第729話 強運の持ち主達
ひと通り読んでくださったビィクティアムさんが、小さく頷いたので大丈夫かな?
「……助かったよ」
え?
「あのふたりは、タルフ王族の関連だからな。生半可な保証人は付けられないと思ってはいたが、決め手がなかったんだよ。樅樹紙工房の仕事だけでは……期間が短くて足りなかったからな」
「その前も王都で長い間働いていたのに、そのことは考慮されなかったんですか?」
「所属していた商会との契約が、雇用というより……期限付きの隷位契約に近くてな……それだと貢献とは言えないし、むしろ悪い実績にしかならん」
うわ……アーメルサスに進出していたの、どの商会だよ。
ムカつくなー。
「しかも、下請けとはいえスポトラムの関連だった上に、毒取引で商取引停止になる前のコデルロと接触している所だった」
「スポトラムって、あの魔法師試験に絡んでいた?」
「ついでに、拉致事件の幾つかにも、な。だから印象最悪なんだよ、事件に関係がなかったとしても」
ひゃー……そうだったのかぁ。
だけどそんな商会から抜けられて、コデルロにも巻き込まれなくて、なかなかの強運の持主だよな、あのふたり。
タルフから生きて抜け出せたってのも、その強運故かもねぇ。
「だが、この『中和の方陣』を提供してくれておまえ達が使えるように整えたということで、間違いなく保証人を教会関係者に依頼できる」
「そうですか。よかったー……じゃあ、教会で名称登録の『命名の宣』をお願いできるんですね?」
「ああ、大丈夫だ。それと、タルフの神話や神典の提供予定もあるんだな?」
「お願いはしていますが、時期までは解らないんです。それも、保護支援がお願いしやすくなりますか?」
ビィクティアムさんが頷いて微笑んでくれたので、上手くいくだろう。
はぁー、安心したよー。
俺の申請文書を全部受け取ってくれたビィクティアムさんが、書簡をひとつ書いてくれた。
明日の朝、テルウェスト神司祭に渡してくださると言うので、あの三人がシュリィイーレを出る時に必ず東門詰め所によるように伝えてくれと伝言を預かった。
はいっ、伝令承りました!
ガイエスにメモを送っておきます!
「明日の昼までには、テルウェスト神司祭の承認も取れるだろうからその書簡を渡せるだろう」
「ありがとうございます。えーと、方陣の登録の方は……やっぱり、賢魔器具統括管理省院案件ですか?」
「当然だ。教会の越領門ができ次第、賢魔器具統括管理省院からおまえの専用担当者が来る予定だ。顔合わせする時には呼ぶからな」
おおお、専属ご担当者様ですか。
その人が来てくれるってことは……一次試験がビィクティアムさんからその方になる、と言うことですかね?
「今まで通り、俺にも見せてもらう。テルウェスト神司祭とも、情報を共有する必要があるからな」
にやり、とされた。
なるほど……審査員がひとり増えただけってことですね……
王都でやる審査をこっちでやっちゃって、王都での負担を減らそうってだけなんですね。
優しい人だといいなぁ……
翌朝、朝食後少ししてガイエスから通信が入った。
予定通り、昼過ぎ頃にウァラクへ戻るという。
ちゃんと昼少し前に東門詰め所の事務所に寄ると言っていたので、大丈夫だろう。
〈十日後に来る予定だから、またな〉
「ああ、気を付けてな。もしウァラクで時間がかかって宿の予定を変えるなら、連絡しろよー」
〈その時は頼むよ。今日の昼は……おまえの所では食べられないかもしれないなぁ〉
「それは仕方ないよな。東門食堂も結構旨いぞ」
〈そうか、楽しみだな〉
確か今月のラストまでは、ラウェルクさんの店から料理人さんが行っているはずだから、旨い牛肉か魚料理が出ると思うんだよな。
うちの昼はなんだろうなぁー。
通信を切った後、ガイエスに言われたことを思いだして
できた……けど、この魚が鰆かどうかなんて……解るのだろうか?
うちでも姿のままは出さないし、市場で並んだことなどないものだからなぁ。
名前の文字も一緒に徽章の表側に入れようか。
てか、これを欲しがる子は居るんだろうか?
作り終わってすぐに遊文館に行き、受付にいたリオルテさんに作ってきた新作『鰆徽章』をお渡しした。
お子様達の感想文ビンゴはなかなかいいペースで、もうふたつラインができている子もちらほらいるようだ。
バルテムスは、赤い鯛のバッヂを着けて今朝の体操に来ていたよなー。
「あら、お魚の徽章ね! よかったわぁ、今日、持ってきているのが足りなくって、工房の方に今、取りに行ってもらっているのよぉ」
「エッツィーロさんに、ですか?」
「いいえ、ルドラムさんがいらしていて、おうちから近いから『移動の方陣』でおうちに戻ってから行ってくださるって」
徽章を作ってもらっているペディールさんの工房、そういえばルドラムさんの家から近かったなー。
ペディールさんはいつもは武器を作っているのだが、無類の子供好きでちっちゃい子供向けの玩具も作っているのだ。
知恵の輪みたいなものもあって、今回の景品作りもふたつ返事で了解いただいたのである。
徽章などの金属製品はペディール工房、フィギュアの木工はシュレデリット工房に頼んでいるのだ。
「タクトにーちゃーんっ!」
「お、元気だなー、アフェルー!」
「そろったっ!」
え、凄いな。
二列分できてるじゃないか。
「あらぁ、凄いねぇ! そうそう、お魚の徽章、届いたわよー」
あ、でもバルテムスと同じ鯛がいいんじゃないのかな?
リオルテさんが渡そうとした徽章の文字を読む前に、魚の形を見ただけでアフェルが笑顔になる。
「さわらーー?」
……はい?
「鰆、好きなのか?」
「すきーーーー! おいしーからっ!」
「あらあら、よかったわねぇ。はい、鰆の徽章よ。着ける?」
おおお、輝く笑顔で思いっきり頷いた。
リオルテさんが胸に着けてあげると、服をぐいん、と引っ張ってキラキラの鰆徽章に喜びを爆発させる。
「あおくて、しゅってしてる!」
「うん、細いお魚だからね」
「ぎんいろできらきらっ! かっこいーーっ!」
鰆の格好良さ……まぁ、人参よりは解る気がする。
ガイエスから、鰆の徽章リクエストがあってよかったなー。
アフェルがこんなに……食べる以外でも鰆が好きだったとは、思っていなかったよ。
ガイエスにも鰆徽章、発案者ってことで一個あげよう。
これなら粘土細工で作っている『ミニチュア食品サンプル・お食事シリーズ』に『焼き鰆のトマトソースがけ』を追加してもいいかもしれない……
いや、それとも『赤茄子ソースシリーズ』とか『ラグーシリーズ』とか、メニューによって分けるのもありか?
粘土細工は、来月の二列目景品の予定なのだ。
シュリィイーレにはあまりいい造形用の土がないから、俺の魔法で土を作っているので粘土細工は俺が作っている。
魔法でちょいっと作れるから苦ではないのだが、見た目派手なメニューにばかり意識がいっていたなぁ。
アフェルはにっこにこで、徽章を着けて走り回っている。
どんな本で感想文を書いたのだろう、と見せてもらったら……セラフィラント蔵書は『港湾建築の魔法解説』……はいぃ?
あ、誰かに読んでもらったのか!
それを聞いて、感想文を書いたんだね。
うわー『こんなほーじんがのったました』って文字は間違えてるのに『破石の方陣』の方はほぼ正確に描けてるじゃーーん!
船の本も、カルティオラの『風力魔法船の歴史』だ。
よく見ているなぁ、うちに飾っている不銹鋼船模型に似てるって書いてくれている。
アフェルには映像記憶の才能があるのかもしれない……【方陣魔法】が手に入ったら凄いなぁ。
うん、読んでくれた人は……大人だろうな。
実は公開はしていないが、大人が在籍地以外の蔵書を読める裏技が存在するのである。
それは、各領地ブースの前室においてあるソファー席で『子供達に本を読み聞かせる』ことである。
子供はその中の書架にまで入れるが、大人は前室までしか入れない。
だから、本を手に取れるのは子供だけで、子供が持ってきた本を子供と一緒でなければ読むことができない。
自分が読みたいものを読むことはできないのではあるが、まったく読めない訳じゃないってことだ。
そして、子供に音読してあげている時だけ、本を開いていられるので……子供がいなくなってしまったら本が閉じて強制終了なのだ。
如何に自分の興味がある本を子供達に選ばせられるかは、子供達が興味を引くプレゼンが上手くできるかどうかにかかっている訳だ。
子供達であっても各領地ブースの前室までしか本は運べないから、広場でアトネストさんに読んでもらうことはできない。
読みたくても読めない難しそうな本を大人に読んで欲しいと頼まねば、ビンゴシートの全てに押印を貰うことは不可能。
子供達に頼られ信用されている大人達だけにしか、読み聞かせて欲しいなんて子供達だって頼まないだろう。
このことに……大人達が気付くか、子供達は大人を頼ることができるか……ってのも、遊文館で多くの本を読むポイントなのである。
この方法を使っても、大人はビンゴシートを完成させるのはかなり困難だ。
当初の予定だった二十五マスから、三十六マスにしちゃったしね、大人用。
子供が、自分の必要とする条件の本を読んで欲しいと持ってくるとは、限らないからねー。
だが、裏技に気付いている大人はいないようで、徽章が欲しいとかコレクションボックスが欲しいと思って購入している人達が既にいるようだ。
ふほほほほほ!
今後はちょっとカッコイイ革製品とか、布製品も出て来ますからね。
大きなお友達は、お金を落としていってくださいねぇ。
そうすると、景品のグレードも上がりますからねー。
あ、ルドラムさんが戻って来た。
お疲れ様ですー。
待っていた子供達が寄っていったぞ。
……やっぱり、鰆より鯛の方が……人気がありそうだなぁ。
いや、そうでもないか。
鰆をゲットして喜んでいる子もいる。
良かった、良かった。
ランチタイム前に早お昼にせねばと家に戻った時に、ガイエスから通信が繋がった。
〈書簡を預かった。上手くいきそうだよ〉
「そっか、よかったな。あ、東門食堂に行くんだろ?」
〈ああ。牛肉と玉葱の炒め煮に玉子焼きがついていて、すっごく旨そうなんだ! じゃ、またなっ!〉
……相変わらず、卵運つえぇー。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第74話とリンクしております。
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