第724話 カスタムいろいろ

 その後、俺達はすぐに解散して皆さんはお子様達のいる図書の部屋へ、司祭様だけは屋上に寄ってから宿舎にお戻りになるようだった。

 俺はサクッと部屋に戻り、机の上にガイエスからのメモを見つけた。


 お、リクエストメニューとルトアルトさんの好き嫌いの詳細が書いてあるぞ。

 試食してくれたみたいだね。

 ルトアルトさん……葉物野菜と青豆が嫌いなのか……だけど、遊文館に入れている『お子様苦手食材克服メニュー』だと食べられるらしい。

 でも、遊文館に買いに行く時間がないってことかぁ。


 あれは子供用だから、量的に大人では足りないだろう。

 菠薐草と鶏肉のホワイトソースチーズ入りのリエッツァと、ラムのグリーンピースラグー……トマト、苦手なのか。

 ふむふむ、メニューとしては、イルレッテさんとほぼ一緒でトマトを別のものに変えたら大丈夫そうだね。

 明後日が配達初日だから、俺も一緒に行ってルトアルトさんの所にも寄ってもらおうか。



 ランチタイム、スイーツタイムの後にデルデロッシ医師を訪ね、もう一軒まわる場所の追加をお願いした。

 こらこら、どうしてそんなに青ざめるの!

 コミュ症にも程がありますよ!


「え、ルトアルトさん、かぁぁ……よかったー……」

 ふにょふにょと弛緩したデルデロッシ医師の言葉に、全員が思いっきり安心したみたいだ。

「けへへっ、あの人、青豆が嫌いなんだよねぇ」

「ご存知だったんですか?」

「馬の食事用に青豆を試していた時にね、臭いが嫌だからその餌はいらないって言われたんだよぉ」


 そうか、味と食感だけでなく臭い……か。

 メニューは、その辺も考慮させていただこう。

 さーて、エクウスは元気かなぁ?

 厩舎を覗くと、エクウスとベリアードがいないだけでなく、何頭かの馬もいなかった。


「あれ? エクウス達は?」

「今、ベリットスさんと南の馬場に運動に行っているんですよ」


 残念ー……じゃあ、他のお馬さん達に挨拶だけして、うちに帰ってルトアルトさんのメニューを作ろうかな。

 この間一緒に歩いたからか、テーレイアが甘えてくるようになった。

 んふー、かわいー。


 配達のお馬さん達用に、馬具をいくつか作らなきゃいけないな。

 皆さんにお願いして配達に適しているを選んでもらってから、フィットする馬具をカスタムメイドすることにした。

 ベースになる馬具については、家畜医のリエルレートさんが手配しておいてくれるというので甘えることに。

 革製品や馬具関連は、全然解らないもんなぁ。



 さてさて、翌日になりまして今日はトリセアさんと『ウインドウ硝子の品名筆記』のご相談でございます。

 お店の方ではなく、レンドルクス工房に参りました。

 なんだか、今あるお店の硝子に書くのではなくて作り替えるらしいですよ。

 儲かってんのかな、レンドルクス工房。

 よき、よき。


「じゃあ、書くのはこの商品の名前だけでいいの?」

「そうね……あ、『レンドルクス工房直営店』っていうのも一番上に!」

 うん、そうだね、それ大事だと思う。

「でもやっぱり字を書くだけだと、無骨って言うか……華やかさがないのよねぇ……」


 文字は幾つか見本を書いて持ってきたのだが、あちらの世界のカリグラフィーのように文字そのものを装飾して華やかにしてしまうと皇国現代文字は読みづらい。

 直線が多いせいかもしれないがくるりと端を丸めてしまっただけで読みづらくなるのは、ブロック体みたいなものに適した表音文字で一字一字をキッパリ分けて書くからだろう。


 筆記体のように続けて書く訳じゃなくて、単語と単語の間をほんの少し広めにあけるだけって感じなのだ。

 漢字をくっつけて書いたり、余分な飾りを入れたら読みにくくなるのと似た雰囲気である。

 文字を斜めにしちゃうと更に読みづらくなる、なかなかお堅い文字なのだ。

 それならば、まだ古代文字の方が曲線がそれなりにあるので装飾しやすい。


「それなら……こうしてみたら?」

「タクト、そりゃ、古代文字……か?」


 レンドルクスさんに頷いて、以前お貴族様蔵書の修復した後に表題書き直し時にデザインした『装飾古代文字』で書いたものをトリセアさんにも見せる。

 今回、古代文字の方は読めなくてもさほど問題はないから文字自体を装飾できるし、その下に現代文字でなんて書いてあるかを少しだけ小さく書くのだ。


 あちらの世界ではよくあったよね、華やかなカリグラフィーの英語やフランス語の単語とか商品名の右下などに、小さく日本語の漢字かな混じりで訳が書かれているもの。

 フレンチレストランのメニューなんかでも、頻繁に見たものだ。


「なんか、いいわね、これ! 古代文字で書かれたものって伝統的って感じもするし、高級感も出せるし!」

「うん、現代語でなんて書いてあるかが一緒になってりゃ、理解もできる。古代文字の方は『模様』とか『装飾』にも見えるから目を引くな」


「だけど、もう少し可愛い感じも欲しいわ……最近、女の子達同士が『お揃い』の硝子細工を持つのが流行っているのよ」

「そうなんですか?」

「ああ、タクトが前に作ってくれた……ほら、ふたつでひとつの絵柄になるっていう身分証入れ、あっただろ。それもだが伸糸部品の装飾も揃えで友達同士で持つってのが、最近増えたんだよ」


 そういえば、伸糸部品の表側にキラキラの飾りを付けて売っていたっけ……

 あれの作製は【強化魔法】だけだから、俺は装飾前しか見ていないんだよな。

 確かにケースペンダントより安いし、色々と取り替えて使いたくなるものだよなー。


「高級感もいいんだけど、可愛いものも沢山あるって解って欲しいのよねー」

「じゃあ、硝子自体に模様を付けるとか?」

 色を付けたいんだけど、細かい絵柄だと大変になるってことらしい。

「……タクトくん、前に貰ったあの硝子の花束みたいに、色が付けられない?」

「あの色は……もうないんですよ」

 あるけどね、あれからも買い足しているから素敵な色のインクは沢山。

 だけど、流石にあちらの世界のインクを大っぴらには使いたくないんだよねぇ、もう。


 レンドルクス工房では、ステンドグラスの技術がある。

 それを使えば、かなり美しい装飾絵が描けるはずだけど……面積が大き過ぎることと、時間がかかり過ぎるってことだろう。

 んんん、ではもっと簡単で、硝子細工に見えるものをやってみてもらおうかなー?


「この絵を硝子に半透明にして転写しますね」

 うん、うん、とふたりが頷く。

 取り出した『絵』は、レシピ本のために写した林檎りんごの写真……というか、解像度が粗めなので絵に見えるもの、である。


 アップルパイの材料説明で使ったんだよね。

 最近は、フルカラーのレシピ本も作り始めたのだ。

 真っ赤な紅玉みたいな艶々林檎と、王林のような青林檎が並んでいる。


「で……この透明な硝子粒を、この林檎の絵の上に敷きつめて……魔法で絵に接している部分を平らにして……」


 裏がつるつる、表はビーズが敷きつめられているようにでこぼこしている。

 この片面ビーズプレートを林檎の絵にぴたりと貼り付けると……はい、まるで色つきのビーズで絵を描いたかのような見た目になりました。


「色硝子じゃないはずなのに、色硝子で作ったみたい……!」

「おお、近付いて見ても、ただの透明な硝子粒だとは思えねぇな。細かい色分けができてて……すげぇ」


 これは所謂『ビーズ印刷』のやり方と一緒である。

 ビーズ印刷は、オフセット印刷で書かれた絵を刷り、その上にスクリーン印刷で糊を刷って色のない透明なビーズを貼り合わせているものがメジャーだ。


 今回は糊を付けていないので、密着性を高めるために集めたビーズの片面をつるりとさせた。

 色は下絵の色が透けているだけなのだが、まるで一粒一粒色の違うビーズを貼り付けているかのように見えるのである。


「これなら簡単だし、どんなに細かい色使いの絵でも色硝子の粒で作ったような効果が出ますよ」

「レンくん、これなら硝子全体の飾りもできるわよね!」

「ああ、おまえがやりたがっていた『硝子全部を絵で縁取る』ってのも、簡単だな」

「硝子の周りを蔦と葉や花で飾って、その中にタクトくんの文字で書いてもらうの! きっと綺麗だわ!」


 おおおー、なかなか派手な感じになりそうですなぁ。

 実際に文字をどのように入れるかってことは、硝子に入れる模様が決まってからということになりました。

 古代文字に使う書体の候補を幾つかあげたので、後日決めたものの連絡をもらうことにした。


 ふむふむ、教会の方の看板も聖教会だから古代文字で書いて欲しいって言われたんだよな……

 装飾文字にして現代語も添えるやつも書いてみて選んでもらおーっと。


 こりゃ、古代文字プラス現代語訳の表記、流行るかもなぁ。

 ふふふふふ、もう二、三種類、書体を考えておこうかなーーっと!

 たーのしみぃーー!

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