第718話 方陣の理由

 はい、できあがった『中和の方陣』は、どうやら白属性の魔法。

 重なる五角形は青属性だけど、技能の図形で『抑制』が入っている。

 そして何かを『指定して除去する』ような作りだ。


 だから……これは何かを足して『中和』するというより、不要なものを『除去』することで『偏りをなくす』って感じだね。

 ふたつも技能の図形が橋渡しで使われているから、まぁ……中位の魔法だろうな。

 描き出した方陣を眺めている俺を、ガイエスが覗き込んで尋ねてくる。


「海で使えそうか?」

「いやぁ……使えても波打ち際くらいかなぁ。必ず足を地面に付けていないと駄目だな、これも」


 海に浮いている時でもこの方陣は壊れはしないが、働かないものだね。

 ガイエスがタルフの海岸付近で泳ぐ魔獣を見たと言っていたから、東の小大陸には皇国の海岸ではあり得ないほど近くまで、海獣類に似た魔獣が近寄ってくるのだろう。

 その魔獣を近寄らせないための、防御の魔法を方陣にしたと思われるものだ。


「自分の周りに空気の層を作り、それに触れている一定範囲の海水から『海水としての特徴を抑制』する……って感じかな」

「海水としての特徴って……塩辛いってことか?」

「そう。この除去は『塩分』に対して行われている。だから、この魔法は海に浸かった部分の自分の周囲に空気で膜を作り、その膜に触れている部分……大体、こぶしひとつ分くらいの厚みの海水を真水に近付ける。それによって、海の中にいる魔獣や魔魚に魔力を探知させないようにするのが目的の方陣だろうな」


 両手足とか、腰くらいまでに幾つか描いて海に入ったのだろうな。

 それによって、沿岸部の貝や海藻などの採取をしたのかもしれないし、ガイエスが言っていた海底に接して進む方法の『輪船』であればこの方陣で海からの襲撃はある程度防げたのかもしれない。

 だが、完全に海水に浮いてしまう『高船』にはまったく意味のないものだし、やはりこの方陣は東の小大陸で使われていたものであっても『地系』である、ということだ。


「それって……海底を歩いていさえすれば、完全に潜っても使えるという意味か?」

「理屈で言えばそうだけど、実際には無理だよ。この方陣で全身を包むと、口も鼻も塞がるからね。地上にいても息ができなくて死ぬよ?」


 ガイエスとしてはいいこと思いついたと思ったのだろうが、無茶言ったらいかんでしょ。

 この方陣は、絶対に首から上に描いちゃ駄目なやつだよ。

 あー、モヤッとした顔になっちゃったよ。

 しょうがないって、海の中は!


「ま、使い勝手は悪そうだけど、これはこれで面白い方陣だったよなぁ」

「……タルフでは必要だったんだろうな。地下回廊なんてものを造っていたんだから、腰くらいまでは海に浸かることもあったかもしれないし……」

「昔はその作業ができるようになるのが、その方陣を渡されて認められた人達だけってことだったのかもなぁ」

「渡されて?」

「ああ、タルフでは十七歳の神認かむとめで貰う方陣なんだってさ。マイウリアでもそういうの、あったのか?」


 俺は何気なく尋ねただけだったのだが、ガイエスが考え込んでしまった。

 思い当たるものでもあったんだろうか?


「俺も……あの方陣を貰ったな……」

「どれ?」

「おまえが『祝福支援』って言っていたやつ」


 ……なるほど。

 道理で皇国の魔法でも技能でも、当て嵌まりそうなものがないと思っていたんだよな。

 あの方陣は間違いなく聖属性だと思うんだけど、『生命の書』にはあの技能に似た説明のものは何もなかった。

 他国にルーツのあった聖魔法か聖技能というのであれば、納得だよな。


 もしかしたら、一番最初にマウヤーエートが神々から貰った言葉で書かれていて、今でもその血統を継ぐ『マウヤーエート人』が生きていたら……その技能はきっと、とても素晴らしい聖技能だったのだろうね。


 もしかしたら、英傑か扶翼、どちらかの魔法を支援する技能だったなんてことも考えられるよな。

 ……ただ……マウヤーエートが神々に願ったことが、残念ながらその聖属性技能を活かせないものだったから……なくなってしまったのかもしれない。


 聖属性は『その国のため』に与えられるものだ。

 ガイエスが持つ『祝福支援』は、マウヤーエートに起源を持つ人達が獲得できる可能性がある『聖技能』かもしれない。

 それもこれも、神々が『マウヤーエートに与えた神約文字』が残っていたら、だが。


 皇国の神約文字は皇国のもので、皇国語の名前を持つ者達のもの。

 残念ながら、マウヤーエートの聖魔法復活にはなんの力にもならないだろう。


 かつての人の魔法が愚かな行為で失われてしまっても、こうして方陣の魔法や技能が残る。

 だからそれが繋がり続け、いつか結ばれて誰かの中に魔法や技能として花開いたら神々も喜ぶんじゃないだろうか。


 なるべく多くの魔法が方陣として残せたらとは思うけど、方陣にならない魔法の方が多いんだよな、皇国のものって……

 それもあるから教会も貴族達も、それを繋いでいくことに何よりも必死になるのかもしれないね。


「マウヤーエートでは、自分を犠牲にしてまで仲間を助ける魔法か技能が必要だった……ってことなのか?」

「うーん……そうしたいと願えるほど、素晴らしい仲間が居た……ってことなのかもしれないね。魔法は心からの願いが形になるもので、技能はそのために必要だから手に入るものだからね」

「なのに、分裂したんだな……」

「……そういうことも、あるよ」


 多くの人が同じ場所で生きていても、その生き方に違いが出て当然だ。

 他者を認められるか、許せるか、賛同できるか……は、強制するものじゃないからなぁ。

 それに人は自分と違うものは認めにくいし、知らないものは怖がるものだ。


 でも、一度手放してしまえば、二度と手には戻らない。

 どんな信頼も願いも、いつまでもは続けられない。

 安易に『壊れてもまた手にできる』と簡単に考えいてるのかもしれないけど、それはない。

 絶対に、ない。

 全てが一期一会で、唯一無二なのだ。


 だから、似たようなものは手に入るかもしれないけれど、同じものではない。

 一度散った花がまた同じ場所に咲いたとしても、それはその前に咲いた花とは別のものなのだ。

 だから、その花をしっかりと見て、咲いてくれてありがとうって言ってあげないといけないんだと思うけど、なかなか……そうできないのも仕方ないのかもしれないね。

 無くしてしまってから初めて気付くってことも、きっと多いから。


「どうする? 試してみるか?」

 ガイエスはちょっと海に対してトラウマがあるみたいだから、これを持っていることで『お守り』になるくらいでもいいかなーと思うんだよね。

「うーん……使うかどうかは解らないけど……これってさ、皇国にとっては『新しい方陣』なんだよな?」

「ああ、そうだな。あ、そーか、登録……かぁ」


 皇国では使われた記録どころか、存在すら確認されていなかった初めてのもので新規登録になるから『新しく作った』ことになっちゃうんだよなー。


「「おまえが登録しろよ」」

 ……被った。


「いやいや、俺、使わないから、ガイエスが登録してくれた方がいいって!」

「何、言っていやがる。解読も書き直しも殆どおまえがやったんだから、タクトが登録すべきだろうが!」

「俺がやっちゃったら、おまえの使い勝手が悪くなるかもしれないだろうっ?」

「そんなもの登録者が使用許可出せばいいだけだし、俺が登録者になるより一等位魔法師の方陣って方が使いたがるやつが増えるって」


 なんかふたり共、変に譲れない気分になって暫く押し付け合いをした後……くじ引きで決めることにした。

 一枚には『登録者』もう一枚には『使用者』と書いた紙を袋の中に入れて、ふたり同時に手を突っ込んで紙を取る。


「よし、これだ」

「うん、こっちでいい」


 うりゃっ!


 ……『登録者』……


 負けたーーーーっ!



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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第63話とリンクしております。

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