第726話 ニコニコウキウキ

 その日の夕食、ガイエスとガウムエスさん、エーテナムさんが食堂に食べに来てくれた。

 どうやらリハビリも流脈フォローも順調なので、明後日の昼にはウァラクに戻る予定のようだ。

 明日はお土産を買いにあちこちに行きたいらしく、ちょっとウキウキした雰囲気だ。


「そうだ、タクト、ウァラクに行った後、また……十日後くらいに来るから」

「ああ……カバロは?」

「あいつが神泉に入りたがるから、ペータファステに暫く預ける。俺は一度セラフィラントに戻るから、シュリィイーレに来る時はまた連れてくるよ」


 おやおや、忙しいねぇ。

 そーか、カバロは温泉好きなんだな。

 ウァラクによく行くのって、カバロと温泉に入るためなんだろうなぁ。

 ……エクウスも好きなのかな?

 今度デルデロッシ医師に聞いてみよう。


「これ、美味しいな」

「タレがついているのも鶏肉かな……これ、なんだろ?」

 エーテナムさんは知らないようだから、タルフでも王都でも食べられていなかったんだなぁ。

 ガイエスがほっぺたいっぱいに頬張って、むぐむぐしながら俺を見てくるから説明してくれと言いたいのだろう。


「これは、冬長葱ですよ。この時期が最後なんですけど、ウァラクで採れたものなんですよ」

「へぇ、ミュルトでは見たことがなかったなぁ」

「ヴェロード村のうちの芋を作ってもらっている農家さんが、去年の冬から作り始めたんです。焼いても、煮込みにしても美味しいでしょ?」


 すると三人が思いっきり何度も頷く。

 本日のメニューは焼き鳥と葱焼きで、串には刺していないが甘辛タレバージョンと昆布塩バージョンのご用意ですよ。


「あ、そうだ。辛いの、お好きですか?」

「ああ! 大好きだ!」


 エーテナムさんだけが元気よくお答えになったので、こちらの辛子粉を振りかけても美味しいですよ、とご用意した。

 あ、リシュリューさんが羨ましそうに見ている……ごめん。


 タンドーレ産の赤辛子が、あちらの世界の赤唐辛子なのだがこっちのものの方が辛味が強い。

 苦味も若干あるのは、種が入るからのようでこの量を調節すると苦味が調整できるのだ。

 今回作りましたのは仄かに柑橘の香りを入れたかったので、柚子と橙の皮も一緒に入れている『柑橘辛子粉』である。


「うわぁ……いい香りで旨いーー!」

「む、確かに香りはあまり辛そうじゃないな。ちょっとだけ、かけてみるか」

 お、ガウムエスさんもチャレンジ……ガイエスくんはノーリアクションなので、試す気もなさそうだね。


「うん、これは食べやすいな。苦くないし、辛過ぎないぞ」

「やっとおまえも辛さの旨味が解ったか!」

「いや、今までおまえが食べていた辛瓜粉は、絶対に無理」


 リシュリューさんがエーテナムさんの言葉に頷き、それ以外のお客さん達はガウムエスさんに頷く。

 俺もガウムエスさんの方に一票。

 辛瓜粉は相当辛いし苦いし、俺もあんまり得意じゃないんだけど激辛好きさん達のメニューのために買っているんだよね。

 ……リシュリューさん、早くお身体治してくださいね……泣きながら焼き鳥を食べてるってのは……切ない光景だよ。


 そして帰り際、ガイエスが俺にこそっと『遊文館の『ご褒美』で、さわらの徽章を作ってやってくれないか?』と頼まれた。

 なんのこっちゃ、と思ったが、感想文ビンゴの景品のことのようだった。

 魚ピンバッヂ……は、確かラインがふたつできた時の景品だったよな。

 たいのカラーバリエーションにしたんだけど……なぜ、鰆?


 ま、いーか。

 一個くらい謎のものがあっても面白いかもしれない。

 さばとかかつおも作っちゃうか?

 たこ烏賊いかは……まだ、止めておいた方がよさそうだよな。


「あ、そうだ、ガイエス!」

 思い出した。

 やっておかなきゃいけないことがあるんだよ。

 立ち止まったガイエスに、明日の夕食が終わった頃に宿に行くから、と伝えた。

 頷いて、解った、と言ったので大丈夫だろう。



 翌日は、朝からレンドルクス工房でショーウインドウのレタリングですっ!

 たった一日で『ボタニカル柄のビーズフレーム』のショーウインドウ硝子ができあがるとは……

 流石、レンドルクス工房の魔法製作だなー。


「おおー! 綺麗ですねー!」

「でっしょお? レンくんは、絵が上手いのよっ!」


 あのステンドグラス絵本の原画、全部レンドルクスさんだったのか。

 あの絵柄、結構子供達が好きなんだよなー。

 原画を飾らせてもらえないかなぁ。


「え、そうなのか? うーん……でもなぁ、下絵だけで仕上げてねぇからよ」

「そっかぁ……残念だなぁ。色まで付けてくれた絵があったら、この硝子粒の技法でキラキラの絵にして遊文館に飾ってもらえたかもしれないのにー」

「遊文館……で?」

「うん、教会……は、まだ工事中だから……遊文館で神官さん達に会った時に、詳しいこと聞いてって貼り紙がされてたよ。壁にかけられる絵とか、工芸品も遊文館で飾るらしくって。今、集めているんだってさ。」


 俺が、ね。

 本がたーくさんあるのもいいんだけどね、ちっこい子達の情操教育的に素晴らしい絵画や工芸品も展示したいのですよ。

 陛下がくださった『絵画背表紙の本』が人気を保っているのは、子供達が背表紙をずらっと並べて完成する絵をよく眺めているからなんだよね。

 ステンドグラス絵本の元になった原画が一緒にあったら素敵だと思ったんだけど、ないのなら今応募してくれているやつのは仕上げてくれたりしないかなーって思ってさ。


 レンドルクス工房のステンドグラス絵本第二弾も、一次審査を通ってただいま展示されていますからね。

 今度はチョイスしている場面もとても素敵だし、入賞予想の筆頭なのだ。

 目玉展示品、欲しいじゃん?


 おや、このご夫婦、やる気になってくれているみたいだぞ?

 んっふっふー、楽しみだなーっ!



 無事にできあがったウインドウは、即日トリセアさんのお店に取り付けられて道行く人々の注目を集めた。

 今回は俺の文字というよりは、ビーズ印刷風の硝子粒吹きつけ絵画で硝子の四方が縁取られる加工に皆さんは釘付けだ。


 実は、文字もビーズ印刷でキラキラになっているのである。

 縁取りの方とは違い、文字に被せたビーズは敢えて粒の中に気泡を入れている。

 これにより光の反射などが少し変わるから、見る角度によって文字の色合いや雰囲気が変わって見えてとても幻想的なのだ。

 トリセアさんは大満足で、超にっこにこである。


 そしてそして、俺にも嬉しいお知らせが!

 ショーウインドウを見た方々から、売っている商品のアピールをする看板を作るからその文字を書いて欲しいってお仕事が来たのですよーー!


 新しい食材の説明書きとかも任せてくれるって言う、素敵な店主さんもいるし!

 市場の人達と仲良くしててよかったー!

 文字を書くお仕事も順調に増えておりますよ、ふほほほほほーーーーっ!


 そうだ、ペンキの刷毛みたいなものも作ろうっと。

 レタリングシート方式でも、直接書くのでも対応できるようにしておこう。

 書道の筆みたいなものも、あった方がいいなぁ。


 筆記具の方は……そうだ、ヴァンテアンさんにも相談しよう!

 岩絵の具みたいなものも調達したいし。

 その時、オーデルトに就職祝いでタク・アールトを届けてあげようかな。


 確か、明日か明後日にはカカオが届くはずー!



*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第71話とリンクしております。

*次話の更新は1/22(月)8:00の予定です

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