第717話 スケジュール管理は大切です

 スイーツタイムも終了し、一時閉店の時間にガイエスがひょっこり顔を出した。

 すまん、フォンダンショコラ、売り切れちゃったぞ。


「いや……デルデロッシ医師の件……ありがとうな。なんか結局おまえに馬を買わせちゃったみたいで……無理して買ったんじゃないのか?」

「無理なんてしてないよー。俺、エクウスのこと好きだしね。いくらおまえの頼みだからって、嫌いなものとか必要ないものになんて金は出さないって」


 どうやら俺がエクウスの馬主になったことで、無理をしたのではないかと思ってくれたみたいだな。

 へーき、へーき。


「なんかさ、俺ここのところちゃんとおまえの依頼ができてないのに、色々頼んじまってて……」

 ん?

 そーでもないぞ?

 あちこちの面白そうな本とか資料も送ってもらったし、水牛の乳の方はアリスタニアさんにちゃんと依頼しててくれてたから無事に届いてるし。

 送ってもらった植物や土とか、石の中の粘菌くん達についても研究中だしね。


「でもさ、なんか……」

 うーむ、真面目な冒険者さんだねぇ。

「じゃあ……頼み事、してもいいか?」

「ああ、勿論だ!」

「ロンデェエストの南側に『玉黍』があるはずなんだ。マントリエルの『柔玉黍』と違う品種だと思うからさ、その種を買ってくれないか?」


 マントリエルのものがスイートコーンかどうかがまだ解らないから、ロンデェエストの軟粒種と掛け合わせたりシュリィイーレに来ている硬粒種と合わせて品種改良ができたら甘みの強いトウモロコシに辿り着けないかと思って。

 今はどれも家畜の餌だというのなら、甘くして食べようとはしていないってことだもんな。

 皇国って基本的に食べものに不自由していない国だから、品種改良してまで食べられるようにしようと考えていないんだと思うんだよ。


「解った。今度こそちゃんと……あ、しまった、綴り帳……買い忘れた」

「え?」

「色々と忘れることが多いから、書き付けておこうと思ったんだよ。だけど、綴り帳が南東市場で売り切れてて。東市場に行くの、忘れていた」


 おや、メモ帳か……ならば、試作品で作ったスケジュール帳を一冊差し上げようか。


「……暦帳?」

「そう。予め見開きでひと月分になってる部分は、月と日付が書かれているからいつまでに何をやるかを効率よく書いておけるし、その日に何があったかもこっちの五日ごとに区切ったものなら書く場所が大きいから書きやすい。やるべきことは『月決めの見開き』で、自分が見たり感じたりしたことは『五日区切り』の方に書き込むって決めると管理がしやすいだろ?」

「うん、これ、いいな。ちゃんと千年筆をここにくっつけておけるんだな」


 はい、箔押し付きの布製カバーにはペン収納もできるようにしておりますよ。

 伸縮タイプだったら、飛び出すこともないのでよりコンパクト。

 いいのか、とおずおずと聞かれたので、試作品だから使い勝手を教えてくれと頼む。


「罫線がないところには見たものの絵を描いておくとか、地図を簡単に描いておくとかもできるし、何に使ってもいい」

 俺はブロック式のものだけでよかったんだけど、行タイプがいいとか、大きめのマスがいいとか人によって使いやすいものが違うからね。

 どんなものが使いやすいかを確認してもらうために、マルチタイプにしてみた訳ですよ。


 どんな風に使っているか、俺のものを見せるとなんだか難しい顔になる。

 なんで?

 あ、もしかして剪定とか作付とかまで書いてあるからか?

 メロン様のお世話は、俺がやってるからさー。


「おまえ……司祭様達の生誕日とか、知ってるのかよ……」

 そっちか。

 まぁ……神職の方々の生誕日なんて、普通は聞かないんだろうな。

「うん。この間、聞いた。あ、そーだ、おまえのも教えてよ!」


 ちょっと呆れたような顔をしつつ、ガイエスは晦月こもつき二十六日、と教えてくれた。

 ほほぅ、真冬か……じゃあ、ここに来いとは言えない時期だなぁ。

 シュリィイーレ、閉まっちゃうし。

 お祝いは『転送の方陣』でお届けしてあげよう。


「おまえは?」

「え?」

「だから、おまえの生誕日。俺も教えたんだから、教えろよ。暦帳に書いておく」


 そしてガイエスは、教えた朔月さくつき十七日をくるくるっと丸で囲んで『タクト生誕日』と書く。

 ……一番最初に俺の誕生日書くとか、何それ。

 めちゃくちゃ照れるんだが……そーいえば、友達に誕生日教えたのなんて……小学生の時以来だな。


 中高はほぼ『ぼっち』だったし、若干どころか結構人付き合い悪かったしー。

 カルチャースクールや書道教室は、毎日じゃなかったから……そういう会話をするほどの友達は……いなかったっけな、そういえば。

 本当に、俺って淋しい生活していたのかもしれない。

 過去の俺、ドンマイ。



「あ、そーだ! ガイエス、ちょっと面白そうな方陣があるんだ! 一緒に見よう!」


 そうそうっ!

 あの【中和魔法】の方陣が刺繍されていたという、切れ端の復元ですよ。

 折角だし、ガイエスにも見ておいて欲しいからな!

 部屋に引っ張って行ってエーテナムさんから貰った布を取りだして……おっと、お菓子も用意しようか。


「これに方陣?」

「刺繍の色が禿げちゃったり、ほつれているところがあるんだよ。今、全部復元すっから」


 いつものようにサクッと復元して……おおっ、赤い刺繍糸だったんだな。

 陽が当たって色褪せちゃったんだろうね。

 んんん?

 図形に『円』が出てくるかと思っていたんだけど……違うな。

 皇国でも使える方陣かな?


 五角形ってことは、青属性……呪文じゅぶんはタルフ語みたいだけど……古代マウヤーエート語?

 いやいや、違うな、これハーミクトのものに似ているんだ!

 あのビィクティアムさんがカシェナから貰ったって本、その幾つかの文字の中に似ているものがあったから間違いあるまい。

 昔はタルフとハーミクトが交易していた時期があったのだから、その時代に手に入れた方陣なのかも。


「ガイエスが送ってきた、マイウリア王宮の石板に書かれていたものに似ているな」

 あれもハーミクト語によく似た文字だった。

 そして図形の配置も似てはいるけど、あっちはこんなにダラダラと呪文じゅぶんが長くはなかった。


「ああ……そうだな。でも、石板の方が均整のとれた五角形だった」

「うん、左右の角の大きさが同じようで、均衡がとれていた。そういうものは『空系』に多いから、石板の方は空気に対して影響する魔法の方陣だ」


 刺繍の方も空制に形が似ているが、呪文じゅぶんは違う。

 でも一部分が鋭角になっている五角形も幾つか含まれているから、水に対して使う空制?

 いや……空制じゃなくて……空圧の方か?

 くあー!

 なんだってこう回りくどくて無駄なことばっか言ってる呪文じゅぶんなんだ!


 ガイエスとマイウリア語と古代マウヤーエート語で書かれた古い表現をあーでもないこーでもないと捏ねくり回す。

 ハーミクト語と古代マウヤーエート語は、そこそこ共通点も多いし時代がハーミクトとの関わりがあった頃のものだというならばそれを訳したりしてタルフで解るようにしていたはずなんだ。


 だが、如何せん字があまり綺麗じゃないってことと、刺繍だから付けられている飾りなのか文字の一部なのかで、読み取る意味が変わってしまう単語まであるってことが難解になっている一因だ。

 ガイエスが送ってきた石板の複製品も横に置き、照らし合わせてみたりとなかなか大がかりになってしまった。


 漢字でも『大』に変な装飾つけたりしたら『犬』とか『太』に見えるようになっちゃったりするじゃん?

 知ってさえいれば全く間違えようがないだろうと思うのだが、知らない人が形だけ見たら『天』に見えちゃったりもする感覚と似ているのだ。

 だから、ハーミクトの文字を正しく知らない人がデザイン的にくっつけた飾りが、別の文字と錯覚させているってのもあるんだよ、おそらく。


 自動翻訳さんが空白にする単語って、似たものがいっぱいあるよっていう『選択肢が多過ぎて確定不可』っていうのが原因だったりするんだよなー!

 ハーミクトも古代マウヤーエートの文字も、くるくる丸っこいのが多いから余計に判別が付きにくいのかもしれない……


 でも……こうやって誰かと意見を出し合いながらっていうのも……ちょっと楽しいから……

 ま、いーか。


 さーて、解読した『中和の方陣』描き出してみようか!

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