第829話 魔獣のことを考えよう

 超早送りの方の映像は音を排除し、扇情的な効果音やらBGMなど何も付け足してはいない。

 この後に説明する時に、自然音は聞こえるがガイエスの声は当然、俺との会話だから『聞くと混乱する』と思って取り除いてある。

 ま、そっちも基本は早送りだから、ノイズにしか聞こえないんだけどね。


 上映中、早送りが気持ち悪くなっちゃった(ということにした)方が数名。

 俺はサクッと【治癒魔法】でリカバリー。

 お水も差し上げました。


 無言の超早送り上映終了、映像の消えた後も少しだけ待ってくれ、と皆様方から小休止のご希望が。

 ええ、そうでしょうとも。

 立ち上がれませんよね、ショッキング過ぎて。


 荒涼とした何も『生き物の痕跡』のない大地、豊かな森も安らげる草原すらなく、ゴツゴツと岩が突き刺さったまま硬く水も通らぬのではないかと思える土。

 そうかと思うと真っ赤な毒水の湖に、大群で押し寄せている火魔鳰ひまにおと干涸らびた魔鳥の死骸、それに群がる魔蟻の群……その全てをあっという間に吹き飛ばす巨大間欠泉。


 その後の捕らえた魔鳥を踏みしだく巨大な魔獣と猛毒の沼や、延々と続く回廊の底に在った地底都市の遺跡……

 全部が全部、衝撃的でしょうとも。


 実はねー、まだあるんだよねぇ、ガイエスの映像……

 あいつこの後も何度か旧ジョイダールに入る度に撮影してて、一番最近のものをチラッと見たけどとんでもないものが撮れててさぁ。


 流石に『撮って出し』で見せる訳にいかない程の映像だったんで、まだ出していないんだけど。

 その前の映像からちゃんと時間取って見て、ビィクティアムさんに説明してからがいいと思うんですよ、やっぱり。


 それにしたってなんだよ、氷結してる魔獣とか、その先の回廊が氷原の島に繋がっているとかってさぁ!

 夜中に見てて、でかい声出しそうだったよ。


 吃驚したよねぇ……でもあいつちゃんと方位計を撮しながら移動してて、ドキュメンタリー撮影スゲェ上手いとか感心しちゃったよ。

 偶に地図も撮しててさ、解りやすかったなー。


 あ、いかん、今はそれどころじゃないね。

 皆さんにもう一杯、果実水を差し上げて……そろそろ落ち着かれましたかね?

 レイエルスの皆さんは、ちゃんと治癒の方陣札、使ってくれているかなぁ。


 一番先に声を出したのは、流石の賢魔器具統括管理省院の省院長殿。

 吃驚耐性が上がっていらっしゃるのかな。


「……とんっでもないものだわ、今の……」

「何度見ても……怖ろしい……」


 ラウレイエス様は泣きそうだが、リザリエ様は涙ぐんでるよ。


「魔獣は、平気っ! でもっ、でも、あの虫は……ああああっ!」

「儂もだっ! あんな趣味の悪い建物など、信じられんぞっ!」


 ガシェイス様は、虫の時に手が上がったんだよね。

 親近感を覚えるよ。

 カタエレリエラとリバレーラのお姉さま方は両肘を机について頭の支えるように俯いているし、ロンデェエストのふたりは何度も手が上がって背中を擦りに行ったんだよね。

 今も目を瞑って天を仰ぎ、必死に何かを耐えようとしている。


 真っ青なのは、オフィア様とエルディエラのふたりとオーリエンス様。

 意外と平気な表情なのはノルティシュ様だが……あ、もしかして腰が抜けている感じ?

 必死に机にしがみついて、ずり落ちるのを食い止めていらっしゃるみたいだ……【治癒魔法】で治るかな?

 おお、魔法が効いたみたいですな。


 二度目視聴組のセラフィラントとウァラクの皆さんでもやっぱり衝撃はあるようで、ひっきりなしに深呼吸を繰り返したり二の腕を擦って落ち着こうとなさっている。

 じゃ、解説入りでポイント再生を致しますねー。

 あ、虫の映像は、飛ばします。


 赤い湖、岩の突き出したカルスト地形など地理的なことの説明と、魔獣の名前やら特徴と思われるものの解説、基本的には全部一度ビィクティアムさんに話してあり、今回の資料本にも書かせていただいている。


 勿論、地底都市のことも、ガイエスが採取してきた水の違いとかもね。

 書いていなかったのは、地底人がリューシィグールの人達かもっていうところだけですね。

 流石に妄想超特急の停車駅は、記載しておりませんよ。



「タクトくん、魔獣についての君の見解を聞きたいのだが、いいかい?」

「はい。なんでしょうか、ヴォルフレート様」

「魔獣も……神々の生み出したもの……なのだろうか?」

「厳密には違いますけど、大元は神々の手によるもの……かと」


 皆様の『なんじゃそら?』の視線が痛いです。

 ま、神典にはいない生き物ですからね。

 そしてそれを排除する神話が滔々とうとうと語られているのですから、神々から『創っていないものだから殲滅しろ』って言われたと思ってても仕方ないと思うけどね。


「神々は海に一番最初の生命を放った後、何度かに分けて生命の種といえるものを海だけでなく地上にも空にも放たれていますよね? その大元は間違いなく神々の創造なさった生命ですが、それらの生命の『選択した道』が違って……神々が意図していらした『進化する生命』から外れてしまったものが現れた。その分岐は一度は入ってしまったら決して元の『星と共に生きていく生命』に戻れなくなる分岐だった。その先が……『魔』のつく生命……というか『もの』になってしまったのだと思います」


 するとガシェイス様が、腰を浮かせて俺に食って掛かるように声を張り上げる。


「それだっ、それが解らんのだっ! 神々が道を造られたというのは、なんとなくだがまだ判る。だが、どうして態々『魔』になり生命でなくなる『もの』としての道まであるのだ!」


 んー……まぁ、そうなるよねぇ。

 そんなルートがなければ、忌むものなど生まれないし苦難は続かないのに、と。

 だけど、神々は『全てを構築』したんだよ。


 いいものと悪いものって判断しているのは『人』であり、魔のものは『人にとっての害悪』だ。

 しかし、人にとって不要で悪しきものが、この星にとってや生命のこれからの進化にとっての害悪かどうかまでは……まだ解んないんだよなぁ。

 だけど、魔獣の存在を認めて許したら、間違いなく『人』はこの星から退場、ほぼ絶滅するだろうけどね。


 残念ながら、魔獣も魔虫も人が暮らす世界のためには何ひとつ貢献しない。

 魔獣や魔虫の毒の治療薬という利用価値しかないのだから、魔獣がいなければその必要がない。

 そして、現時点では残念ながら魔獣がいることは大地に対しても全く益がなく、むしろ分解されて初めて役に立つものになり得る可能性がある……ということだ。


 しかし、そこまでの推測はできていてもまだ確証と言える証拠はないので、皆さんに考えていただけるように促す程度しかできないのだ。

 なので……ちょっと詭弁かもと思いつつ、俺はまた一枚、紙を取り出す。


「紙には『表と裏』があって、紙という存在として成立していますよね。全てには表を支えるために裏があり、裏がなくては表も存在ができない。生命おもての道の構築のためにはうらの道も存在している……だが、どちら側に行くかを決めているのは全部生命達自身であって、神ではないという考えなのですよ」


 そもそも『作られていなければそうなることもないのに』という話になってしまったら、初めから神も生命もなければ誰も不幸になどならないという極論にまでなってしまう。

 他者の存在の否定で、自己を肯定するのは不可能なのだ。


「裏から表へは道がないか、分岐があるかもしれないけどもの凄く少なく狭く見つけにくい……と考えています。だから、裏に入って『魔』になったらほぼ戻れない。もしかしたら、戻る道を見つけられなくなってしまうのが『魔』になった証拠ではないかとも思っています」

「ならば、どうして魔虫や魔獣は『我々のいる場所』に現れるのだ?」


 ガシェイス様はちょっと焦れているように、強めの語尾になる。


「表と裏……といっても、それは我々が認識できるほどの差がないのだと思うので、道が違っていたとしても互いが存在する『場』が近かいことだってあり得ると思います。決定的な差があっても、それらはまだギリギリ生命体という単位なのではないかなーと思っていますし」


「魔獣は進化しないから、生命ではないのだろうが」

「進化してないと思えるのは、我々には感じ取れない程度だからなのかもしれませんけど……『ギリギリ踏みとどまっている』という状態だとは思います。完全に生命でなくなったら、この星からいなくなりそうだと思っていると申し上げたじゃないですか」


 首を傾げたガシェイス様と、フォローに入るビィクティアムさん。


「どこら辺が『ギリギリ』なんだ、タクト?」

「存在自体が、ということです。魔獣は『食事』をしていないみたいなので」

「え?」


「魔獣も魔虫もおそらく『魔』のもの達の身体は、魔力と魔瘴素が殆どで、ほんの少しの魔効素を取り込んで身体を保ち、生きていると思われるからです。魔効素が僅かばかり必要ということで、まだギリギリこの星の上にいられる『生命体』なのではないかと」


 どうして魔効素が使われていると解るのかと尋ねられたので、迷宮での魔獣達の振る舞いを聞いたから、迷宮品がその循環の手助けをしているのではないかと言うことを伝えた。


「あの映像をもたらしてくれた友人から、様々な場所での魔獣の様子を聞きました。どうして迷宮の魔獣達が道具を隠し、なぜその上に陣取るのかなんてことも、それで考えたことです」


 そして魔獣も『魔力で育つ』のである。

 この星では『生命には魔力がある』のだ。

 魔獣は自分の身体で魔力が作れないが、ギリギリその名残で『生きて』いるのだと思われると言うことだ。


「魔虫は決まった種の魔獣にのみ卵を産み付け、魔力を栄養にして育つと言います。魔獣は魔虫だけしか口にせず、それも噛み潰してすぐに吐き戻すらしいです。今日、映像でお見せした魔獣……長毛魔岐佐ちょうもうまきさも、魔鳥相手でしたがそうしていましたよね。アーメルサスでは魔魚を、ペルウーテでは他の魔獣を『捕食する』という魔獣もいたようですが、多分それらはより多くの魔力を体内に取り込むためで、食べた血肉が栄養……『身体に蓄積する知識』になることはないと思っています」


 ラシード様とガシェイス様が顔を見合わせて少し考え込んだ後に、ラシード様が口を開く。


「そういえば……捕食する魔獣がオルフェルエル諸島にいる報告書があったな……」

「ラシード殿がご覧になったのは、憲衛士団統括の資料か?」

「ああ、そうだ」


 ガイエスの報告で作られた資料だろうな。

 セラフィラントで纏められて中央に送られていたのか。

 あいつの報告が皇国の防衛に必須になって来ているなぁ……魔魚とか他国の魔獣に一番詳しいの、きっとあいつが世界一だと思うよ。

 ふふふふっ、俺の友達ですよ、凄いでしょっ!


「その他に遺棄地でも……同族喰いの魔獣がいたと……」

「同族喰いの魔獣はすぐに死んで、おかしな感覚器が飛び出してきたと書かれていたな……もしや……それらは『生命体』でなくなったから……死んだのか?」

「浄化や聖魔法での『分解』にも、なんらかの意味があるのだろうか?」


 ガシェイス様、ラシード様、ビィクティアムさんの会話が途切れ、彼らが俺に視線を送るので頷く。


「魔獣の素材が治療薬になるのも……『魔』自体がそもそも『表』のものでないから、それらでしか消せないということかしら?」

「その辺りは……今後の研究次第ですわね。リバレーラとカタエレリエラにも、じきに研究施設ができるのでしょう?」


 皆様の思考が、がががっと回り始めましたね。

 俺の考えていることから、皆様自身で仮説を立ててディスカッションしたり、資料を調べたりしてくださるのが一番いいと思うんだよね。

 自分達の考えが、皇国の防衛の要になるという意識が高まるだろうし。


 魔獣談義、こんなに続けられるとは思っていなかったけど良い傾向……かな?



*******

次話の更新は6/24(月)8:00の予定です

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