第728話 名前と通称と名称

 ガイエスに確認したら、明日の昼を食べてからふたりはウァラクに戻るという。

「一緒に行って、あのふたりの働いてる工房に挨拶というか……詫びに行きたいし、教会での通称登録とか確認しないとまずいと思うし」


 ガイエスがそう言うので、ちょっと急がないとまずいかな、と思った。

 工房は……行っても平気だと思うけど、教会に通称登録依頼……か。


「多分、名前に関してはふたりの在籍地教会じゃないと駄目だろうけど、あのふたりのことを知っている司祭様なのかな?」

「帰化の手続きをしてくれた司祭様が、今のあいつらが住んでいる町の司祭様だから大丈夫だと思うが……なんでだ?」

「冒険者登録の通称と違って、教会での承認登録だと『名前を増やす』ことになる。生まれた時に付けられた名前みたいには、神々との結びつきが強くはならないけど『通称』と違って『偽名』ではない」


 解りやすくすると『ミドルネーム』とか『洗礼名』みたいなものだ。

 そもそも『通称』はペンネームみたいに自分や関わりのある誰かが付けられる『愛称』みたいなものであり、自由に決めて登録ができる。


 生まれた時の名前は親が登録するが、神々から『その名前止めとけば?』って言われると登録できないこともあるらしい。

 まぁ……それがあったという事例は、遙か数千年前に一件だけのようだ。


 その時の皇王陛下と同名にしたいと言い出し、神様チェックでダメ出しが来たのだという事例が、当時の聖神司祭であったカルティオラ家門の本に載っていた。

 現皇王陛下は駄目だが、上皇陛下とかご領主達との同名であってもNGになっていないみたいなので、神々のリジェクト基準は不明だ。


 で、親が付ける以外に教会承認の名前で『絆壊はんかいの儀』による『改名』でないのならば、追加の名前『名称』として司祭様に命名されて身分証に記載される。

 そして身分証の表書きには、この『名称』だけを表示させることもできる。

 教会での宣儀登録をせずに、役所で記入するだけというのも可能ではあるらしいが、その場合は承認がされていないので名前との併記になり意味がない。


 名称表示だけにする場合は『名前の一部を追加しますので宜しく』という、神々へのお届けが必要でそれができるのは『命名関連の魔法』が使える在籍地の司祭様だけになる。

 そしてその追加の名前を正式にもらうには、親か親族がいないとなると……保証人が必要になるのだ。


「……なるほど、保証人……か」

 どうやらガイエスは『通称』の方で考えていたらしく、それだと冒険者組合でも問題ないだろうと思っていたようだ。


 確かにそちらでもいいとは思うが、教会に保証される『名称』の方が……多分、色々な場面で受けがいい。

 冒険者として活動しないのに冒険者登録するのも、皇国では反感を買いやすくなるだけでちょっと無意味だと思うし。


「保証がある方が……多分、あのふたりの立場としてはいいだろうな……」

「うん。アトネストさんみたいに教会に所属するなら必要ないと思うけど、他国の王族ってところがあると……教会に保証をされていた方が、もし他領に行った時に何かあっても支援を受けやすいと思うからね。ここも……利用できるものはしておく方がいい」

「それで……あのふたりに皇国での貢献なんてものがあった方がいいってことか」

「うん、ないよりずっといい」


 まぁ、ビィクティアムさんが動いてくれているだろうから、単なる参考資料になりそうではあるけどね。

 ゼロかイチかは、大きな違いだからね。

 ビィクティアムさんは保証人にはなれないから、ウァラク内で誰かを捜そうとしている可能性はある。


 その場合、セラフィエムスの名前はどこにも出せないだろう。

 ならば、その人がガウムエスさん達をよく知らなくても、皇国に魔法をもたらしたっていう実績があれば了承の後押しになるんじゃないかと思うんだよな。


「おそらく、保証人は教会関係者になるだろうから魔法での貢献は、その人からの評価を上げられるからな」

「そうだなぁ……見知らぬ誰かに『評価される』ってのは……あまり気分は良くないが、そういうものだからなー」

「うん、そういうもの、なんだよねぇ……」


 誰もが人柄とか正しい能力を見て判断ができる訳じゃないんだから、認めやすい『表示』があるに越したことはないのだ。

 そりゃあね、そういうのに嫌悪感もあるかもしれないし、それだけで判断されることの不快感はあるものだよね。

 だけど、たったひとりで誰からもなんの助けもナシで町にも国にも所属しないで暮らすならばそんなものは必要ないだろうけど、現実的にそれは無理。


 人は集まって生きていく生き物で、そのためには他者に安心感や信頼を与える『タグ』があった方が暮らしやすいのである。

 職業とか、身分階位と一緒だ。

 人付き合いを楽にするためのアピールができるのであれば、そうすることは悪いことではない。


 ……『楽をする』っていう言い方に好き嫌いはありそうだけど、マイナスに考えずに効率よくとか、円滑なお付き合いのためとか、幸せになるためにとか、好きに言い替えればいいのだ。

 誰もに認められやすい『評価ダグ』は、ただの手段というか、エッセンスでしかないのだから重く考え過ぎることはないんだよ。


 そういうものはまぁ……多分、一番初めに見る『履歴書』にちょっとプラスになる要素として書ける資格のひとつ……って感じかもね。

 だけど、今回の『貢献』は、それを超える価値があるのだ。


「保証人の階位にもよるけど、それが期待できなかったとしても役に立つのが……『魔法での貢献』ってことか」

「そう。なんせ、俺もおまえもまだ適性年齢前で、あのふたりの保証なんてできないんだから、どうしても他の人を頼ることになる。その人に『素晴らしい人だ』って思ってもらわないといけないからね」


 皇国居住暦五十年以上が、保証人の条件なんだからさー。

 無理な訳よ、俺達じゃ。

 だからそれをウァラクの教会に正式依頼するのは、本人達と面談調査して『名称表記』の必要性を認めましたよっていう証明をしたシュリィイーレ隊になる。


「長官であるビィクティアムさんの名前はかなりの信用にはなるけど、ビィクティアムさんが保証人ではないのだからウァラクに戻った後はまったく意味がない。なるべく上の階位の神職の方に保証してもらうには、他領の嫡子の名前だけじゃ動きづらい気がするんだよ」


「そうか……セラフィラントの民って訳じゃないんだから、セラフィエムス卿の名前は後押しにはならないってことか」

「なっても弱い……ってことだね。だけど、早めに書簡を読んでもらえたり、軽く扱われないためにはとっても有効だから、動いてくれてはいると思うけど……こっちでもできることはしておこうと思ったんだよ」


 タルフの内情とか、歴史、神典のことが解るだけでもなんとかなるかと思ったけど時間がかかる。

 今回の方陣は、皇国にはない魔法ってところがナイスだった訳ですよ。

 しかも、方陣なら描き替えてあげれば誰でも使えるしねぇ。

 汎用性が高ければ、すぐにでも有効活用してもらえるだろうから『貢献度』が解りやすい。


「と言うことで、俺の開発者登録、おまえの協力監修者登録ってことで申請するから、あのふたりの功績を認めてくださいってことで……明日の朝、ビィクティアムさんに渡すから。教会での名称依頼は、それ次第だからちょっと待ってて欲しいんだよ」


 今日行くつもりだけど、言ったら付いて行くとか言われそうだから明日ってことにしておこう。


「……解った。じゃあ、それ次第では……もう一泊した方がいいか?」

「明日の話次第だなー……ビィクティアムさんが、何処まで進めてくれているか確認すっから宿にいてくれるか?」


 ガイエスくんの了解をとりましたので、俺はそのままの足で……どーせまだ仕事をしているだろう東門詰め所へ。

 案の定、ワーカホリックさんはモリモリお仕事真っ直中でした。


「……こんな遅くに出歩くなよ」

「お急ぎ案件でございまして……」


 ちょっと睨まれたけど、愛想笑いでスルー。

 書類一式を抱えてお願いしたいことが、とにじり寄ってみる。

 仕事机の上には、なかなかの量の書類が溜まっているみたいで……あ、殆どが教会ができあがった後の各組合事務所の改築工事関連ですね。


「ああ、越領門がないから、昨日の朝に馬車で届いたばかりでな。で、おまえのはなんだ?」

「あのふたりの、ガウムエスさんとエーテナムさんの『名称登録』に関してのお願いと、彼らが提供してくれた『方陣』の登録関連について、です」


 ぴくり、とビィクティアムさんの眉が動いたので、なかなかタイムリーだったかもしれない。

 では、張り切ってご説明致しましょうーー!



「……と言う訳で、この方陣ができあがりましたので俺が登録者ということですが、方陣自体の提供はガウムエスさんとエーテナムさん、方陣改訂の共同開発監修協力はガイエス……です」

 肩書き、ちょっと増やした。

 ビィクティアムさんの顔が明るいので、これはいい後押しができたかも。


「海で使える方陣……か。まったく、大したものを見つけたものだ」

「これって『魔法による貢献』になりますよね?」

「ああ、充分だ! 海に接している領地だけでなく、コーエルト大河沿いのマントリエルでも、大河逆流時の作業にかなり有用だろう」

 おっと、そこまで考えていなかったけど、使えるならよかった。


 どうです?

 イイ感じになりますかね?



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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第73話とリンクしております。

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