ!」

「……解った」

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