第725話 フォローは完璧です

 翌朝、朝食後に早速ルトアルトさんの宿へデリバリーに伺いました。

 俺が同行したのは、メニューの好き嫌いの確認のためだったので、その後の二箇所については今日の配達当番であるふたりの家畜医さんとテーレイアにお任せである。

 そして、ルトアルトさんに好き嫌いのご確認……って、結構多いなぁ。


「んー……儂ゃどーにも南の方で採れるもんが苦手でなぁ。それと、豆は青豆以外でも……ちょっと苦手なんだよ。あ、小豆のえーと、あんこか、あれは好きじゃぞ!」

「ルトアルトさんのよく使う色相魔法の属性って、なんですか?」

「ん? 面白いこと、聞くのぅ」

「食べもので魔力を補いますからね。よく使う魔法の色相とか、加護神でも必要な食べものが変わるんですよ。だから、もしルトアルトさんが嫌いなものでも、魔力的には必要かもしれないから……あ、茸は好きですか?」

「うん、茸は大好きだな! おまえさんの所だと、秋じゃなくても食べられて嬉しい。儂ゃ緑属性の魔法はよく使うが……加護神は聖神一位だな」


 ふむふむ、緑属性なら、葉物野菜と豆が嫌いなのは残念だなぁ。

 だけど茸が好きだというなら、茸から緑属性を摂ってもらえるな。

 あとは……加護神が聖神一位だと、人参なら好きだろう。

 人参の味をベースにして、豆類はスープ状にしてポタージュっぽくしたら食べてもらえそうだね。


 果物からも橙色は摂れるから、柑橘類もデザート替わりに食べてもらった方がいいんだけど酸味が苦手って言っていたなぁ。

 ゼリーとかにしちゃえば大丈夫かな。

 あ、あんこは好きなんだよな。

 じゃあ、柚子餡とか梅餡で酸味を抑えれば、スイーツとしても食べられるかもな。


 それから、牛肉だな。

 焼くと赤属性になるけど、煮込みの時は一緒に煮込んだ素材の色相が一番移るんだよね、牛肉って。

 橙色の野菜とか香辛料と一緒に煮込むと、美味しいと思ってもらえそうだな。

 よしよし、メニューのバリエが増やせそうだぞ。



 聞き取りを終え今度試食品を持ってきますねと約束して戻ろうとした時に、丁度診察を終えたマリティエラさん達とバッティング。

 ガウムエスさんは順調に回復しているから、予定通り二、三日後にはウァラクに戻れそうだという。

 よかったよね。


 あ、ガウムエスさんから俺が取り出した石、ふたつに割れちゃったからふたりにリール付きのケースペンダントを作って飾りに使ってあげよう。

 内包物を取り除いた赤尖晶石レッドスピネルなら、いざって時に魔石としても使えるしね。

 快気祝い……にはまだちょっと早いかもしれないけど、お祝いに。


 様子を見てから戻ろうかとガウムエスさんの部屋を尋ねた。

 ……あれれ?

 もう、居ない?

 俺一階にいたから、歩きで出たんじゃないよね。


 あ、そーか。

 ダリューさんもいないから、トシェルーク医師の所にリハビリに行ったのか!

 それならば仕方ないから、今日のところはご挨拶はできないかな。


 ダリューさんって絶対に隠密系の魔法か技能、持っているよな。

 俺が追いかけっこで撒いた時にはそんな感じなかったから、きっと最近になって獲得したんだろう。

 シュリィイーレ隊の成長が止まらないのは、ビィクティアムさんに鍛えられちゃっているからかもしれない。



 宿を出て歩いていると、丁度戻ってきたテーレイアの姿が見えた。

 走り寄ると今日の配達担当のおふたりが、満面の笑みで迎えてくれた。


「タクトさーーん!」

「タクトさんっ、聞いてくださいよーー!」

 何々?

 なんか事件でも……って、笑顔だから違うか?


「イルレッテさんに、こんなカワイイ置物を貰っちゃったんですよぉ!」

「馬なんですー! 木工でこんな素敵なのを作っているんですよぉ、イルレッテさんの息子さんが!」


 嬉しそうに見せてくれたのは、どうやらシュレデリットさんがサイズ間違いで作ってしまったらしい馬の木工細工だ。

 あ、そーいえば、馬の木工フィギュア頼んだなー、俺。

 遊文館の『読書感想文ビンゴ』の……確かライン三本できた時の景品のひとつだ。

 馬と羊、牛もあるんだよねー。

 俺が頼んでいたものより少し大きめで、仕上げをしていないものみたいだから試作品かもしれないね。


「馬がお好きな方って、僕らが思っていたよりずっと多いのかもしれませんー」

「そうですよ、皆さん馬達には感謝していると思いますし」

「この町に来た時、馬車方陣がないからみんな、馬のことなんてよく知らないかとばかり思っていました。でも、ほらほらっ! この木工細工、ウァラクの馬なんですよっ!」

「うちにいるビルトルトと同じ種ですよぉ。可愛いですー!」


 ウァラクの馬は山岳地帯に適していて、寒さにも強い馬だ。

 見た目がアイスランディクホースによく似ていて、大きさはポニー程度と小振りだけど非常にタフなのだという。

 鹿毛と青毛が多いのが、ウァラクの馬の特徴なのだとか。

 ウァラク所属の乗合馬車や荷馬車は、この馬が最も多いらしい。


 それにしても……この人達、自分の名前は全然言わないくせに馬は全部紹介してくれたんだよな。

 ビルトルトは青毛でちょっとクールな感じだが、見た目がポニーっぽいのでギャップが可愛い馬である。

 俺が行くと、ちらりと見つつじりじりと寄ってくる感じもなんだか微笑ましいのだ。

 今度、撫で撫でできるといいなー。


「ビルトルトは、配達にはどうです?」

「いいと思いますよ。あの子は落ち着いた子ですし、段差にも坂道にも強いし」

「僕も賛成ですー」


 よしよし、じゃあ、ビルトルト用の配達馬具をお作り致しましょうか!

 あ、テーレイア、ちゃんとおまえのも点検整備するからね。

 ……か、噛まないで、欲しいかな?


「まぁま、タクトさんは馬とも仲がよろしいのねっ!」

 マダム・ベルローデアにばっちりと、テーレイアに甘噛みされてニマニマしている顔を見られてしまった……

「ほほほほほー、照れなくてもよろしいでしょっ。馬は可愛らしいですものねぇっ!」

 あ、一瞬たじろいでいた家畜医さん達が立ち直ったぞ。

 馬好きに心を開く速度が上がったのかもしれない。


 そしてマダム・ベルローデアはどうやら俺に『了承』を取りたいことがあるらしい。

 一体何かと身構えたが……

「先日ご紹介いただいたカーラさん……ちょぉっと……あたくし達でご指導差し上げてもよろしいかしら、と思いますのよっ」

「……指導、とは?」

 まさか、さんとかの服装についてだろうか?


「いえいえ、服装や髪型は個人の自由ですから、ぜーんぜん構わないのですけどね。少々……おかしな方向のお考えも……おありのようですから」

「あの……もしや、言葉遣い、とか?」

「んんんっ? お言葉も特には何もございませんわよ? ただ、カーラさんは……まだ『昔の階位』に、少々拘りがあられるようですのよ」


 そーか、元従者家門ってところか。

 そうだったなー。

 コレイルは『下位貴族発の領地』だったっけねー。

 あれは『やまい』みたいなものだから、完治していない人もまだまだ多いよねぇ。


 以前のレトリノさんもそうだったんだから、妹さんもそういうスタンスがベースになっていてもおかしくない。

 そっか、あの装いも『女系家門のプライド』的なものの現れだったのかな?

 なるほどね、それだと『お兄さまには関係ない』ってのも、頷ける気もするな。


「その辺のですね、意識をすこぉしお改めいただけないと、おそらくシュリィイーレでは何処でも働けませんわ」

 おっと、工房紹介の前にマダム・ベルローデアの方で一次試験をしてくださったのか。

 ありがたいことです……是非是非、就活セミナー、何卒宜しくお願いいたしますっ!

 だけど、どーして俺の『了承』?


「まぁまっ! タクトさんったらー。あなたが紹介者でございましょっ? それに……あたくしが知らないとでもお思いかしらぁ?」

 ほほほほほーっと笑ってそう仰有ると、マダム・ベルローデアからは信じられないような小さーーーい声で耳打ちされた。


 ……「教会関係者のお身内ですし、聖教会所属輔祭様の了承もあった方がよろしいでしょ?」


 どうやら随分と前から俺が輔祭であることはご存知だったようだし、既に教会でテルウェスト神司祭の承認とレトリノさんからの教育のお願いをお請けのようだ。


 お見それ致しましたぁっ!

 さっすが、マスター!

 マダム・ベルローデアには頭が上がりませんっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る