第828話 『道』の補足

 お昼は皆様お楽しみいただけたようで、保存食のイノブタカツを絶対買いたいとノルティシュ様からリクエストいただいてしまった。

 大丈夫ですよ、自販機に入っておりますからね。

 はい、オフィア様とヴォルフレート様は、醤油のご予約ですね。

 まいどありー。


 ソースは売らないのかとビィクティアムさんに言われましたが、あれはまだ試作品なのですよ。

 今回は皆さんがどう思うかと、ちょっとだけ添えてみましたけどね。

 ウスターと中濃は作ってみたものの、たこ焼き用とかトンカツ専用とか色々作りたくなっちゃって『究極のソース』を目指して……あ、いや、これはまだ先の話だね。



「食後に紅茶と冷たいお菓子をどうぞ」


 本日のデザートは先日父さんと母さんに大絶賛され、メイリーンさんにも可愛くて美味しいと最高評価をいただきました『橙杏とうあんジュレ』でございます。

 中には甘く漬け込んでいたいつもの杏と、梅の寒天キューブもチャンクして一緒に入れてますので、橙杏の甘酸っぱさを楽しんでいただきつつ甘味と酸味のバリエーションもございます。

 レイエルス侯にも大好評だったので、橙杏とうあんが作れるようになったら是非とも定番デザートにしたいところ。


 ほっほっほっ、皆様のお顔が穏やかーになりましたねぇ。

 アルリオラ様とテオファルト様は、もう蕩けそうな笑顔ですなぁ。


「タクトさん、これ……橙杏とうあんというと……まさか、ノエレートの?」

「はい、そうですよ、ティナレイア様。俺の友人がノエレートまで神泉に入りにいって、甘煮とか果実を送ってくれたのです。種が手に入りましたから、今度シュリィイーレでも作れたらいいなと思っているのです」

「それは素晴らしいご友人だな! そうか……橙杏とうあんがこんなに可愛らしくて美味しい菓子になるのか」


 リバレーラはあまり知られていないご当地物が多い気がするので、是非とも見つけ出して楽しみ方を増やして欲しいですよね。

 資料本の中に各領地の食材を使った料理レシピも色々載っていますから、皆様お試しくださいませー。



「タクトさん、お休みのところ申し訳ないのだが……どうしても伺いたいことがあるのだがいいだろうか?」


 ちょっと改まった感じのオーリエンス様からそう言われたので、構いませんが……と答える。

 どうやらさっき話した『道』についてまだ何か聞きたいということらしい。


「我々は今こうして同じ場所にいて同じ時を生きている。これは……同じ道にいる、という意味なのだろうか?」

「厳密には非常に近いけど違う道の上であって、誰ひとり『同じ』ではないと思いますよ」


 全ての生命は唯一無二であり、その道の辿り方もまた生命ひとつひとつにとって唯一無二なのだ。

 同じ場所にいるように感じるのは、その姿が見えて存在していると互いに認められているから。


「俺が今座っている場所とオーリエンス様のお座りの場所のような、僅かな違いであっても見えている景色は違いますよね。部屋という空間の違う場所にいる」

「神々のお造りの道とは、そんな僅かな差なのですか?」

「はい! 凄いですよねぇ! 毛先ほどのズレだったとしてもまったく別なのですから、神々の『完璧に構成された世界』の如何に壮大なことかと感嘆するばかりですよ!」


 仰々しくそんな台詞を言いつつ、俺は一枚の紙を取り出す。

 それを手で五、六本の細長い短冊になるように千切っていく。

 全部に違う色をつけて……と。


「大変大雑把ですが、この紙一枚一枚がひとつの生命だとします。偶々同じ場所にいるということは、こうして一部分ずつが重なっているのと似たようなもので『とっても近い』というだけなんだと思っています。そして……」


 それぞれの紙を、三股とか四股になるように途中まで千切る。

 ひとつの『道』に見立てた分岐を重ねてみたり、離れるように折れ曲げたりする。


「同じに見えますけど実は方向も道の造られ方も、現時点ですら全員が違います。こうして重なり合っている部分と重なっていない部分もある。同じ想いである部分と、違うことを考えている部分があるように」


 そしてその何股かに分けたひとつひとつを、うねらせたり捻ったり蛇腹にしたりして上下にも『道』を広げる。


「しかも、道は『同じ平面にある』のではない。このように上下にも左右にも自在にうねり、時にはねじれる。だから、姿が見えても少しだけだったり、全く見えなくなったかと思えば、まるで自分の半身のように近付く時だってある。この分岐のどちらに行くかは、その生命が選んで進んでいる。進んでいる時に『視野が広がれば』……こうして、その先までも選べる道が増えていき、もしかしたら、ここで離れてしまった生命ともう一度……こんな風に近付く道も見つけられるかもしれない」


 更に俺は、紙の端っこの繊維を解くように毛羽立たせる。


「大きく太く見えている道も元々はこうした細い細いものの集合で、あまりに近いから『別の道と思っていない』だけで、こういう風にものすっごく沢山の分岐が至るところにあるのですよ。どれが何とどう絡み、離れ、何処へ行くか、人に見えていないものも全て神々は創り上げ、この世界はそれらの『見えない道』を歩きつつ『進化という変化変容』を続けている生命が生きている星なのだと……俺は、思っているのですよ」


 この星の全ての生命にこうした道があって、人の目では映し取ることのできない複雑怪奇で緻密な『立体交差』になっているという考え方ですな。

 ちょっと意味が通じづらいのは、この道には上下左右の定義などもなく進み方や進む方向が一定ではない……という点だろう。

 自分では進んでいると思っていても、別の道から眺めている人にとって反対方向に感じるということもあるから。


「……こんな風には……考えたことがなかったな」

「これが正解ということではありません、オーリエンス様。俺が自分の生きてきた道を考えたり、人との関わり、その他の命全てとの関わりの説明として、自分ではこう考えるのが一番しっくりきているというだけです」

「いや、充分だよ、タクトさん。ありがとう」


 取り敢えず……否定はされなかったから受け入れてもらえたのかな?

 ではではー、お次は『衝撃映像鑑賞会』でーーす。

 場所を移りますよー。

 俺もカメラを持って移動ですよ。

 各部屋に定点カメラもあるんだけど、これはレイエルスの方々目線としての映像ですからね。



 さてさて、映像視聴のお部屋は騎士位試験研修で授業の行われる教室です。

 ここの様子は衛兵隊事務所でバッチリ録画もされるのですが、今回の衛兵隊の撮影カメラは位置的に次代様達の姿は映さないようにしている。

 レイエルスの三人に見えるのも、俺の姿と現地映像だけである。


「改めて確認する」


 ビィクティアムさんが教壇に立って皆さんに『魔獣と遺棄地の映像』に対する覚悟を確認してくれた。

 皆さんは頷いてくれている。

 誓約書もあることですし、大丈夫だとは思いますが俺からもお願いしたいんだよね。


「この映像は俺の友人が、命懸けで撮影してきてくれたものです。誰ひとり人のいない魔毒と魔獣だらけの場所に行くことは、皆様方からすれば『愚かなこと』と映るかもしれません。ですが今の我々と後世のために魔獣の姿や行動、未知の大地の様子を報せてくれていることは、決して愚かな行為ではありませんし、この記録は讃えられるべき功績だと考えています」


 誰も何も言わないが、ウァラクとセラフィラントの四人が大きく頷いているのが少しだけ微笑ましかった。

 彼らにとって、ガイエスは自慢なのだろう。

 だけど、俺の友達なんだから、もっともっと自慢してやるのだ。


「これはこの国を統べる方々が絶対に知っておかなくてはいけない『人々が見捨てて滅んだ国の姿』です。皇国をこのような姿にしてはいけない。そしてそうなってしまった場所に対して、過剰に反応し過ぎず適切に臣民を導く指針を作っていただくための一助になると考えて、皆様にご覧いただきたいと用意しました」


 全員が、すっ、と姿勢を正すのが解った。

 流石ですよ、次代様達。


「最初は、実際にはほぼ一日分の時を早めてご覧いただき、その後に画像の大切な部分だけをもう一度お見せしながら説明を入れます。一刻間弱ほどですが、映像の進みが早過ぎて気分が悪くなられることもあるかと思いますので、その時は手を挙げていただけますか? 俺が回復に伺いますから」


 念のため皆さんには『治癒の方陣』の札をお渡ししてありますけどね。

 今回は部屋を明るいままにしておくので、映像酔いというより……内容に吐き気を催される可能性もなきにしもあらず……


 それでは、前口上が長くなっちゃいましたけど上映開始です。

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