第713話 おうまさんをかおう!
やはり、購入前にちゃんと話しておかねばと家族会議。
「馬?」
「馬」
「買うって……飼うの?」
「いや、飼育は家畜医のデルデロッシ医師に任せて、所有だけ」
「なんで?」
「シュリィイーレ産の血統馬で、所有者がシュリィイーレ在籍者じゃないと……」
「いや、だから、どーして、おまえなんだ?」
「そうよ、その家畜医の人だっていいんじゃないの?」
「……それは……」
「「それは?」」
「俺が、その馬のことが大好きだから……この町にいて欲しいんだ」
「初めからそう言え」
「そうよ、好きならしょうがないわよねぇ」
それでいいのか。
「いいんだよ。それが一番大事なとこだからな。それと、いくら飼育は家畜医に任すっつってもその馬の命の責任は、おまえが負うことになる」
命への、責任。
そうだよな、生き物にかかわるってそういうことだ。
「その馬の全てがおまえの責任になること、その馬のしたことの全てに責任をとる覚悟があるのなら構わないぞ」
「……うん、解った……」
「もう一度それを考えて、『自分以外の命』に責任がとれるかを考えてから決めろ。それで決めたんなら、俺達は止めねぇから」
そうだ、一番大切なのは『命を所有する覚悟』だ。
しっかり、覚悟を決めることだ。
それでもやっぱり、俺はエクウスにシュリィイーレに居て欲しくて、この町で一緒に過ごしたい。
よしっ!
「馬、買います!」
「解った。買ったら、取り敢えず儂等にも紹介しろよ?」
「あらあら、楽しみねぇー! もう乗れないかもしれないけど」
「え、母さん、馬に乗ったことがあるの?」
「ふふふー、若い頃に何度かねー。もう少し痩せたら乗れるかしら?」
「あっ! そうだ、ミアレッラ、おまえ最近随分痩せたんじゃねぇのか?」
「うん、俺もそう思う」
「そぉお? 最近随分、魔法を使っているせいかしら?」
「あんまり無理すんなよなぁ。それ以上痩せちまったら、心配だからよぉ」
「平気よぉ、ちゃんと食べてるしー」
父さんは、結構ぽっちゃり好みなのだろうか。
まぁ、こっちの世界ではスレンダーだと『ちゃんと食べてるの?』って聞かれちゃうくらいだから、痩せてるのが美しいって風潮はないんだよな。
うちの食堂にマリティエラさんとメイリーンさんが来ると、ちゃんと食べなさいって言う他のお客さんがいるくらいだ。
意外と、ふたり共も食べる量は少なくはないのだが、体型にまで影響していないのは魔法をいっぱい使うせいだろうな。
痩せていたとしても健康ってことでもないし、太っているからといって不健康ということもないし。
魔力の多い女性はふっくらしている人が多いと言うし、男性はがっしりしている方が魔力が強いってことだから喜ばれるんだよ。
これからもしっかり鍛えなくっちゃー……まだまだひょろいからなぁ、俺。
……抱きしめた時にやーらかいってのは……いいよねぇ。
はっ!
いかん、オヤジ的思考にっ!
あれ?
あ、俺、ちょっとお邪魔っぽいですね。
ではでは、いちゃいちゃしちゃってくださーい。
おやすみなさーーい!
翌日もふたりのいちゃいちゃは収まっておらず、ふたりして朝食準備の台所で楽しくお料理をしていた。
はい、はい、仲良きことは美しきかな、ですな。
今日のランチは俺が用意するから、お魚にしよう。
父さんと母さんは、ふたりでホールをお願いしますねっ!
食堂に来た人達に『相変わらず仲良しねぇ〜』なんて、からかわれてしまえ。
本日は、鰯をメインにしております。
大きめに作ったつみれハンバーグは生姜を練り込んで生臭さをなくした上で、しっかり焼いてテリヤキ風甘辛タレでお召し上がりください。
小さめにカットしたキャベツやダイストマトをオニオンスープで茹でてスープは硬めのパンに染み込ませ、チーズを掛けて焼いたミニパングラタンは付け合わせ。
菠薐草のサラダと、ナッツ入りのパンも用意していますよ。
卵料理じゃないから、ガイエスは来ないだろうと思ってたら本当に来なかったよ。
あいつの卵料理センサー、マジで凄ぇな。
そういう技能とか持っているんだろうか……いや、運が強いってことか。
そろそろ俺もホールを手伝った方がいいかと、おかわり用のパンを籠に積み上げていた時に五人ほどの家畜医さんご一行がいらっしゃった。
いらっしゃいませ、デルデロッシ医師達。
まずは勿論、お食事ですね。
「あっ、魚なんですね! うわぁ、嬉しいなぁ」
「僕も魚は好きだけど……すっ、凄いなっ、美味しいし、ぅむ、んぐ、これ、栄養的に完璧っ!」
お、デルデロッシ医師って、俺が色相を視えるみたいに栄養素でも視えるのか?
家畜医さん達もなんか頷いているから、みんな解ってるのかもしれないなぁ。
ビタミンとかタンパク質とか、身体にいいもののバランスが視えちゃっていたら凄いなー。
いや……視ているんじゃなくって、感じているのか?
他の家畜医さん達は解らないけどデルデロッシ医師は、もの凄く……味覚で判断している気がするぞ。
あの独特な咀嚼方法に秘密があるような……おっと、観察なんて失礼だな。
ランチの後はスイーツですが、ちょっとお話がございますので、家畜医の皆様を……今日のところはVIPルームへ!
おお、久し振りにこの部屋に入るだけで驚いてくださる方々だぞ。
しまった、驚き過ぎて一歩も動かなくなってしまわれた。
お金は心配しないでねアピールにこの部屋を使うのは……止めておけばよかった。
皆さーん、お話しいたしましょうーっ!
……だめか。
では少々、ショッキングなことを言って注目を集めますか。
「エクウスの所有者をこの町で見つけないと、王都に取られちゃうかもしれませんよー」
はい、皆さんご注目くださいましたね。
ではどうぞ、皆様お掛けになってくださいませ。
ちゃんと順を追って話しましょうね。
その前に本日のスイーツをどうぞ。
今日は春摘みラストの苺を使った苺のバニーユです。
リシュリューさんが辛いもの解禁になったかと思ったんだが、どうやらまだのようで可哀相になっちゃって慰めるために、リシュリューさんが大好きなバニーユにしてみたのですよ。
今、食堂で泣き出さんばかりの勢いで召し上がっていらっしゃいます。
してみると、自販機の辛口カレーは、一体誰があんなに沢山買ったのだろう……辛口好きが増えたのだろうか?
いっぱい作っちゃったんだよね、追加の辛口咖哩のレトルト。
まぁ、作り過ぎても辛口ファンは多いから、大丈夫だけど。
「え、え、え、エクウスが、どうしてっ? あの仔は、シュリィイーレの馬なんだよっ?」
おっと、すみません、衝撃発言の回収をしないとね。
泣き出しそうなデルデロッシ医師と、青天の霹靂というような四人の家畜医さん達。
俺はビィクティアムさんから聞いたことの全てを伝え、シュリィイーレ在籍者がその血統の馬を所有する必要がある、と告げた。
「所有……ですかぁ……」
「私達では、無理ですよぉ」
「デルデロッシ医師! もう、どなたかに……」
「だめだめだめだめーーっ! あの仔を任せられる人なんてっ、いないでしょっ! 牧場も何もないんだよ、この町はーっ!」
「そうですよ、馬を正しく扱える人なんていないし、育てられる人も組合もないんですから!」
「じゃあ、王都に渡すんですかっ?」
「「「「それも駄目っ!」」」」
パニックになってしまった。
「もしも、エクウスとその血統馬の育成を皆さんにお任せしたとしたら、他の誰かを『所有者』とすることはどうお思いですか?」
俺がそう尋ねると、一瞬動きが止まったがすぐに皆さん弛緩して浮かせていた腰を椅子に下ろす。
「そんな奇特な方がいるんですか?」
「そうですよ、馬を所有したら自分の手元に置きたがるでしょう? でなきゃ、好きな時に乗ることもできないし、荷物を運ばせることもできないし……」
「馬を持つと言うことは、自慢にもなることなんですから」
皆さんから口々にそんなご意見が。
そうか、馬を所有するってのはステータスでもあるんだな。
まぁ……そうか。
農耕とか搬送に使う訳じゃないから税金高いし、飼育にも何をするにもかなりの資金が必要だもんなー。
お金持ちアピールにもなるってことか……
「俺だったら……どうです?」
全員が一斉にこちらに首を、ぐりんっと向ける。
「君が、買うの?」
「あの仔は売らない……つもりだったけど、君にはすっごく懐いていたしっ、ど、どうしよう……君は最高の馬の食べものが作れるしー……」
「でも、維持費も何もすっごくかかるよ?」
「これくらいあれば、年間費用に足ります?」
お金の暴力、大金貨をざらっと取り出して積み上げる。
ほっほっほっ、嫌味ですなぁー。
今、目の前に出したのは、今年入った聖魔法師としての研究費的なものだけだ。
つまり、毎年この額が俺に入ってくる固定収入という訳です。
「……二年分は、ありますよ……?」
「それじゃあ、税金分も大丈夫ですね! 毎年これくらいは俺の自由になる金額が入るので、エクウスのために使ってもらえますよ」
「だけど、厩舎を造ったりもするでしょ? そういう設備のためにもお金ってかかるんだよ?」
それについても、大丈夫だ。
いざとなったら遊文館の庭にでも、自分で厩舎建てるし。
「俺の手元にエクウスを置くつもりはないっていうか、できないんですよ。ほら、うちはこれ以上広げられないですし、裏庭も使えませんからね。だから、俺が所有者として登録をするってだけで飼育と研究、繁殖も含めて全部を皆さんにお任せしたいんですよね。ただ、俺がエクウスに会いたい時に会わせてもらえたら、それだけで嬉しいですし」
あ、泣かれた。
そーだよね、大事な仔馬と離れずに済むってことなら嬉しいよね。
いやぁ、お金って大概のことを解決するよねぇ。
喜んでもらえることに使えるなら、俺の所に来てくれた大金貨さん達も喜ぶだろう。
俺もエクウスに使えるのは嬉しいねっ!
「いいのかい? 本当に、僕らに全部、任せてもらえるのかい?」
「他の誰に任せられるって言うんですか。俺はエクウスにこの町にいて、幸せに暮らして欲しいんですよ。あっ、そうだっ! お願いがあるんですけど」
……面白いな、この方々は。
一斉に動きが揃うぞ。
フラッシュモブの『一時停止』みたいだよ。
「『レェリィ』っていう子がエクウスに会いに行ったら、一緒に遊ばせてあげて欲しいんですよ。あの子、俺の知り合いで」
ていうか、俺で。
皆さんの顔が緩んで、安堵の微笑みが漏れた。
……いや、俺、そんなに酷いお願いする気はなかったですよ?
「勿論だよっ! あの子はエクウスの名付けをした子だから、ねっ!」
「私達からもお願いしようと思っていました。レェリィくんと会った後、エクウスは気持ちも落ち着いているし食欲も上がるんですよ」
そうだったのか。
よかった、認めてもらえて。
「では……事前にお願いしていた『配達』と『町中での馬達の行動研究』についてのお返事も伺っていいですか?」
皆さんが一斉に深く呼吸する。
いいお返事、聞けるかな?
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