第721話 吃驚目白押し?

 いやいや、どうもお疲れ様でした。

 書庫の横に造りましたレストルームで、ひと休みしていただきましょう。

 カフェオレとナッツのサブレでおやつタイムです。

 なんだか、皆さん放心していらっしゃるご様子ですしね……


 こういう『工場プラント』は見たことなかっただろうし、想像の範囲外だと思いますしねぇ。

 でも、あちらの世界みたいに水耕栽培でジャガイモやトマト作っている訳でもないし、土を基本的に使用しているからそんなにイメージ沸かないものでもないでしょ?

 大地の加護から完全に離れちゃう水耕栽培だと、野菜達の加護キラキラ具合が変わっちゃうんだよなー。


 吃驚し過ぎてぐったりなさっているご様子ですな、皆さん。

 声を殆ど出していない神務士トリオが特にヘロヘロな感じだけど、大丈夫かな?

 俺の魔力にあてられちゃうって程のことは、ないはずなんだが……

 甘いものでも食べて、気を持ち直してくださいね。


「……いろいろ、衝撃的でございました……」

 呟くようにテルウェスト神司祭が声を出すと、一気に皆さんの口も回りだし質問タイムになってきた。


「タクト様、あの甘藍は魔法で育てていらっしゃるのですよね?」

「えーと、魔法に頼るのは早く育てるためという時だけで……基本的には温度と日照の調整だけですよ」


「全部おひとりで管理していらっしゃるのですよね?」

「そうですねぇ、今は俺の魔法と技能でしかここの環境が維持できないので」


「……『今は』でございますか?」

「はい。全てではありませんけど、ある程度なら俺の魔法がなくても技術があれば整備できるものなんで……それが確立できたら、俺以外の人の魔法や技能でもこのやり方はできるんですよ」


「このような地下栽培が可能であれば、確かにこのシュリィイーレでは大きな助けになりますね……!」

「冬場は何も入って来ませんからね。少しだけでも、助けになると思うんですよ」


 俺が作っているのは、遊文館とうちの自販機に欠品を作りたくないだけなんだけどね。

 結果的に誰かの助けになっていれば、これ幸い。


「あの……この部屋の隅にございます、あの水の中のものは……?」

 おずおずと聞いてきたアトネストさんが見つけたのは、アコヤ君を入れたちょっと大きめの金魚鉢風の水槽である。

 十枚ほど育てていた俺の部屋のアコヤ君のうち同じ属性魔法で反応したものを環境を変えて育てたら、真珠の生成に違いが出るかどうかを見たかったのでここに置いているのだ。

 だから、今ここでは青属性、赤属性、聖属性で反応する三枚を育てている。


「あ、あれは、真珠貝……でございますか!」

 お、シュレミスさん、よく解ったな。

 ミューラの南には、真珠貝もあったのかな?


「そういえば、タクト様はイスグロリエスト大綬章報奨の真珠貝をお育てでしたね。この地下でも、生きていられるのですね……」

「環境は整えていますけど、本物の天光が差さないとどうなるかを、俺の部屋の窓辺においているものと比べようかと思いまして。あ、テルウェスト神司祭に差し上げた『青真珠』は、実は俺の部屋の貝から採れたものなんですよ。色々な魔法をかけ続けて育てたら、凄く早く真珠を作ってくれて」


 ……全員が固まってしまった。

 まぁ、ビィクティアムさんに話した時も結構驚かれたし、きっと賢魔器具統括管理省院に届けてもらう予定のレポートの方もそこそこ物議を醸すと思いますけどね。

 なんせ、皇国初の『真珠の魔法養殖』な訳ですから。


「タクト様、その青真珠を作る魔法とは……特別なものなのですか?」

 テルウェスト神司祭が考えているのは神聖魔法かどうかってことだろうけど、真珠の青みについては『湧泉の水筒』の水を入れつつ塩分濃度調整にセラフィラントの海塩を入れていたら反応していたアコヤ君から採ったものなんだよね。

 だから、色に関してはほぼ俺の魔法は使っていないのだ。


「真珠が巻き上がるのを早める効果がどの魔法にあったかは……ちょっとよく解らないんですけど、真珠の色については青属性の『湧泉の方陣』の水を使ったことが要因のひとつだと思うんですよ」

「では、真珠に属性魔法の色相が反映されているということですか?」

「海のものって、魔法の加減などによって不思議な生育をするんですよね。個体によって吸収できる魔力も違うみたいですし、どの貝でも青くなると言う訳ではないみたいです」


 テルウェスト神司祭は、青天の霹靂というようなお顔である。

 そうだろうなぁ……普通、貝に真水である魔法由来の水を塩を足してまで与えようなんて思わないもんねぇ。

 水槽で飼うにしたって、海の水を入れればいいだけだし。

 そもそも、水槽で海のものを飼うってことも……多分、しないし。


「それにしたって、あんなに真球に近い歪みのない真珠ができたのも不思議で……」

「あ、それは核に真球に近いものを埋め込んだせいですね。たしか、帆立という貝の貝殻で作った球を、埋め込んだものだったはずです」

「えええっ? 貝に何かを埋め込む……?」

「はい。俺の生まれた国では、世界に先駆けてそのような方法で真珠養殖を……」


 あっ、いけねっ!

 ニファレントで真珠作っていたことになっちゃうぞっ!

 あー……しまった、時既に遅し……覆水盆に返らず。

 皆様が口々に、流石にニファレントの技術は素晴らしい、なんて頬を紅潮させていらっしゃる。


 うぁぁぁぁぁ気を付けなくっちゃあぁぁっ!

 もう安易に『生まれ故郷の』ってやつが使えなくなっちゃったよぉ。

 これ以上ボロを出さないうちに、社会科見学は終了ですっ!

 皆様を遊文館一階エントランスにご案内っ!



「あああ、あのっ、タクト様っ」

 頬が紅潮したままのシュレミスさんに、別れ際に捕まってしまった。

 そして、こそこそっと耳打ちをされた。


「あの部屋は……セラフィエムス卿もよくご覧になっていらっしゃるのですか?」

 お貴族様大好きシュレミスさんは、ビィクティアムさんがよく行く場所かもってテンション上がっちゃったのか。

 なので残念ながら、と俺もこそっとお伝えする。


「あの場所は今まで俺以外のどなたも案内したことはありません。皆さんが初めて、です。もう少ししたら……ビィクティアムさん達にもお見せする予定ですけどね」

「そうだったのですかっ!」


 ごめんねー、推しの通う場所じゃなくって。

 だけどシュレミスさんと、それを聞いていたミオトレールス神官ヨシュルス神官はなんかご機嫌なままだ。

 なんならさっきよりちょっと、はしゃいでいる。

 あ、これからビィクティアムさんも見るよって言ったからか。


 そうだ、忘れないうちにレトリノさんに謝っておかねば。

 俺はレトリノさんに妹さんについて他意があった訳ではないと、ただ俺が失礼だっただけとお詫びをした。

 逆にこちらこそ、とレトリノさんに謝られたが、カーラさんは細身の男性がお好みらしく、どうしても見つめてしまう癖があるらしい。

 ちょっと怖くなってカーラさんが何か言っていなかったかと伺ったが、どうやらおうちを決めたあの日以来会っていないという。


「はい……あいつ、すぐに職探しに行ってしまって。その後は……まだ連絡が来ないので、仕事探しの最中かと思い、連絡をしていないのです」

「そうだったんですか。お仕事が早く見つかるといいんですけど、今まではどのような?」

「ファルスという町で染料工房にいたのですが、あいつはあまりそこの仕事が好きじゃなかったみたいで……今は何をしたいのか……」


 技能や魔法があるからって、その仕事が好きとは限らないもんなぁ。

 できることを優先してやるか、やりたいことを諦めずに目指すかで随分と覚悟もスタンスも変わる。

 シュリィイーレでやりたいことを見つけられるといいんだけど、結構この町の職種って限定的だからなぁ。

 それに魔力量も結構関わってくるから……お仕事、見つかるといいねぇ。



「あ、お兄さま……」


 その声に振り返ると、そこにはカーラさんがいた。

 遊文館にようこそ……って、なんか初めてお会いした時と印象が違う気がするけど……?


「カーラ! おまえ……髪を切ったのか?」

「ふふふっ、軽くっていいですよ、短いと! この町は短髪の女性も多いし、髪剪師かみきりしの方も色々な形を選ばせてくれて素敵です!」


 あー、なるほどっ!

 髪型が違うのかー!

 気付かないんだよねぇ……そういうのってさ。


 いやいや、ロングからショートになったなら解るよ?

 だけど、シュリィイーレの女性はどなたも必ず、髪は纏めてアップにしているからさ。

 ショートみたいなものでしょ、そういう髪型の印象って。


 だけど……なんでまだレトリノさん、そんなに驚いているんだ?

 えーと、他に違和感があるところなんて……


 ……

 ……


 解らん。


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『アカツキ』爽籟に舞う編・37▷三十二歳 繊月二十日 - 昼1とリンクしております

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