第727話 準備は大事

 ショーウインドウの取り付けが終わり、新たな御依頼の数々をいただいてほくほくで帰ってきたのは、ランチタイムの真っ直中。

 食堂を手伝って、本日のスイーツはナッツたっぷりのキャラメルタルト。

 これは衛兵さん達とおじさん達に人気のひと口タルト盛り合わせだ。

 大きく作って、サイコロ状にカットしているものである。

 トッピングでマーマレードとホイップクリームをつけられるので、タルト自体の甘さが抑えめなのがおじさん受けがいい要因かもしれない。


 お子様用は、硬めのタルトではなくてちょっとふわっとさせた生地に変更している。

 硬いのを出した時、ミシェリーが突き匙を刺したら滑らせちゃってポーーンと飛ばしてしまったことがあったからだ。

 その後めっちゃ泣いて落ち込んじゃって、浮上させるのが大変だったんだよね……

 だから、タルト生地が硬めになってしまうケーキの時は『お子様メニュー』も作り始めたのである。



 さてさて、スイーツタイムも終了し、夕食準備の合間にガイエスのところに持っていくものの準備である。

 俺が登録者に決まってしまった『中和の方陣』の登録書類などを揃えて、ビィクティアムさんに監査依頼せねばならないのだ。

 下準備をしておけば、越領門でレイエルス神司祭がいらした時にすぐにでもお渡しできますからね。


 そして今回の登録には『タルフの方陣』という注釈を入れてもらう。

 この方陣の提供者としてガウムエスさんとエーテナムさんを認識しておいていただければ、彼らは『皇国に魔法的利益をもたらした』として貢献が認められる。

 あの刺繍方陣を一緒に提出すれば、ふたりのことはちゃんと記録されるからね。

 ……俺は、複製をキープさせていただきますし。


 帰化民達が持ち込んだ技術や数々の素材と食材、労働力も知識も『貢献』になる。

 皇国にとって未知であった方陣の提供は、新たな魔法の提供になるのだから皇国としてはこれ以上の貢献はあるまい。


 しかも提供元が『タルフ王族』であり、海の関わるものであるのならば今後最も皇国が警戒する魔魚関連に有効利用されるかもしれないのだ。

 若干使い勝手が悪かったとしても……『皇国の知らない魔法教えるよ』ってドヤ顔で申請しておくべきなのである。


 そうしたら他領に赴いての治療とか、越領移動についても他の帰化民達よりは便宜を図ってもらえる可能性もある。

 主張できることは全部主張して、彼らが皇国に来たことで国益がもたらされたという事実があれば継続して保護してもらえるかもしれない。

 なんてったって、命の危険が伴う可能性があるのだから、使える手札は使っておくべきなのだ。


 おそらく、ただタルフ語……いや、マウヤーエート語混じりのもので申請されても、さほどの価値は認められなかったかもしれない。

 だが、方陣魔法師ががっつり絡んで、皇国現代語だけでなく古代文字での呪文じゅぶんまでブラッシュアップさせた方陣を、聖位教会輔祭から申請したとなれば話は別だ。

 すぐにでも使える魔法なのだから、検証も研究も進むだろう。

 神約文字だと、使えない人の方が多いから申請に入れていない。


 その辺をちゃんとプレゼンして、ガウムエスさん達の利益にもしないとな!

 俺が登録者となるからには、これくらいしておかねば。

 ……ニファレント由来と思われたら、そっちの方が面倒だしっ!


 それに、ガウムエスさん達のためになるということならば、ガイエスは『共同開発者』として連名にすることも嫌がらないだろう。

 嫌がったら……『協力者』とか『監修』くらいまでは妥協しよう。


 どっちにしても、書類には二箇所ほどガイエスの承認印が必要だ。

 俺があいつの正確なフルネームを書けるのであれば問題ないのだが、残念ながら知らない。

 それに本名は知られたがらないだろうし、どんな書類であっても書きたくないだろう……冒険者だし。


 だが、魔力入りの『登録済み印』であれば、皇国では本名の署名よりもずっと信頼度が高い。

 なんだかんだ言っても、皇国での『個人の特定』は、登録された魔力との照合なのだろう。

 その場合の署名は通称でも、姓の記載なしでもいいのだ。

 さーて、夕食後にルトアルトさんへの試食分も持って、ガイエスの所に行く準備が整いましたー!



 夕食後、まずはルトアルトさん用に作った試食分をお渡し。

 明日召し上がっていただいて、気に入ったものがあるかどうかを教えて貰う予定。

「こりゃ、旨そうだなぁ! うん、うん、茸がいっぱいだ」

「青菜とか豆が食べられるようになるのが一番だけどさ、他の好きなものでも栄養が摂れるならそれでもいいですしね。明日、食べてみてくださいねっ!」


 ではでは、俺はガイエスくんにハンコ貰いに。

 部屋に行くとガイエスは夕食後のデザートタイムだったようで、テーブルの上に焼き菓子が載っかっていた。

 うちの蜂蜜胡桃クッキーだね。

 まいどー。


「なんだよ、話って?」

「ああ、おまえの押印が欲しくって」

 首を傾げるので、しっかりとご説明。

 段々と渋ーーい顔になるので、とどめの一撃。


「魔法の提供は皇国に対する『最も価値ある貢献』だ。それをもたらした帰化民が危険に晒される可能性があるという状況なら、魔法を管轄する教会と省院に守ってもらえるようになる……確率が上がるってことだよ」

「いや、それはいい。助かるし、あのふたりから提供された方陣ってのは事実だし。そこにどーして、俺の承認が必要なんだよ?」

「おまえが今、皇国で一番の方陣魔法師だから」


 おいこら、無表情になるなよ。

 本当のことなんだから。


「現在、知られている方陣魔法師は四人だ。でも現役で魔法師として活動的に方陣を使い、貢献度が高いのはおまえともうひとりだけ。そのもうひとりは王都の省院にいる役人だから、民間ではガイエスだけなんだよ。そして、おまえの描いている方陣札は、今までのどの札よりとんでもなく評判が良い上に、セラフィラント在籍で衛兵隊への貢献度がハンパない。そんな方陣魔法師が『開発協力』しているってことは、その方陣が皇国にとって価値があるものだという保証になるんだよ」


「……買い被り過ぎだろう?」

「いいや、おまえへの評価は間違っていないと俺は思うし、もしおまえが否定したとしても世間がそう思ってくれているならば、言い方は悪いが『最大限に利用すべき』だ。ガウムエスさん達を守る後押しになるんだから、問題ないだろ? 方陣に対しての責任は、登録者である俺なんだし」


 ちょっと脅しっぽくなってしまった……すまん。

 ガイエスはまだ難しい顔はしていたが、了承してくれた。

 そして殆ど読まずに、ポンポンと判を押す。


「おいおい、ちゃんと読めよ!」

「平気だよ。おまえが用意するものに、俺に不利になるものがあるとは思えないからな」


 ……信頼いただけて嬉しい限りだが……頑張って作った書類だから、ちょっと読んで欲しかったんだよなー。


 でもまぁ、ご了承いただけたことですし、謹んで第一次審査に提出致します。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第72話とリンクしております。

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