第826話 神と生命の妄想エクスプレス

「僕はずっと、父が君から聞いた『神々は完璧で、全てを織り込み済み』といった言葉に感動している。だが……どこかで信じ切れていない自分もいる」


 ラウレイエス様の言葉には、嘘がない。

 実際にその他の方々の中にもそう思っている方はいるだろうし、なんなら神々を『完璧だ』と思っていない方だっているだろう。

 どっちも正しいし、どっちも間違っているのだが……それは、基準と前提による。


 あちらの世界では『神がいるかいないか』から考えなくちゃいけなかったから、考えの出発点が定まらなかったこともあってあらゆることに矛盾が起きていた。

 ビッグバン理論だって正しいか間違っているかの確証もないし、科学で解明できたこと全てを使っても神がいないこともいることも、説明できないのは仕方ないことだ。


 神には人格があるとか、神が予め人の生死まで操れるとか、量子力学とか、超ひも理論とか、ぜーんぶ神様の有無がはっきりしないから何もかもがあやふやになりがちだ。

 だけどこちらでは『複数の神々が存在している』ことが、そこが『始まりのエネルギー』であることが、確定事項である。


 であるから、神の存在という点については疑う余地もなく、議論の対象ではない。

 問題は『神々がどのような意図を持っているか』『どうして神々がこのように世界を創ったか』……なんだけど、神典の神様達は『こんな感じで創ったよ』『こういうのだと嬉しいな』で、明確な意図とかこの世界をどうしたいのかということが何も書かれていないのだ。


 だからきっと、真面目に神々のことを考え、その意志に添いたいという思いがあればあるほど苦悩してしまうのだろう。

 自分が『何も受け取れない』ということに対して。


 多分……ビィクティアムさんが神斎術師として『ご神託』を受け取れるようになっちゃってるってのが……余計にその思いに拍車を掛けていると思われる。

 はい、すみませんっ!

 その『モヤッとブースト』の分は全部、俺のせいですねっ!


 だけど、元々そういう気持ちがあったから俺のブーストでつらくなっちゃっているので、根底から覆す意識革命と言える程のものが本人の中で起こらなくては、今の気持ちをなんとか収められても、ちょっとしたきっかけですぐにその想いに囚われるだろう。


 でもねー、人の気持ちとか想いなんてものを外から『変えよう』なんてのは、図々しい傲岸不遜なことなのですよ。

 当然、俺にも誰にもそんなことはできっこない。

 だが……俺自身がどう考えているかだけは、俺が『自分のために』どう考えているかということはお伝えできるだろう。

 それを聞いて受け入れられるかどうかは、別として。


「これは……ニファレントとしての考え方ではありません。確実でもないし全てが正しいとも言えないものです。俺自身が納得できる考え方のひとつだと思っているだけということは、ご理解いただきたいのですがよろしいですか?」


 これだけは、絶対に忘れないで欲しいんでね。

 俺が言うことがニファレントのスタンダードだなんてことになっては、今後レイエルスから見つかるかもしれない真実が否定されてしまうことにもなりかねない。

 しっかりとお願いしておきまして、皆様に頷いていただきました。


「えーと、まずは……神々がこの星の上の全てをお創りになったということは、絶対に真実だと思っています」

 皆様も頷く。

「ですが、神々はこの星の全てを『思い通り』にはなさっていません」


 ぴくり、とビィクティアムさんが動くがここでの質問者はラウレイエス様であり、その他の人々はラウレイエス様の言葉を待つ。


「タクトくん……どうして、そう言いきれるんだ?」

「俺の考えでは、神々が整えたこの星に『完璧に創造なさった』のは『今現在の形の生物ではない』と思っているからです」


 おっと、皆さんからの視線が痛くなったぞ。

 何言ってんだ前提を覆すなよ、ってことですよね。

 解ります。


「これはあくまで、俺の個人的な考えですが……この星に生きる全ての生きものは、必ず『変化』『成長』していますよね?」

「変化と成長?」

「卵から鳥や虫が生まれ、身体と魔力を育てて『全く違う形』に変わる。これは人でも魚でも同じで『子供から大人になる』……違う形になったりできることが増えていくという『変化』や『成長』です。そして全ての個体には『個性』があり、加護神が同じであっても見た目が違い、血統が違う……神々が『完璧な個体』を創ったのであるのならば、どうして性別の違いとか見た目の違いがあるのでしょう?」

「それは、神々が『それが必要』だとお思いになったからだろう」

「そうです! 神々が望まれて『変化変容し成長を続ける生命体』が、この世界を充たしているのですよ!」


 望まれて、ここにいる。


 誰もがそうでありたいと願い、切望している答えのひとつだろう。

 俺はこのことも、この世界において神がいるのならば『絶対』だと思っている。

 全ては、神々の御心に添ってここにいるのだ。


「神々が『完璧』に創り上げられたのは変化と成長……いえ、『進化していく生命』と……もうひとつ『全ての生命の全ての道筋』だと考えています」

「『進化』と『道筋』……?」


 星というフィールドに、生命が辿るであろうあらゆる可能性のルートを構築して、そのルートの分岐を選びつつ『変化変容し進化していく生命』を完璧に取り揃えたのがこの世界ではないか……ってね。

 さぁ、走り出せ、妄想エクスプレス!


 神典は創世記で、神々は『遼遠の天』からいらっしゃって、天光に近いこの星を『生命の星』と定められた。

 だから生命を託すために『星を落ち着かせた』……これは一般的には『地上と海を整えて人が暮らせるようにした』と解釈されているが、俺は『星の核融合的な反応』を抑えたんじゃないかなーって思っている。


 太陽が輝くのは、星の内部にある高エネルギーが核融合で実際に熱と炎を発しているから。

 この世界の天光も、システム的には同じだと思う。

 燃やしている元素というか、粒子というか『燃料になっているもの』は違うかもしれないけど。


 この星を『人のため』だけに作った訳じゃなく、あらゆる要素を入れ込んで『生命体を育むため』に作った……神々的に言えば『実験の箱庭フィールド』とも言えるかもしれない。

 だから、この世界では『神々が生命を創ろう』と決めた星は『輝かない惑星』となり、天光という『輝く恒星』の周りに配置されているのだ。

 それこそ『遼遠の天からの采配』で。


 そして主神が地軸を表す錫杖を持っているから、大地の星が自転していることは神典に書かれている通り。

 この星を自転させることで、ここが『命を育むための変化と進化を受け入れる場』になれた条件を満たしたのだと思っている。

 だけど太陽系のように『天光の周りをこの星が公転している』という意識は、現在のこの星に生きる人々には多分ない。


 それはあちらの世界ではなかなか信じられないことだが、天体観測というものがほぼ行われていないのである。

 なにせ『星々は神々の瞳』なのだ。

 瞳を見つめ過ぎるのは……不敬だなんていう咎めきれない礼儀のせいで、全然そちら方面のことはどの家門でもまーったく研究も何もされていないのである。


 まぁね、夜は魔獣の徘徊する時間で夜間に旅をするなんてことも普通はやらないし、夜の航海でも星で方向を確認して海を渡るのではなく『魔力探知』とか『遠視の魔眼』とかあるわけですからね。

 夜空の星々は精神的信仰的支えではあるけれど、観測して詳らかにしようなんていう対象ではなかったのですよ。


 必要に迫られていないのならば、興味だけで突っ走る人も少ないわけで……ただ、ゼロってことはないから、あちこちの蔵書にひっそりと研究を紛れ込ませいていたりするんだろう。

 あの王都の旧教会に隠していた『詠唱について』の本みたいにね。


 いや、研究不足とかそういった研究に理解がないことを責める気はないし、呆れたりはしない。

 魔法のある世界とない世界では、根本的な考え方が違ってて当然である。


 必要ないことはしなくて当たり前で、星を見ることは神々のことに思いを馳せることにはなっても『謎』だなんて思うことはないのが、この世界の『普通』なのだ。

 何がどんな動きをしようと、どう輝きが変わろうと、全て神なのだから疑問を挟む余地がないのである。


「星の力を神々が抑えて、大地と海をお創りになったということなのか?」

「そう思うのは俺だけのとても偏った意見だと思いますけどね。そしてまず創ったのは、神典にあるように『複数の大地』だと思います」


 プレートテクトニクスの『プレート』部分ね。

 何枚創ったかは解んないし、それがどう動いているか止まっているのかも現時点では不明だけど。

 だけどこの星も『生命』なので、変化と進化しているから動いてて当然というのが俺の意見なのだ。

 で、その後に海になるように水を満たし、海流という流れへんかを与えられた。

 放たれた生命は、色々な変化を選べるようある程度までの形を与えて組み上げた有機物……くらいまで用意してくれたんじゃないかなぁ、なんてね。


「『生命の星』ですから当然この星自体も『生命』で、変化変容します。その変化に付いていくことのできる『生命』を神々は創造した。だからこの星の全ての生命は『変化変容し進化を続ける』し、その時々に『最適』と言える状態だというだけで、完成はしていない……と考えています。今いる全ての生命は、神々の用意した道を選んで辿っている『道半ばの形』であり、能力であると思っていますから『完成されていない』と。ま、完成を神々は望んではいないと思いますしね」


「ど、どうしてっ? 完成でないのならば、神々は何を……」

「んー……多分、ですけど……『何処まで進化していけるか』っていう感じで経路を造り続けてくださっているんじゃないかなぁって。完成しちゃったら『神』になっちゃいそうじゃないですか。そしてその時点で……『この星と共に生きる生命としては道がなくなる』んじゃないかとも考えちゃってて。進化しない生命は、この星にいられなくなりそうだなーって思っているんですよね」


 ここでラウレイエス様が黙りこくってしまわれたので、オフィア様から声が上がった。


「神々が完璧にお創りになったという『道』のことを、タクトさんはどう捉えていらっしゃるの?」

「この星の生命として生まれた全ては、その『道』に添って生きていると思っています。ですが、どの道を辿るかは神々の選んだものではなく、生命自身が選択している……と考えます」


 ひとつの個体にそれ専用の道があるのではなく、全ての道がまずあってそこに生命が生まれてから『どちらに行くか』を選択し続けているということ。

 そうして辿った道が、結果として唯一無二の『その生命だけの道』になるのであって、初めから用意されているのは『全て』なんだということです。


「神々が全て織り込み済みなのは、全ての生命の全ての道を全部創造し尽くしていらっしゃるから、と信じているのですよ」


 俺はクッキーを一枚、手に取る。


「この後、俺には幾つかの選択肢があります。右側に置く、左側に置く、何処にも置かない、食べる……など、いくつも」

「ええ、そうね」

「つまり、それら全ての『次』の行動に対しての『先の結果』とその『次』……もありますよね? 全ての行動には『選んだ未来』と『選ばなかった未来』の分岐があり、こんな些細なことであっても途轍もなく細かく限りなく存在する。その全ての道の分岐と行く手の結末の何もかもを、神々は設計し尽くして『どこに辿り着くか』お解りになっている。だから、全ては織り込み済み、と俺は考えているということです。ですが、神々はどの道を選べとか、どうして欲しいなんていう誘導は一切なさっていません。ただ『全部の道筋を用意』して、俺達に示してくださっているだけで、何処を辿るか、どう進化するかは……この星の生命が、自らの意思で決めているんです」

「それだと、結局は神の思った通りの道に、行っているだけじゃないのか?」


 ラウレイエス様から待ったがかかりましたね。

 ですが、俺は俺の持論を申し上げましょう。


「我々がどの道を選ぶかなんて、神々にとっては問題のないことなんですよ。ひとつ道を選ぶ度に選ばなかった道とその先の未来はその個体にとっては消えますが、回り道でも最も先の辿り着く場所が、同じかもしれないじゃないですか。二度と同じにならなくなってしまう分岐も存在するでしょうけどね。我々はその道の道幅も行く手も誰が同じ道にいるかも解りはしませんけれど、自分で選んでその道を歩いていることは間違いないと思います」


 これは、視点の位置の問題。

 人の視点と神の視点は同じではないし、同じ価値観でもない。


「神々の用意してくださった道の全てを『人の視点』で見渡すことも、理解することもできない。人は『視える範囲と感じられる範囲』でしか道がないと思いがちですが、後ろも前も右も左も上も下も斜めも……ぜーーんぶに道があって意識できない範囲にまで広がっているのです。その道はある人にとっては三本にしか見えなくても、別の人には十個の分岐にも見える。だから、同じ場所だったとしても選び方も選べる数も変わるし、選ぶ意味も変わる。何処まで先が見えるかも、ですね」


 ビィクティアムさんが、少し低めの声で呟く。


「その選択肢のどこまでが見え、何処を選ぶかを決められる指針が『知識』……か」

「俺はそう思っています。そして選ぶ道の先を想像できるのも、知識があればこそだと考えます。それが全てではないですけれど大きな一因と捉えているのは、神々が『文字』で知識や選ぶための手助けとなるものを、あちこちに鏤めてくださっているからです。それはどこにでも在って誰にでも手に取れるのに、気付く者と気付かない者がいる。視界の広がりも思考の深さも『受け継がれる知識』で、その知識すら神々が『予め全てを道の上に用意してくれている』ものだと考えているのです」


「何もかもが目の前にあり、あると気付いた者だけが手にできる……ということかしら?」

「はい。大気の中の魔効素と同じ、ですね」


 見えなくても『在る』と知っていれば、それだけでも選べるようになる道は幾つも増える。

 ま、道が見えたからってその道を選べるかは解んないんだけどねぇ。

 知識があっても未来の全部は解らないけど、知識がないのに後悔しない未来を選べるなんて人を、俺は知らないってだけなんだよね。


 ピコン


 おっと、そろそろお昼休みというアラームですね。

 では、昼前の部はここまでー……はー、このペースで昼食後、大丈夫かなぁ、俺。

 ちょいと喉を治癒でもして、のど飴舐めておこうっと。

 ビィクティアムさんは、早々にファイラスさんに指示を出しに行ってくれたのかな。


 あ、でも食べた後は魔獣映像タイムだったっけ……その準備かも。

 うーん、それも別の意味で心配……

 だけどまずは、お昼ごはーーん!

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