第827話 ランチと考え方の準備

 いっぱい喋った割に伝わったかどうかは微妙だったなぁと若干反省しつつ、試験研修生用厨房で皆様の分のお昼ご飯を作っていた。

 お忍びっちゃお忍びだから、料理人の手配もできませんしね。


 俺が作らないと、ビィクティアムさんが作るって言いだしそうだったからさぁ。

 今日は食堂もやっているから母さん達の手助けもできなくて申し訳ないが、俺が家に戻ったらあの方々もうちの食堂に来るなんて言いだしかねないんでね。


 昨日の夕食は衛兵隊で作ったらしいんだけど、緊張しまくって大変だったらしいとシュウエルさんが教えてくれた。

 どこかの地方に偏った料理にするのもまずいし、かといって王都みたいなものなんて絶対に作りたくないということで、それはもうメニュー作りから侃々諤々かんかんがくがくだったようだ。


 ということで、何処の領地のものでもないシュリィイーレでしか食べられない料理にいたしました。

 ミニトンカツと野菜の天麩羅定食ですっ!


 本当はね、ミックスフライにしたかったんだけど、海のないシュリィイーレで魚介ってのは不自然。

 材料に肉を使うとしても、どの領地でも必ず飼育されているイノブタがよかったんだよね。

 鶏肉も作っていない領地があるし。

 で、野菜にしようと思ったんだが、フライだけというより食感と見た目が違う天麩羅も混ぜちゃおうと思ったのですよ。


 野菜は勿論全部シュリィイーレ産だし、今回のパンとパン粉や天麩羅用小麦はエイドリングスさんの畑で採れたものから作っている。

 現在、シュリィイーレで小麦を作っているのはエイドリングスさんの他にはふたりだけなのだ。


 玉葱と人参、茸類、それとお試しで裏庭で作ってみた灯火薯とうかいも

 ちっこいピンポン球くらいのものがいっぱいできたので、まるっとフライにしてみましたよ。

 ほくほくでおーいしぃっ!


 キャベツの千切りはトンカツとかフライには当然の付け合わせなのだが、天麩羅も加わると不思議な見た目だ。

 ……いや、これこそシュリィイーレ・スタンダードってことで!

 美味しいものを美味しくいただく!

 これでいいのだ!



 談話室から食堂にお移りいただいた皆様には、思い思いの席にお掛けくださいと俺は配膳台の方へ。

 試験研修生に提供した時と同じように、トレーに載せて目の前にお届けしますよ。

 ……流石に食器類を下げさせたりしないけどね。

 この試験研修生施設で次代様達がお過ごしになったと知れば、今年の試験研修生は大喜びだろうて。


 男女で分かれて座ったりしてるのかなーと食堂内を覗いてみたが、そんなこともなくどちらかというと皆さんで喋れるくらいの位置に座って召し上がっている。

 次代様達は基本的に、仲が良いのかもしれない。

 それは大変素晴らしいことですな。


 俺が食堂に入っちゃうと皆さんがゆっくりお食事できないだろうから、俺はちょこっとおうちに戻った。

 デザートはうちの保冷庫に入れてありましたのでね。

 そいつのピックアップだったのですが、父さんに捕まりましたよ。


「……大丈夫か?」

「うん、皆さん仲良さそうだし、俺もなんとか喋れているし」

「そうか……魔獣のことも話すらしいが……かなり嫌悪感を持っている家門もある。気を付けろよ」

「う、うん……そんなに言うほど?」


 父さんは深く溜息を吐きつつ、今はどうか解らんが、と小声で教えてくれた。


「セラフィラントとウァラク以外は、大体の貴族は魔獣に接したことなどない。だからとんでもない害があると言われていても、その本当の程度もそれを取り除くためにどれほどの準備や覚悟が必要かを軽く見ていたり、逆に必要以上に恐れ、怯えからか嫌悪感と恐怖感に囚われて、魔毒にほんの少し触れただけでも全てが穢れると思い込んでいる家門もある」


 なるほど……だが今回に限ってはきっと、そこまで極端な人はいないだろう。

 なにせ『無知こそが神に背くことに繋がる』『知ろうとせずに決めつけることは神の望むことではない』と言い切っちゃうつもりだからね。


「今日来ていらっしゃる方々は大丈夫だろうが、同じ家門だからって傍流まで行き届いているということはない。彼らが今日のおまえの話を他所で話したとして、それを聞きかじったやつが誤解しないとも限らんってことだ」

「……そうだね。気を付けるよ」


 そうだよな。

 傍流さんが同じ家門だったとしても同じ考えとは限らないし、むしろ違うからシュリィイーレと王都と領地在住に分かれたりしているんだもんな。

 なんとかご本家さん達にはしっかりと魔獣の知識を入れていただいて、正しく怖がっていただきたいものだが……難しいよねぇ……実際に、皇国には魔獣なんていない訳だし。


 今回の映像でどういう印象になるかは、今後の他国との付き合い方に関わってくるんだろうなぁ。

 うーん、改めて責任重大……でもないか。

 情報提供者が、受取り手の心の動きまでは責任取れないよなぁ。

 だって『人を操る』なんてこと、敢えて魔法でもかけない限りできないんだから。

 全員が同じ感想とか、同じ熱量であってもなんか気持ち悪いしね。


 過不足なく事実の説明……これって結構、ハードルが高いんだよねぇぇ。

 お昼ご飯食べながら、ちょっと頭を休めようっと。

 あ、レイエルスの皆さんにも、お昼ご飯とデザートを持って行ってあげなくちゃ!

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