第830話 魔獣と神典
「では、魔獣は魔獣同士に同族喰いをさせれば、全て一掃できるの?」
いやいや、そんな短絡なことをなさってしまったら、解決どころか全滅へのはじまりですよ、エッティーナ様。
「それをするとしたら、皇国の大地全てと引き替えになると思いますよ。神話にあったじゃないですか『同じものを壊すものも壊させるものも咎に沈む』って。咎の徴も『同族殺し』で刻まれますし、神々はその方法を採らないことを創国の先人達に約束させていますよね」
「……そうだったわ……」
「魔獣って多分、昔は大していなかったと思うんですよ。いても魔虫とかそれを啄む小さい魔鳥程度で。だけど……信仰が揺らいだ時代に、爆発的に増えたんじゃないかと思うんです」
俺の言葉を、ヴォルフレート様が制止する。
「いや待て、タクトくん。それは時系列がおかしいだろう? 魔獣と戦って大地を護ったから、大陸に国ができたのではないか」
「魔獣の爆発的増殖は、一度ではなかったと思うんですよ。それはつまり……皇国ができあがる前に……まったく別の進化をした『人』がいたかもしれないという仮説なのですけどね。その『前時代の人』達が……信仰を失ったから魔獣が『表に出て来た』と思っているんです」
これは、俺としてはかなりご都合主義的なまるっと妄想超特急の車窓風景なのだが、可能性としてはゼロではない……くらいなんですよ。
「神々がこの星に大地と海を創られてから何度かに分けて生命を創り、その中には『選択を誤って信仰と未来を失った生命』が多くいた時期があったのではないか、と。それは我々『人』とは違う形をしていたかもしれませんが、神々の恩寵を認識できる『知識を得ることのできる生命体』だったと思うのですよ」
「確かに、神典では『人となるもの』の前に、神々は幾つもの生命を海や陸に放たれている……」
「その中のものが、知識が受け取れるように『進化』したことがある……という意味かしら?」
そう仰有るノルティシュ様とオフィア様に、俺は頷いてみせる。
神々はその時も、全ての道を生命に提示していた。
だが、何度か『知識を持つと失敗を繰り返してしまう生命』がいたのではないか。
しかし神々は、その生命達の愚かさを嘆きつつも生命の種を創り続け、それらのための道を創り続けた。
その生命達が道を誤って失敗が繰り返される度に『魔』に荷担してしまうことになった生命が現れたが、それを抑えたり浄化したりする生命もまた進化の中で生まれていった。
その中で神々が『魔とならず生き続けるための道』に用意していた『知識』を見つけ出し、次代に繋いでいく術を獲得していく生命が出てきた。
多分それが原初の『人』で、彼らは神々が存在していることを知り、それを信じ続けることを『誓約』するまでに至り……神々と人とが『繋がる方法』を手に入れることにも成功した。
「では、その時に与えられたものが『神約文字』……?」
「いえ……その前に『誓約』に至った時に、恩寵として初めて魔法が与えられ、魔というものに変化してしまう道が断たれ『人』になった……と思っています。まぁ、魔法が獲得できる道に進めた、というだけなんだと言うこともできますが、神々が『ここまで来られたご褒美』っていうものだったんじゃないかなと。そして『人』に進化したからこそ、神々から『
神約文字を『人が使える』ようになったのは、
おそらく『創国の盟約』と共に神々が……まぁ、お祝いみたいに使い方を教えてくれて『人が使うための文字としてプレゼント』してくれたんじゃないかなぁ。
よくぞこの進化まで辿り着いてくれたね、っていう感じでさ。
まるで生誕日を祝うように、神々は人々を祝福してくれたんだと思うワケですよ。
てか、そうだったらいいなーっていう妄想ですよ、妄想。
「そして『神約文字』が人々と神々をより強く繋ぐものとなり、神々は更なる進化の段階に入った『人』に様々な『魔法が獲得できる道』に入ることができるように神典をくださった。その神典からの知識で、人々は魔獣と戦い、大地育む方法を、繁栄していく術を獲得できる道が見つけられるようになった……というのが、俺の考えていることです。まだまだ裏付けはありませんし、妄想の範疇ですけどね」
俺の妄想エクスプレスのスピードについて来てくれている方も、呆れている方もいらっしゃるでしょうが、それはいつものことなので乗車できる方々だけよろしくってことで。
テオファルト様がちょっと首を捻りつつ、それだと皇家と十八家門はいつ頃、血統魔法を得たのだろうと呟く。
「それは人々が
「タクトさんはその盟約というものをどう捉えていらっしゃるの?」
「神々への誓いですから……絶対遵守の命題である、と思いますが……国によって望むものが違っていて、神々はそれに合わせて各国の『創国王と英傑と扶翼』に魔法を割り振ってくれたんじゃないかなーって考えています」
「絶対遵守の命題……」
「はい、ティナレイア様。創国の王達は神々に対して『自分達の国が信仰を守り続けるために恩恵を与えて欲しい』……なんてことを頼んだんだと思いますよ。その時に神々が神典を基とする信仰の継続という『信仰の誓い』と『盟約を交わした家門』の……つまり『創国時の皇家と英傑と扶翼』の『血統維持を条件に渡した魔法を守り続けること』のふたつの条件を出したんだと思うんですよ。少なくとも、皇国に与えられた条件はこの二点であったと思います。それぞれの国が望んだ恩恵が別々のことだったと思うので、条件が違う国もあったかもしれませんけどね」
そしてその信仰と国を護るために人々は魔獣達と戦い、人の暮らせるように大地を清浄化していった。
ある程度の年月の間、どの国でもそれは上手くいっていて国として『三津の大地』に五つの国が栄えていった。
神話が編まれ、人々に神々の存在と信仰を浸透させることも成功していたはずだ。
だけど……言葉と文字が乱れ始めた頃から、少しずつ少しずつ、人々は神々から
自分達の言葉で神典を曲解し、都合のいい部分だけを信じる者や全く信じることのない者まで現れて、絶対に辿ってはならない『分岐』に入り込んでしまう『人』も現れ始めた。
かつて『魔』の進出に荷担してしまった生命体と同じ道に入り込みそうになったのだろう。
それがきっと皇国で言われている『信仰の揺らいだ時代』に当たるのだと思う。
「……では、人も魔獣になるの?」
「いいえ、フィオレナ様。その『道』は、神々から『人』となった生命体が魔法や文字を授かった時に消えていると考えます。その代わり『人』の魔力は、魔の餌になってしまう。信仰を失った人々はおそらく『魔瘴素だけが溜まって魔力が作れなくなっていった』と思っています。神々が辿って欲しくないと思っている分岐に入って『人ならざるもの』に変わってしまったら、多分……この地上から消える時に、完全に魔瘴素になるのではないか……と。魔獣はそれを目指して……『表』にやってくる」
「そう、か……だからタクトは『我々以前にいた知的生命体』が『魔獣を表に出した』と……言ったのか」
ビィクティアムさんの言葉に、はい、と返す。
まさに彼らは『道を踏み外した者』で、それと同じ道に入りそうな分岐を辿っていると神々は『
それが『咎の徴』なんだと思うんだよね。
刻まれてしまった者達は、魔瘴素がどんどん身体の中に溜まったり魔効素が足りなくなったりしているのかもしれないけど……その辺はまだ解らない。
「では、咎の徴を持つものが死んだら、そこには魔瘴素が?」
「ひとりふたりなら、すぐに霧散してしまうだけだと思いますけど、『人と人との争いで互いに殺し合った遺体』が魔法の炎で焼かれず沢山あったら、魔瘴素は溢れそうです。でも、魔瘴素が必ずしも魔獣の餌ということでもない……と思っています。まあ、多過ぎればそれが魔獣を育てるひとつの要因になっているのは、間違いなさそうだと思いますが」
「では、他には何が?」
「現時点では魔獣の餌になってしまいそうなのは、魔瘴素が
まぁ、この辺の考察は既に賢魔器具統括管理省院に文書で提出していますから、そちらをご覧くださいな。
今回お渡しした資料にも書かれておりますので、おうちに帰ったらじっくり読んで欲しいかな。
不安気な声色でティナレイア様が尋ねてくる。
「……もしも、かつての『道を外れた生命体』が……戦などで同じような場所で大勢死んでいたとしたら……その遺体が焼かれずに埋まっていたら……そこには魔瘴素が溜まったりするのだろうか?」
「その確率はかなり高いと思いますよ。地中には……かなり大量に魔瘴素が存在している場所もありますからね。ですが、それを浄化して大地を回復してくれる『生命』も、ちゃんと進化して存在してくれているのです。その道を選んでくれた『生命』には心から感謝したいですねぇ」
あらゆる生命が支え合って生きている世界を、きっと神々は微笑ましく見守ってくださっている。
全ての生命に、全ての道を用意して。
だからこそ、人は選ぶ道を間違えてはいけないのだ。
それは法的に正しいとか、社会的な倫理観ではなく……多分、神々が『生命』達に願っていることに対する裏切りをしないということだろう。
おそらく『同族の者達の道を奪わないこと』じゃないかなー。
そしてきっと道を奪ってしまった者達に『
それが合っているとしたら『同族の生命を尊重する』という、たったそれだけのこと。
なのに……知ることができないというだけで、人は簡単に道を誤ってしまうものなんだろうね。
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