第837話 ちょっとだけ延長戦?

「ふぅ……終わったな」

「はい、お疲れ様でした」

「ありがとうな、タクト。皆おまえと話したいという望みは叶ったが……今後は……個別におまえと話したがるだろうなぁ」

「月に一度、ふたりまでなら……善処致しますよ。でも、長時間のお相手はできませんからね」

「ああ、それはちゃんと言い含めておく」


 ビィクティアムさんと俺は、のんびりとビィクティアムさんの自宅に向かって歩きつつ、お互いを労う。

 今日は、レイエルスの三人をビィクティアムさんのお宅に招いてお夕食会である。


 うちからの料理デリバリーがメインだが、デザートはビィクティアムさんが作っているのだそうだ。

 すっかりスイーツ男子を飛び越えて、パティシエお貴族様ですよ、この人。


 夕食メニューはもうできているので、俺はビィクティアムさんちには寄らずにそのままエクウスのところへ。

 デルデロッシ医師の所に着くと、すぐに裏に通してくれてエクウスに……あれ?

 いつもは俺が来るとすぐに走り寄ってきてくれるのに、チラッと見てスンって感じ。


「エクウス?」


 近付いて覗き込むと嫌がっているということではなくて、なんだか拗ねているだけみたいだ。

 ごめんなー、ちょっと最近忙しかったからなー。

 もう一度小さい声で名前を呼ぶと、ぶふふーっと鳴いて、子供が『遅いよっ』って感じの抗議をしているかのようだ。

 あ、ベリアードが後ろからちょいちょいって、俺の方に向けってエクウスを押してくれる。


「なかなか来られなくてごめんな。忘れていたんじゃないんだよ」


 あ、スリスリってしてきた。

 うーん、かわいいいいいいーーーー。

 暫くエクウスと触れ合って、すっかり癒やされてしまった。

 はー……ぬいぐるみでは、こんなに和まないんだよなぁ。


「タクトくんっ、タクトくんっ!」

「なかなか様子見に来られなくてすみませんでした、デルデロッシ医師。徽章にも魔力入れ直しましたから」

「うんっうんっ、それはよかったのだけれどねっ! 最近ねっ、エクウスが走りたがるんだけどねっ、僕ら誰も乗れないしっ。タクトくんって馬、乗れる?」

「……いえ、乗ったことはないんですよね。その内、乗りたいとは思うんですけど……」

「じゃっ、練習して! もうちょっとしたら、タクトくんくらいの重さなら、乗せても平気だから、きっとっ!」


 えええぇぇ?

 エクウスに視線をやると『乗る?』みたいに首を傾げる。

 ……そ、そのうちね……

 衛兵隊で乗馬も教えてもらおう……きっとまた、筋肉足りないって言われちゃうんだろうなぁ。



 夕食の用意をするために一度うちに戻って、南官舎までレイエルスの三人を迎えに行った。

 ビィクティアムさんの家には、使用人さんがいないのでね。

 お客様のお迎えは、俺が引き受けたのですよ。

 ……衛兵隊員さん達忙しいし、ビィクティアムさん的には『プライベートな招待』だからね。


「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ、皆さん……」


 三人はビィクティアムさんの自宅に招かれているということで、途轍もなく緊張していらっしゃる。

 無理もないとは思いつつも、セラフィラントの公邸みたいにどかんと大きな建物じゃないからへーきですよ。

 久々に紫通り側の表門から、アプローチを通って玄関まで。


 通りに面した表扉が開くと、おうちに中には『お客が来たよ』というお知らせが入るので、俺が呼び鈴を鳴らすとすぐにビィクティアムさんが扉を開いてくれた。

 ……三人がカチンコチン……?

 あ、そーか、普通はお貴族様の家で、当主が扉を開けるなんてことはしないもんなぁ。


 玄関内の水晶で作られた黄槿ユウナを象ったライティングに目を奪われるトアンさんと、廊下の壁に嵌め込まれた銘紋である『黄槿花菱』の彫刻レリーフに目を見張るレイエルス侯。

 ショウリョウさんは何処を見ていいか解らないというくらい、キョロキョロしている。


 ビィクティアムさんがくすくす笑っているのは、悪戯っ子の『吃驚した?』って感じで楽しげです。

 三人の反応は、この家の内装が完成したばかりの時の衛兵さん達みたいだから、思い出し笑いもあったのかも。


 トアンさんとショウリョウさんは、ぎくしゃくとしつつもなんとかしっかりとビィクティアムさんに挨拶をし、そんなに緊張しないで欲しいと言われて少しばかり笑顔を見せる。


 さぁさ、お食事に致しましょうか!

 ビィクティアムさんたってのご希望で、本日は旗魚かじきでございますよ!

 さっぱりトマトソース煮と、ルッコラのサラダにはマヨベースで粉チーズがたーっぷりのドレッシング。


「お、米か」

「はい。濃いめの味なので、パンよりも米の方が美味しいかなと思いまして。あ、パンもありますから……どっちがいいです?」

「俺は米だけでいい。レイエルス侯、どうなさいますか?」

「ああ、儂も米がいいな! 先日タクトくんの店で売っておった『鶏玉子丼』というのが旨くってのぅ!」


「私も……米の方が好きです」

「あれ、トアンも?」


 ショウリョウさんが意外だという感じで聞き返していたから、トアンさんはパン派だったのかな?


「昨日タクトさんが持って来てくださった朝食、凄く旨かった……!」

「おむすび、お気に召していただけてよかった」


 昨日の朝ご飯は簡単に、おむすびと玉子焼きと胡瓜の一夜漬けサラダにしちゃったんだよね。

 これは次代様達も同じメニューであった。

 朝っぱらから作るとなったら、衛兵さん達も大変だっただろうから。

 今日の朝は夜から仕込んでおける、ポトフと塩焼き鶏とパンだったのです。

 ポトフはスーシャスさんの絶品ポトフのレシピだから、最高に旨かったんだよね……


「そうか、レイエルス家門は米がお好きなのだな」

「ここに来て好きになりました、セラフィエムス卿。タクトさんの料理の米、私が昔リバレーラで食べたものと全然違いました……リバレーラのは、ぱさぱさしていて苦手だったのです」


 あ、ショウリョウさんの言葉にビィクティアムさんがによってした。

 そうですよね、お米はセラフィラントの方が実はタンパク質と澱粉……っていうか、プロラミンとアミロースが少なめなのですよ。

 ほんの少しの差なんだが、それに大きく作用するのはきっと気温のせいだよね。


 リバレーラの方が気温が高い期間が長いから、タンパク質も澱粉も多くなりがちなんだろうね。

 だけど、どちらもお料理次第なのですよ。

 リバレーラのお米は、パエリアとかガパオとかにすると凄く美味しいんだ。


 セラフィラントのお米の方が青属性が強くて、リバレーラの米は緑属性が強いのも味覚には影響していると思うしね。

 そしてセラフィラント米は炊きたてだと青だが、その後冷めてくると黄属性を持ち始め、リバレーラ米は赤属性を留めやすい。

 それもあってセラフィエムスやレイエルスは、セラフィラント米が好きなんだと思うんだよ。


「うーむ、なるほどな。そのような食品栄養学も、広く臣民に広まって欲しいものであるなぁ」

「そうなんですよ、レイエルス侯。あ、先日差し上げた資料本の中には料理の本があって、それにも詳しく書いてありますから是非読んでください」

「ああ、俺からも薦める。あの本は一番先に読んで欲しい。毎日のことだからな、食事というのは」


 ショウリョウさんとトアンさんが笑顔で頷いてくださったので、きっとしっかり読んでいただけるだろう。

 俺だけでなくビィクティアムさんからの『推薦図書』ですので、どうか皆さんに広めてくださいませ!


 そろそろ発売されると思うが、今後は料理本は『素材ごと』に小冊子で作ってもらうのだ。

 勿論、ウァラク樅樹紙とセラフィラント三椏紙で、現地で印刷して製本、販売もしていただくのである。


 サミット話だけではなく、そんな『これから』のことを話しながら、俺達は和やかに夕食を終えた。

 流石に、食事中に魔獣の話は出なかったが。

 そしてビィクティアムさんが作った『ココアの焼き菓子フィナンシェ』の旨さに吃驚しつつ、その夜は結構遅くまで楽しく会話を弾ませた。


「あ、そうだ、タクトさん」

「私達ふたりだけですが、また来月にもこちらに来ることに致しました」

「「え?」」


 俺とビィクティアムさんが、一緒に驚きの声を上げる。

 まぁ……トアンさんとショウリョウさんは銀証なので、特に護衛の心配とか問題もないのですが……


「この近くで宿も見つけられたので、冬になって門が閉じる前までですが。タクトさんと、ゆっくりとお話ししたくて」

「そうですか……俺もおふたりの話を聞きたかったですから、嬉しいですけど……大丈夫です?」

「衛兵隊としては問題ないぞ。レイエルス侯がいらっしゃる訳でないのなら」


 ビィクティアムさんもそう仰有るし、レイエルス侯からもすまないがよろしくと言われてしまった。

 そっか、それじゃあまたのんびりとうちででもお話ししましょう!


 はー、これで一段落だなぁぁ。

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