第716話 ちょっとだけ先のこと
なかなか衝撃的なことに気付いてしまったが、まぁ、そう思われているのも仕方ないのかもしれない。
なんてったって、この星には本当に神々がいらして俺達に日々メッセージをくださっているのだ。
つまり神々の故郷である『遼遠の天』も、何もかもが存在すると信じられている世界。
なので、日本という場所から来た俺という存在が今ここに在ると言うことは、海に沈んだ伝説の大陸『ニファレント』か、神々の生まれ故郷『遼遠の天』かのどちらかが確定するということだ。
そうなれば、当然歴史書に残っているニファレントの方が認めやすいのだ。
きっと、皇国語の語感がなんとなーく似ているのかもしれない。
俺の耳が完全日本語仕様なので、似て聞こえないだけなんだ、多分。
ニファレント……ニッポン……あ、もしかして、ニッポンレットウ……?
促音や撥音が、上手く伝わっていないのか?
俺の発音が悪いってことなのかなー、イントネーションかなーっ!
……言語、難しいね。
「ところでタクト様、レトリノの妹さんにお会いになったとか?」
「え、ええ……あまり、話したりはしませんでしたけど……」
突然の別方向のご質問に、思いの外慌ててしまった。
う、甦ってきてしまったよ、あの視線……
「レトリノが随分と心配しておりまして……何か、失礼があったのではないか、と」
「いいえっ! どちらかというと俺の方が失礼だったというか……ちょっと、その、じっと女性に見つめられるって言うのは、どうしても苦手で」
「ああ……少し、判ります。女性の視線というものは、その心持ちがよく解らないことも多いですし、緊張いたしますしねぇ」
そうそう、そうなのですよ!
何を考えてそのように見ているのかが解らないというか、そもそもどうしてただ見ているだけなのかとか……怖いのですよ。
感情が見えないってのが、苦手なのかも……
あ、テルウェスト神司祭にめっちゃ頷かれた。
嬉しいですっ、気持ちを解っていただけて!
「ですから、レトリノさんの妹さん……カーラさんに何かあったと言うことではなく、その、どなたであっても……じっと見られてしまうと……」
「ええ、彼女のせいでないと解れば、レトリノも安心するかと思います」
「それは大丈夫です、とレトリノさんにお伝えいただけますか。今度お会いした時に俺からも言いますが……」
「はい、必ず」
よかったー……やっぱちょっと申し訳なかったなぁ。
この町にいらっしゃるんだから、その内また会えるよな。
その時にはちゃんと謝ろう。
「そうだ、司祭様、近いうちに皆さんで遊文館の『普通は入れない場所』のご案内をするという約束を果たしたいと考えているのですが……ご都合は如何ですか?」
おお、テルウェスト神司祭の表情がぱーーーっと明るくなったぞ。
「いつでも! 明日でも大丈夫でございますよ!」
「それなら、朝食を召し上がった後くらいの時間にここに伺いますから、皆さん一緒に行きましょうか。遊文館の中に入ってしまうと、その部屋には入れませんから」
あははは、首を傾げられてしまった。
だって、階段とか他の階に繋がる通路を造っていないんだもん。
遊文館の中だと移動系の魔法や方陣の門が使えない仕様になっているから、俺以外は転移できないからねー。
明日の遊文館見学ツアーを決定し、ランチタイムの手伝いに戻って参りました。
今日も残念ながら卵を使ったものではないので、例に漏れずガイエスは来ていない。
そろそろガウムエスさんも歩けるようになっているはずだから、近いうちに来てくれるといいなぁ。
あ……でも面白がって、外門食堂巡りしちゃうかも。
あのシステムは何処にもないものだから、子供達もやりたがって食堂利用者は増え続けているって言うし。
自販機好きのあいつなら、絶対にあのシステムを面白がっているはずだからあのふたりにも説明して楽しんでいるに違いない。
それにこの町に来ている商人さん達からも人気になってきたから、メニューも充実しているだろう。
それもあって最近『シュリィイーレは美食の町』的なイメージも付いてきているみたいだから、賑わっていて楽しいだろうしね。
料理人の皆さんも、自分の店では怖くて出せないような珍しいものを使った料理を外門食堂で試しているみたいだ。
新しい食材へのハードルが低くなれば、商人達も売れると思うから入れてみようと色々と持ってきてくれるようになる。
ふふふふふ、これでまた、東の大市場に入ってくる食材の種類が増えますぞ!
市場に行く回数、増やさないとなっ!
楽しみ、楽しみっ!
さて、本日のスイーツは、そろそろ新しいカカオが届きますので在庫一掃のフォンダンショコラー!
温かーいチョコレートたっぷりのケーキをお楽しみくださいませっ!
小さめに作ったのは、ドライフルーツのチャンクが入っているタイプと二種類の盛り合わせだからです。
ちょっと苦めの深煎り豆の珈琲もお楽しみいただけますから、紅茶とどっちにするかも選んでくださいねー。
あ、お子様達はホットミルクがいいかな。
……おやおや、トリセアさんには珈琲が苦過ぎたみたいだ。
「トリセアさん、ちょっとフレスカを足す? それとも温めた牛乳の方がいいかな?」
「んー……パンナがいいわ。甘い方で!」
了解ですっ!
甘めのホイップクリームを直接絞り出してあげると、お子様達から僕も私もと声が上がる。
いやいや、君達はホットミルクでしょーが。
……まぁ……甘めのホイップクリームをトッピングしても美味しいか。
くりんっと丸めるように絞り出してあげると、テーブルに両手をついてぴょんこぴょんこと跳ねて喜ぶ。
なるほど、これも実演扱いになっちゃう感じで、それが楽しいのか!
やっぱり祭りの時以外でも実演販売、やってあげようかなぁ……
あ、そーだ、聖教会のオープン祝いの時に遊文館の庭でやろう!
祭りじゃない時に道路に飛び出してやると通行の邪魔になちゃうから許可が下りないだろうけど、遊文館の庭なら誰でもすぐに移動して来られるし!
何を作ろうかなーー。
だけど、そうなったら父さんに手伝ってもらうってのは難しいかもなぁ。
食堂だって、その日は混みそうだもん。
でも、一日だから休みにしちゃうのかな?
その辺りは、母さん達とも相談だな。
俺が先々のワクワク計画を巡らせている時に、トリセアさんからお声がかかった。
パンナの追加かな、と思ったが全然違った。
「タクトくんに、お店の窓に品名を書いて欲しいのよ」
「窓に……ですか?」
トリセアさんは大きく頷く。
「そうなのよ。ほら、ウチの店って間口が狭いでしょ? 中に何があるかがよく見えないし、解りづらいらしいの。だから、どういうものを扱っていますよーって外から解るように品物の名前を大きく書きたいのよ。だったら、絶対にタクトくんの字の方がいいもの!」
おお……感激だ……!
レンドルクス工房自慢の飾り硝子窓に、俺が文字を書けるなんて!
あちらでもよくメッセージみたいなものとか、宣伝文句などが書かれた硝子窓があったよね。
あのデザイン、素敵なものが多かったんだよなー。
こっちでは店には名前も付けないし、看板文化があまりないのか『靴』とか『野菜』くらいのことしか表示がない。
市場の店は、仕切りのある常設店だと間口大きめで、奥行きがあまりない造りが多い。
住居にはなっていないから、奥まで部屋が必要ないのだろう。
通りに面した窓から店の中の殆どが見えるから、大まかなジャンルが解るだけでも充分で、客も何があるかが歩きながら見られる。
しかし、市場の外の店はどちらかというと間口が狭くて奥まである。
住居一体型が多いせいだろうし、店をやらなくなってもそのまま住み続けられる造りになっているからだろう。
となれば、一見さんだと奥までは入りづらいのかもしれない。
「最近、店の近くから入れる市場入口の近くに硝子細工店ができたのよ。だから、ウチで使っている品物とは、中身が違うってことをちゃんと解ってもらいたいのよね」
トリセアさんの店も『硝子製品』とだけしか書かれていなかったので、硝子の日用品なのか、装飾品なのか、はたまた手芸用の素材まであるのかなんてことが解りにくかったのだろう。
「文字を書く仕事は大歓迎ですよ! 近日中にどのようにするかの相談に伺いましょう!」
「じゃあ、明日は?」
「あ、すみません、明日は……先約があるので、明後日は如何ですか?」
「解ったわ。じゃあ、明後日! お願いねっ!」
わーい!
お仕事もらっちゃいましたーー!
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