第832話 皇国の盟約

 さーて、そろそろ俺はお夕食準備に入りたいので、皆様のご歓談タイムに……と思っていたら、深刻そうなお顔のラウレイエス様に止められた。


「すまないが、もうひとつ……君がさっき少しだけ触れた『皇国の盟約』についての意見が聞きたいのだ」

「そ、そうだわ。私もちょっと引っかかったのよ。教えてくださらないかしら、タクトさん?」


 フィオレナ様にまでそう言われてしまったので、カメラを止めるために少し浮かした腰をまた落ち着ける。

 んーっと、神々との『信仰の誓い』……からってことかな?

 ここでもちゃんと『俺ひとりの個人的な見解』と言っておいて、高速の妄想列車よりはもうちょっとだけ確信のある想像急行くらいの勢いで参りましょう。


「俺が現時点で考えている時系列は、何度かの『魔獣大量発生』があってから、別の進化をしていった生命が『魔力の使い方』を知って魔法を得て『人』というまったく別の道へと入れる生命体になった。そのことで『神典』を得て『信仰の誓約』をした。その後、神約文字での神々とのやりとりが可能になって、魔獣討伐が落ち着き国が人々の手で上手く回るようになった。神話が完成した頃に、各国の……王や皇王、大公と国によって呼び名は違ったでしょうけど、盟主達が『信仰の誓約』をその国で守りきるから、そのための力添えが欲しい……と懇願した際に『信仰の誓約』の他にもどんな願いかによって守らねばならないことが増えるよって言われて了承し、交わされたのが『創国の盟約』……だと思っているのですが、その前提で話していいですか?」


 ちょっとだけ皆さんの反応が遅かったのは、俺の言った時系列を頭の中で咀嚼してくれていたからだろう。

 その皆さんの様子を見渡してから、大丈夫だと判断してくれたのだろうビィクティアムさんから続きを促すように頷かれた。


「ニファレントやマウヤーエート、リューシィグールの二国がどう願ったか、何が条件とされたかは、まだ何ひとつ資料がないので推測もできません。ですが、皇国の初代皇王が願われたのは、イスグロリエストの民が決して食べるものに困らない『飢餓に苦しむことのない国』だと思っています」

「大きな魔力や強い魔法ではなく……?」


「はい。魔獣達との戦いの中で、皇王家だけでなく皆様方の祖先となった方々も『戦で苦しむのは臣民達である』と痛いほど解っておられたでしょう。それは、神話の中で語られていることを読めば、お判りのことと思います。そしてきっと彼らが悟ったことは『最も人を損なうのは魔獣だけでなく『戦』と『病』である』と思われたのだと思います。他国の方々も同じだったかもしれませんが、それだけでなくイスグロリエストの皇家と英傑扶翼家門は『飢餓』もまた、全ての不幸の原因であると結論を出した。戦は自らを律し神典を遵守すれば防げる。病は医療と魔法で治すことができる。最も人の思惑通りにならないのは『自然というこの星と『人』以外の生命』であると、気付かれた」


 だからといってそれを御するのではなく、飽くまで共に栄えることを考えた結果至ったのが『食べものに困らない国』なのだと思う。

 もしかしたら既に『戦のない国』とか『病のない国』という願いが他の国と被っちゃって、早い者勝ちに負けたことによる選択肢だったのかもしれないけどね。

 同じ願い事なら、同じ国になればいいだけのことだもんね。


 きっとその神々とのやりとりは、口頭ではなく筆談で行われた。

 だから、もしかしたら同じ場所で同時に神々に願ったかもしれないけど、他の国がどんな願いをしたか、そのために神々が出した条件が何かなどの細かいことまでは知らないのだと思う。


「では……どうして祖先達は『誰も死なない国』とは願わなかったのだろう?」

「それでは『生命』でなくなってしまうから、神々から却下されたのかもしれませんね、オーリエンス様」


 生命ひとつひとつには、始まりがあるから終わりもある。

 でも、終わりがないものは次には継がれず『始まり』もまた、なくなってしまう。

 生命が『繋がっていくために変化していく』ように神々がこの星の上の世界を創造しているのだから、死ななくなった時点で繋がるための『生命』ではなくなってしまい道が消えるんじゃないかな。


「ああ……そうか、その通りだよね。すまない、短絡な質問をしてしまった。では、死んだ者が生き返る魔法なんて、あるはずがないか」

「それは『死』を『肉体活動の停止』とするか『心の破壊』や『絶望』と捉えるかっていう、定義付けによる違いもありそうですけど……『道を見失ったこと』を『死』と同義と捉えるのであれば、精神系の魔法とか技能とかで『新たに道を探すための手助け』はできそうですよね。心を甦らせることも蘇生に含まれるのであれば、ですけど」


 何を以て生きていると捉えるかで、死の定義は変わると思うんだよ。

 それこそ、表を確定すると裏も確定するし、逆もまた然りだと。

 だけど、死んだように生きている、なんて表現もあるくらいだし人によって違うとも思うけどね。

 では、盟約の話に戻りましょうか。


「タクトさん、あなたが盟約を『飢餓のない国』だと思い至ったのは、どうしてなのかしら?」

「とある書物に……皆様方の家門の血統魔法の一部が書かれておりましたから、そこからの推察です」


「あ……っ! シュリィイーレ教会で発見された、神書扱いになったあの本……ああ、そうよね、あなたが翻訳したのですものね……」

「はい、ラフィエルテ様。すみません、皆様……あ、でも絶対に口外はしませんよ? ちゃんと俺自身に『開示制御』をかけていますから!」


「それって、ビィクティアムの【境界魔法】みたいなものかい?」

「はい、多分そうですね。【文字魔法】の段位が上がったので、似たような指示が出せるんですよ。有効範囲は狭いんですが、自分自身くらいなら」


 ということにしておかねば、【文字魔法】自体が危険魔法とされてしまったら一大事ですからね。

 オールマイティ過ぎるんだよな、【文字魔法】……お陰で助かってますけど。


「もしや、その血統魔法が、盟約の願いを叶えるための魔法……ってことなのか?」

「俺はそうだと思っていますよ、ラシード様。だから、その魔法が『絶対遵守魔法』となり、それが守られ続けている限り皇国の人々は飢えることがなく、何処にも領地を求めるような戦を仕掛ける必要もないし、充分な栄養が摂れるから魔力も潤沢で病も退けられている。皇家も皆様も、その存在そのものがこのイスグロリエスト皇国の護りになっていらっしゃるのだと思っています」


 これはお世辞でも忖度でもなく、本心だ。

 血統魔法は神々からの恩恵。

 おそらく、神斎術に最も近い魔法だ。


 神々は『人』に文字を与えた時に大陸の名と国々の名、そして『盟約を交わした家門』に『姓』となる『特定の魔法を使うための名』を与えたと思う。

 俺は皇家と大貴族達の『姓』は、どの国であっても神々の命名ではないだろうかと考えている。

 そしてその『姓』と『血統』で使う魔法には、強大であり盟約に基づくが故に血統と魔力流脈の両方の維持が神々によって指定されたのだろう。


「なるほど、それで大陸と国が名前に結ばれた魔法になった……ということか」

「と、いうことは、この血統魔法は『他国』では?」

「使えないか、極端に弱まると思います。ですが、おそらくそうならないために必要なのが『聖魔法』や『神聖魔法』です。それらは神々が用意してくださった『他国でも使える』魔法で、文字を介して神々と繋がっていれば『大地と繋がっていなくてもなんとかなる』ようにしてくれる魔法なんじゃないかなーって。まぁ、その『なんとか』の部分は、まだ全然解っていないんですけど。でも、基本的には血統魔法は自国でしか役立たない、と思ってていいと思いますよ。だって、他国は『違う希望で盟約を行った』のですから、その魔法が必要じゃないってことですからね」


 魔法は攻撃だけとか、防御だけと思っている国はあったと思う。

 もしくは人のためだけの回復とかね。

 魔法じゃなくて、力が欲しいなんて願った国もあったかもしれない。


 魔法を『育む』ことに使おうなんて、魔獣との戦いに明け暮れていた方々が思いつくってのも珍しい気がするんだよね。

 その辺って、皇家の方々の『お気楽なのほほんさ』が良い方向に働いたんじゃないかなーなんて、ちょっと失礼なことを考えているわけですよ。


 良くも悪くも、皇家の魔法は人々の魔法を束ねる力だ。

 だけど良い方に働いてここまで皇国が栄えてきたのは、皇家の人達のお人柄なんじゃないかなぁ。

 それが聖魔法があるからなのか血統由来なのか、はたまた特殊な魔力流脈なんてものがあったりするのかは解んないけどね。


「わたくし達の血統魔法については納得できるわ。だけど……そうなると従家の家系魔法との違いって? 姓と血で受け継がれるのは一緒でしょ?」

「誰が名付けたかということと、魔法への指定の仕方の違いだと思っているんですよ、エッティーナ様」


 神々と交わした『盟約の魔法』と神々による『姓の名付け』は、臣民達にまでは及んでいない。

 多分、皇家と十八家門の方々が領地を定めた後にその神約文字を使って、細かい地名を付け、素晴らしい魔法を共有している家系に『姓』を付け始めた。


 きっと【命名魔法】などの聖属性魔法の獲得により、一部の臣民達から『親類縁者に現れるこの素晴らしい魔法を、姓を共有する人にだけ継がれるようにしてください』という願いがあったのだろう。

 いや、意外と『貴族様達の真似したーい!』なんていう、ミーハーだった可能性も……?


 それが神々との『系譜の契約』で、契約を交わして家系の証と認定されたのが、臣民達の『家系魔法』ではないかと考えたのですよ。

 だから同じ『姓』を持つ同門の証として作られるようになったのが、おそらく身分証のはじまり。

 身分証を作るに際しても『こういうものを作るので、神々がくださった職位と魔法と技能も一緒に記して欲しいです』って奏上したんだろうね。


 神々からの恩寵が刻み込まれるようになって、きっとその条件の中に『道を踏み外したものへの徴』も刻むようにお願いしたんじゃないだろうか。

 神々の願いを無視し、信仰を揺らがせる者をいち早く見つけ出すために。


 ……なんか、神々ってちゃんと奏上できたら割と簡単に、いろいろOK出している気がする。

 愛されているよねぇ、この星の生命は。


 きっと元々の国から他国に『転籍』した英傑や扶翼も、神々に奏上して了承されているってことだ。

 シュヴィリオンとレイエルス家門の『神々の望みでの移動』ってのは……多分、後から皇国に参加することでの自分達への言い訳だろうなーって気もしている。

 ニファレント王家とのなんらかの確執……なんてのも、あるかもねぇ。

 知らんけど。


 そうして盟約によって完全に『国』は分かれ、人々の属する『場所』が確定した。

 この時の血筋の全てが、神々に『国ごと』に承認されて、努力や知識がなくても受け継ぐことが可能な血統魔法、家系魔法というものができあがった。

 これを『努力せずに手に入れられる魔法』と思うか、どんなに望んでも『努力しただけでは手に入らない魔法』と捉えるかは……人それぞれだろう。


 だから『盟約の魔法』は『血統を保っていない者や他国の者』と、『系譜の魔法』は『他国の血筋』と混ざると『違約』となって消えてしまうのだ。

 だが、これは神々が厳しいのではなく、人々の方から『これだけのことを頑張るからお願い!』と言いだした約束なのである。

 なので約束を破っちゃって魔法がなくなっても、守れない約束ならしちゃ駄目だよね、って話なのだ。


 この世界の全ては『人が自ら選んだ道』である。

 何もかもが自己責任、というメンタルの強さが最重要なのだろう。

 これを厳しいととるか当たり前ととるかでも、この世界で『生命』として進化できるかどうかが決まるのかもしれない。



 皆さんが黙っちゃったので、そろそろいいっすかね?

 俺もお腹空いてきたし、皆さんもペコペコでしょ?


 さぁさ、たこパしますよ、たこパ!

 たこ焼き屋台、食堂に運び込んでもらっていますからねーっ!

 あ、勿論たこ焼きだけじゃなくて、色々美味しいお料理を衛兵隊の皆さんに用意してもらっていますから、バイキング形式で楽しくいきまっしょい!


 バイキングってよりお祭りの時の神社の境内みたいに、食べ物屋さんが並んでいる感じかな。

 ビィクティアムさん以外の次代様達は、こういうの殆ど経験なさそうですからね。

 楽しんでくださいませーー!

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