第715話 安心材料と不安要素

 遊文館に来ましたが、もうすぐお夕食タイムなので図書室のみんなは帰り足。

 ここには司祭様はいらしていないか……

 ちょっと、屋上も見てみようかな。


 夕焼けの映える屋上で、ゆったりと渡る風に木々が揺れている。

 今の季節は換気のためにも外の風をそのまま取り入れているから、気持ちいいよねぇ……陽が沈むと、夜風はちょっと涼し過ぎるので窓も閉じちゃうけど。


 あ、司祭様発見!

 朴樹の前に佇んでいらっしゃいますね。

 もう、大人は退場の時間だからギリギリまでって気分なのかなー。

 ここで声をかけちゃうのはちょっと邪魔しちゃいそうだから、明日、宿舎の方にお邪魔しよう。


 遠巻きだけど、大人達もなんとなくテルウェスト神司祭の後ろで祈っているみたいだし、その姿を見て子供達もお祈りをしていたり近付いて朴樹の蕾を見ている。

 まだ咲かないのかな、なんて言っているから楽しみにしているみたいだな。

 もうちょっとしたら咲かせよう。


 うーむ……割と皆さん、この木の周りで寛いでいるし子供達も屋上にいる時間が増えた気がする。

 主神像が教会に戻ったらカモフラージュ朴樹も終わらせるつもりだったけど……寂しがりそうだなぁ、やっぱり。

 朴樹のカモフラージュを暫く続けておくことにするのは構わないのだが、どこかで紫朴樹の苗を手に入れられないかなぁ。


 夜も元々屋上に来ていた子達だけでなく、アトネストさんにくっついて眠る子達以外は結構主神像の見えるところに来ていた。

 みんなやっぱりどこか不安で、拠り所が欲しいのかもしれない。

 主神像は置き続けられないけど、朴樹はどうしても用意してあげたいんだよな。



 翌日、ちょっと家を出るのが遅くなってしまって、みんなが遊文館に行ってしまった後くらいの時間に司祭様を訪ねた。

 配務の件については解決しそうなので、ご心配なくと伝えると心の底から安心したというような表情になる。


「いつもありがとうございます……私も自分でできることを考えてはみたのですが、どうあっても今までのやり方から抜け出せないのです……」

「そうですよね、今までそれで不都合を感じなければ、誰だってそうなると思います。俺は自分が以前見たり聞いたりしたことを、自分が使える魔法でできるからやっているってだけなんですよ」

「お生まれになった場所で使われていたものや、作られていた設備……なのですね?」

「全く同じではありませんが、似たようなものがあったから思いついたってことだと思います」

「……そうですか。やはりニファレントの魔法技術は、完全な再現が難しいのでしょうかね」


 ん?

 ニファレント?

 なんで?


「あ、でも、タクト様の魔法で、ニファレントで使われていたものより便利になっているものも多いのかもしれないですね!」

 にっこりと微笑むテルウェスト神司祭に、つられて微笑むが俺の頭の中に『?』が列をなす。

 ニファレントって、なんでだ?

「楽しみにしておりますよ、ニッポンの魔法を新しい教会で使えるのは光栄です!」


 あーーーーっ!

 ニッポンていう単語がニファレントを指す言葉だと思っているのか?

 いや、俺が言った日本という国が、ニファレントとイコールだと思い込んでいらっしゃるのか!

 つまり、俺がニファレントからやって来た……と思っていらっしゃると言うことか!


 そ、そ、それは、まずいよ、流石に訂正しておかねば……あれ……?

 待てよ……どうやって否定をするの?


 日本国がニファレントのことではない……とすると、一体何処の国? という疑問が出る。

 だが、この星ではない別の星にあった国だったのか、この星の過去の文明なのか、はたまた遙か未来のことなのかなんて判らないから『宇宙のどこかの星に存在していた国』とか『別宇宙の星』なんてことしか言えない。


 で、宇宙や別宇宙ってなぁに? となれば……この星以外の空の彼方や全く別次元に存在しているかもしれない場所……なんて説明になってしまうと……

 こちらの方々の認識だと、間違いなく『宇宙とは遼遠の天の別名である』なんてことになるよね……?

 その次は間違いなく『日本とは神々がおわした『遼遠の天』にあった国の名前だ!』なんてことになってしまうのではっ!


 その方が絶対にまずいでしょーーーーっ!

 そんなんなったら、俺は間違いなく『神』扱いされてしまうっ!

 だってうっかり『神眼』と『神星眼』を公開しちゃっているんですよ?

 勘違いしてくれって、言っているようなものじゃないか!


 そして極めつけは『遼遠の天から来たのではないと証明ができない』ということなのだ……!

 ああ……!

 物事は『そうである』ということの証明より、『そうでない』ということの証明の方がはるかに難易度が高いのだ。


 神々よ、何故あなた方は『遼遠の天から来た』なんて仰有ったのですか!

 って、それが書かれた神典第一巻見つけちゃったの、俺だけど!

 うわぁーー!

 どう転んでも、チェックメイトじゃないかーー!


 ならば。

 必殺『否定も肯定もしない』しか残されていない。


 ジャパニーズお得意の曖昧な微笑みと、お茶を濁すスキルを発動しまくり、何も認めず何も否定しない。

 その話題はアンタッチャブルですよ、とただ微笑むだけという態度を貫くことで察していただく他はあるまい!


 テルウェスト神司祭がそう思っていらっしゃると言うことは、間違いなくビィクティアムさんもそうだろうし、なんならお貴族様達も陛下達ですらそう思っているに違いない。

 本当のニファレントの血筋はレイエルスだというのに、なんということだ……!

 せめて、レイエルス家門の皆様のご迷惑にならないように、恥ずかしくないようにしなくては。

 あああああぁぁぁ……レイエルスの蔵書、全部早急に訳してニファレントのことも勉強しておかなくっちゃあぁぁぁぁっ!


 ニファレントの英傑、扶翼の名前って、全部は何処にも書かれていた記憶がないんだよなぁ。

 いっそのこと見つかってくれたら、その中にスズヤがないってことが判るけど……いや、それだけじゃ不十分だな。

 俺の生まれた場所がニファレントということが否定できるだけでは、全然意味がないのだ。


 遼遠の天とは違うってことや、別宇宙とかパラレルワールドのことを理解していただく?

 どっちもハードル高いなーーっ!

 あっちの世界でだって二十一世紀でも『地球平面説』とか真剣に信じている方々も居るんだし、量子力学なんて俺には説明もできないし、そもそもあっちの世界の物理学の全てがこっちと完全にイコールって訳じゃないんだからね!


 うん、暫くは『こっちからはなんも言わない』が正解な気がする。

 ……本当に『日本があった地球が遼遠の天ってことでもいいよ?』なんて言い出さないでよね、神様達ッ!

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