第723話 理解を超えるフィールド

 俺が声をかけた途端に、レトリノさんが凄い勢いで謝ってきた。

「申し訳ございません、タクト様っ! 妹がこのようにご不快な格好で……」

 カーラさんが一瞬、レトリノさんを睨んだ後に俺に向いたかと思うとすぐに顔を背ける。

 きっと……今までもさんをはいて嫌な想いをしたことがあるんだろうな。


「いいえ、別にカーラさんの装いは失礼なんかじゃありませんよ。素敵だし、似合っていらっしゃるじゃないですか。ね、アトネストさん」

 急に振られたアトネストさんはびくっとしたが、首をブンブンと縦に動かす。

 ショートヘアのパンツルック、カッコイイですよ。


「俺は冒険者の女性ってもっと露出が多い変な格好しか知らなかったんですけど、こんな素敵な装いだったらよかったのにと思いますよ?」

「タクト様……冒険者の女性、ご存知なのですか?」


 ミオトレールス神官が尋ねてきたので、何人かがうちの食堂に来たりとんでもないことをしでかした人を見たことがある……とだけ伝えた。

 ほぼ全員が犯罪者だったから、冒険者と言っちゃいけないと思うけどね……


「皇国に来る冒険者は少ないですから、変な人が目立ってしまうと全員がそうだと思っちゃいがちですけど。冒険者でも信用できる人や、いい人もいますよ」

 するとカーラさんはちょっとだけ安心したような感じになったが、なんとなくもじもじしている。

 なんだろう?


「いえ、その、冒険者……というと、ガタイが大きかったり、女性でも筋骨隆々……な感じじゃないですか? あれが……ちょっと、苦手なのです」


 カーラさんは……女性であることに違和感があるとか、男性でありたいという訳ではないのかな?

 細マッチョもマッチョも苦手で、細身の男性がいいってだけ……?

 いや、自分がそのように装って『僕』って言うくらいだから、恋愛対象としての好みってことじゃなくって……あっ、もしかして!


 所謂『男装の麗人』がいいのか?

 あくまで感性は女性でありつつ、男性としてのファッションや振る舞いを楽しんでいるだけ……ってことなのか。

 男装の麗人って言うなら、確かに『王子様っぽい』イメージだから貴族言葉も使うよなぁぁぁ!


 しまった……そのゾーンだと、俺には理解の範疇を超える世界だ。

 日本で、あの戦前から続いていた『少女歌劇』のお好きだったおば様達の『男装の麗人』への憧れとか熱狂が全く理解できず、随分と……諭されるように説教されたことがある。


 いや、衣装とか舞台装置は綺麗だと思うのだが、俺の好感度センサーにはぴくりとも反応しないジャンルなのだ。

 同様の理由で歌舞伎もよく解らない……どちらもコスプレにしか見えないって言ってしまった時の、おば様達の冷ややかな怒りの視線が忘れられない。


 本人が着たいというのなら、まだいいんだ。

 人が着ているのを見てそれをどう思うか、と言われてしまうと『なんとも思わない』のである。

 似合うならそれでいいし似合わなかったとしても好きなら構わないと思うし、嫌悪感もない何もないけど好きにもならないというだけだ。

 感想を求められたりしても困るだけだし、賛成も反対もないのである。

 無表情になってしまった俺に、カーラさんが問いかけてきた。


「タクト様には、もっと華やかなお衣装が似合いそうだと思うのですが……お嫌いですか?」

「すみません、仕事がしづらそうで無理です」


 あ、即答しちゃった。

 もしかして、俺をやたら見ていたのは『そういう服を想像で着せて楽しんでいた』……とか?

 細身の男性が好きというのは『男性としての好み』ではなくて『男装の麗人に近づけられそう』なんていう……トンデモ発想っ?

 それとも『この人なら女装もイケる』なんて意味だったり?

 え、それって、当然ながら異性として見られていないってことだよね……地味に凹むぞ。


 なんだろう、全然そーいうこと言われたいとか思っていないのに、はなっから『自意識過剰ってやつでは?』って言われちゃったみたいな感じ。

 ヤダ、何それ、悲しい……

 ま……ジェンダー問題みたいな深刻なことじゃなくって……よかった、と思おう。


 一瞬、俺がイスグロリエスト大綬章の授章式とか、舞踏会の時に着せられた服を思い出しちゃったよ。

 あれ見られていたら……ちょっと大変だったかもしれない。

 でも……晴れ着の方より、陛下達のと晩餐会で着せられた服の方が、やばかったか?

 お貴族様のヒラヒラ普段着、きっとカーラさんのお好みだと思う。


「お仕事は、魔法師様……なのでは?」

「食堂の給仕です」

 カリグラファーだとしても、ヒラヒラ衣装は必要ないけど。

「それも素敵ですね……! 図抜けた才能がおありなのに、世を忍ぶ仮の姿でお過ごしになっているということですねっ!」


 カーラさんの回答が斜め上……別に俺は正体を隠している仮面ヒーローってんじゃないぞ?

 いや、そういう『ワケあり設定』が好きなのかもしれない。

 悪い人じゃないんだろうけど、会話は疲れそうだなー。

 俺がどう反応していいか解らずにいたら、レトリノさんがカーラさんを制止してくれた。


「いい加減にしろ。おまえはどうしてそうも妄想癖があるのだ!」

「ただの娯楽でしょう、大袈裟な……あ、いえいえ、タクト様を玩具にしようという不届きなことではございませんよ!」


 いやいや、思いっきり『娯楽』って言うてますやん。

 いかん、似非関西人みたいな喋りになってしまった……


「カーラさん、妄想は構いませんが頭の中だけに留めておいてください。そちらの方がいいと言われてしまうのは、今の自分が否定されている気分になって……あまり心地良いものではないので」


 ちょっとストレートに言い過ぎたかと思ったけど、きっとこの人は笑って誤魔化す戦法も曖昧回避も通用しないタイプだ。

 都合のいいように解釈されて、肯定していると取られてしまう確率が非常に高いことはカルチャースクールのおば様達で経験済みである。


 若干、上から目線な感じもするしね……まぁ、彼女の方が年上だろうし、俺に敬称を付けているのだってレトリノさんがそう言っているからってだけだろうし。

 魔法師である俺に対して持ち上げるようなことを言ってるのも、おそらくここに教会関係者が集まっているから……だろうねぇ。

 にこり、とカーラさんは微笑み、なぜか……『嬉しいです』と言った。


「何も否定されず、かといってご自身を偽らずにお気持ちを正直に言っていただけたのは……初めてです」

「……俺の言葉は、取り繕って言っただけかもしれませんよ?」

「いいえ! 絶対に違います。解っちゃうのですよ……そういうの。なんとなく、ですが」


 魔眼ではなさそうだけど、もしかして、精神系とか魔力を判別したりできる技能か魔法があるのかもしれない。

 彼女は……試していたのだろうか。

 自分の好みを敢えて押しつけるように振る舞うことで、その人が信頼できるかどうか。

 そんな風に人を試さなくては、不安だったり苦しむことになったりする環境だったのだろうか。

 それならば……少しだけ、解る気もする。


 周りに気を遣われたり、避けられたり、なんとなく良く思われていないことは魔法なんてものがなくても伝わるものだ。

 その原因や理由は人それぞれで、全てを理解はできないけど。


 彼女は家系魔法を失ってしまった元従者家系で、他国人の血が入っているから魔力が少なくて、だけど女系従者家門当主のようにさん乗衫じょうさんを身に着けていたら……コレイルでは、陰口なども言われたのかもしれない。


 臣民達からは元下位貴族ということで、元従者達からは他国民の血筋ということで、教会関係者達からは魔力が少なく家系魔法を持たないということで……自分自身を見てもらえず不当な評価を受け続けたとしたら、自分の身を守るために近くにいる人を試してしまったとしても当然だ。


 まず信頼するところから始めるべき、なんてご大層なことを言う人達は幸せに生きてきた人達だから言えることだと思う。

 俺もそう言ってしまいがちだから、きっと幸せに生きてこられたのだろう。


 だけど、生き物というのはまず自分を守るために他者を警戒するのが、当たり前の行動なのだ。

 だからこそ、それを乗り越えて試すことなく他人を受け入れ、信じられることが尊いと言えるのだと思っている。


 試されたことを怒るのは、平和ボケで他人に対して図々しい期待をしているだけ。

 誰でもどんな場面でも、少なからず人は人を試すのだ。

 そうして傷つかないように、傷つけないように生きていこうとするのは……きっと、言葉と個々に違う価値観を持った『人』という生き物が一番だと思う。


 こんな風に頭で理解はしていても……実際に『試された』なんて思ったら、ちょっとカチンとくるのも……多分、普通のことだろう。

 おっと、神職の皆さんがカーラさんが俺を試すような真似をしたということで、階位的なことを問題視していそうだな。


 俺が気にしていないと解るようにちょっと話題を変えようと、別のことを尋ねてみる。

 今まで女性があまり普段着として身に着けていないファッションを着用したいと言うことも含まれているならば、売り手か作り手かに興味がありそうだよね。


「……カーラさんは、服飾関連にご興味があるのですか?」

「それを言い当てたのも、タクト様が初めてです」

 レトリノさんがまた、驚きの声を上げた。


「えっ、そうだったのかっ? 俺はてっきりおまえは染料作りが好きなのだと……」

「布に染め付けをするのは好きですよ。だけど、染料を作りたい訳じゃありません。この町では工房は殆どありませんけど、以前、ファルスから染料を届けているという工房を聞いたことがありましたので、探しています」


 染め付け……あれ?

 なんかどっかで聞いた記憶が……あ、そうだ、フーシャルさんだ!

 この町では画家としての活動だけじゃ食べていけないという人が多いから、みんな何か仕事をしながら絵を描いて王都の品評会に出したりしている。

 フーシャルさんは確か『染付絵の工房』で、ハンカチやバッグの内貼りにする布に絵を描いていたはずだ。


 カーラさんにフーシャルさんかマダム・ベルローデアに聞けばきっと解る、と言って辺りを見回すと、丁度お絵かき教室の終わったばかりのマダム・ベルローデアがいらしたので紹介をして事情を話した。


「んんっまっ! そぉですのねっ! ええっ、よろしくてよ。あたくし、ご紹介いたしましょ!」

「ありがとうございます、ベルローデアさん 」

「感激です……! このように素晴らしい夫人にお力添えいただけるなんて!」


 ……あ、そっか。

 マダム・ベルローデアも貴系傍流の方だったっけ。

 ストライクなんだね、カーラさん的に。


 ふたりはいそいそと遊文館を後にして、エントランスには成り行きを見守ることしかできなかった教会関係者達と俺だけが取り残された。

 ……その去り際に、カーラさんが今度食堂に伺いますね、と言ったような気がしたけど……スルーした。


 はぁ……

 やっぱ、カーラさんは……ちょっとフィールドが違い過ぎる気がする。

 マダム・ベルローデア、どうかよしなに!


*******


『アカツキ』爽籟に舞う編・39▷三十二歳 繊月二十日 - 昼3(1/16 12:00UP)とリンクしております

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