第712話 シュリィイーレの馬事情
職場体験(?)が予想以上に好感触で終わり、デルデロッシ医師達医師団とテーレイアと一緒に俺も病院へと戻っていく。
配達に出るのはふたりひと組がいいとか、環状路よりもできるだけ他の道を歩いてはどうだとか、話し合いながらも歩く速度は落ちない。
その辺のやり方はお任せしますけど、一回の配達につきいくらっていう支払い方法がよさそうだな。
他の馬達次第でもあるが、この調子なら俺がお願いしたいもうひとつのこともできそうだ。
さてさて、俺もここでビィクティアムさんに最終確認をせねばならない。
無事に戻ってエクウスをひと撫でして、うちへ帰ることに。
ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼を食べてから東門詰め所へ向かう。
デルデロッシ医師達の最終決定は、明日以降ということで。
ビィクティアムさんに許可をもらいたいのは、シュリィイーレ町内における『配荷委託』の権限についてである。
ここに委託先として、デルデロッシ医師達の『馬急便』……いや、急がないから『馬配便』? をねじ込みたいからだ。
っつっても、そもそもシュリィイーレには馬車組合もなければ、家畜組合も牧場組合もないのだから独占状態ではあるのだ。
参入するだけで唯一無二になっちゃうジャンル、それが現時点での『配達委託業』なのである。
おそらく他領では乗合馬車組合とかが委託してやっているかもしれないが、シュリィイーレにはその組合もないし、町が管理している馬を使った荷馬車もないし、衛兵隊に騎馬もいない。
しかし、デルデロッシ医師達にとっては本業ではないので、セーブが必要。
となれば、衛兵隊管轄である荷物の教会からの配荷委託分のみ……という限定業務であるのならば、いきなり町中で『これもお願いね』なんてやつに対応しなくて済むのである。
あれほどの会話恐怖症気味な方々だと、突然の依頼を穏便に断れるスキルは当分期待できないし。
いや、馬好きだからいいよ、なんて理由で下手に安い価格で受けられちゃっても後々困る。
彼らの本業でないことがメインになってしまうからな、そんなことしていたら。
そして、その『公的委託業者扱い』になれば、地域貢献度は更にアップして免税割合も増えて、場合によっては支援金の対象にだってなるチャンスがあるのだから見逃す手はない。
その公的機関に認定されるための『実績作り』として、俺の依頼している配達と馬の適性研究が後押しになるなら言うことなしだ。
公的になったとしても、元々引き受けていた民間の依頼主……つまり、俺との契約は続行できるし更新も可能。
俺としては配達をずっと任せられるし、衛兵隊と教会はデルデロッシ医師達から町中に限りだが、馬を借りられるし配達依頼をしたりもできるようになるのだ。
当然、どの場合でもデルデロッシ医師達はお金をいただくことが可能だし、俺であれば魔法や設備への代替支払いも受け付ける。
「……と、いう提案を家畜医の方々にしたいのですが、よろしいですか?」
ビィクティアムさんに話したら、ちょっと呆れたように腕組みをされた。
天を仰がれなかっただけマシなのだろうか。
「まさか、家畜医に頼もうなんて考えるとはな……確かに、シュリィイーレでは馬を扱っているのが彼らだけだが。よし、配達実績ができたら、許可を取ろう。少なくとも一ヶ月以上だ」
ということは、今からなら教会のできあがる一ヶ月半の間にちゃんと実績が作れて、スタートとほぼ同時に請け負うことも可能になる……ということですねっ!
あざーーっす!
ではでは、細かい荷物の動きも決めてしまいましょう!
個人宛の手で運べない荷物については、ビィクティアムさんと話し合った結果、今までのように東門事務所で預かるのではなく、各門の事務所に送ってしまおうということになった。
個人宛は大して量もないから教会や辻書箱舎に運ぶ手間もあって、今まで衛兵隊東門事務所で纏めて預かっていた。
だが、外門食堂一階広場が避難所に指定されていることもあり、そこに目標方陣鋼を置いている人も少なくないことから、各外門事務所へ届けた方が回収しやすいだろうということになったのだ。
外門事務所には『改札』で繋がっているから、衛兵隊員が軽量化番重に載せて運び込める。
その荷物が一定期間回収されなかったら、衛兵隊からの依頼ということでお馬さん達に運んでもらうのである。
当然、無料ではなく届ける時に衛兵隊からの『配達費用請求書』も一緒に手渡される。
お支払いはその場ではなく、期限までに衛兵隊事務所に支払いに行くことになる。
届けられた人が払わなかったら……ちょっと大変なことになるという仕組みだ。
そして、受け取りたくても持ち上がらないのだから、自分だけでは運べないという人もいるだろう。
持ち上げられないと、移動の対象にならないから『移動の方陣』でおうちに戻っても荷物が取り残されちゃうんだよね。
その時は有料ではあるが、衛兵隊員に依頼してくれたらデルデロッシ医師の病院に連絡が入って配達用のお馬さんが出動するのである。
台車とかね、そういうもので運べりゃまだいいんだけど、なにせシュリィイーレの町中はバリアフリーなんて言葉とはとんでもなく縁遠い段差だらけの坂道だらけなのだ。
それに台車を貸し出したら、返してもらわなくちゃいけないからこれまた面倒。
ある程度のでこぼこ石畳は坂道で滑らないためでもあるので、車輪の付いたものがストレスなく使えるのは環状路だけなのだから、馬の方が断然便利。
そしてお馬さんに積む時は、軽量化番重か軽量化板を下に入れ込んで運ぶので上げ下ろしは楽々である。
それもこれも、俺の依頼している配達が問題なくできれば……の話。
なんとか医師団には、頑張っていただきたいところだ!
医療じゃなくて、配達とコミュニケーションだけど!
あ、そーだ。
ビィクティアムさん知ってるかな?
セラフィラントは馬の飼育と繁殖では、群を抜いて評判が高い。
そのセラフィラントで『シュリィイーレの固有種』がいた記録……なんてものはあるのだろうか、と思ったのだ。
「ああ……大昔の話だが……文献で読んだことはあるな。王都で保護している馬がいるらしい」
「葦毛で、鼻先と足が全体的に黒っぽい感じの馬ですか?」
「実際に見たことはないんだが、灰色で白い斑のある馬が多かったと書かれていたはずだ。確か、随分と昔に王族の乗る馬として何頭か献上された記録があったから、その頃から皇宮にいるのだろう」
エクウスの斑模様は殆ど目立たないが、母馬のベリアードはグレーが濃い目で斑もある。
見た目としては二頭とも、アイリッシュドラフトによく似ている。
運動能力も高くて、騎馬にも農耕馬にも使える強い馬だとデルデロッシ医師が言っていた。
その献上馬の血統が、今もこの町で残っていたとは……思いにくいんだけど……
「昔は、シュリィイーレって馬の飼育していたことがあったんですか?」
もしそういう人がいたのなら、ご子孫の方がずっと何頭か飼い続けていた可能性もあるかも。
「いや……馬は町ができる前から、森の中や西側の草原にいたんじゃなかったかな? シュリィイーレが作られた頃は、白森がもっと西側だけで今、南の森と呼ばれている森が西の方まで広がっていたと聞く。その森にいた野生種が、シュリィイーレ種と呼ばれていた……と思う。すまん、俺は王都の記録で読んだだけだから、その程度しか知らない。だが、どうしてそんなことを?」
「実は、お話しした家畜医さんの所で、その固有種と思われる血統の馬が誕生しているようでして。シュリィイーレの馬なら、みんなに可愛がってもらえるかなーって」
突然、ビィクティアムさんが驚いたように目を瞬かせた。
え、シュリィイーレ固有種が残っていたから?
でも、もし昔ここで飼っていた人がいたら、毎年冬になると馬を預けていたレーデルスではまだいるかもしれないし……
「それもあるが……三、四十年くらい前だったか、皇宮で飼われていた灰色の馬が二頭、下賜された。えーと……その時に特別な功労をしたという……家畜医だったはずだが……」
「もしかして、デルデロッシ医師?」
「そうだ、そんな名前だった。その他の報奨は要らないから、どうしてもその馬をって言われて、当時の陛下が……その医師が、今、シュリィイーレに居るのか!」
ご存じなかったんですね……
あ、そーか、聖魔法持ちじゃないから、衛兵隊では把握していなかったのかもな。
ふぅん……三、四十年前ってことは、前皇王の時代でデルデロッシ医師が王都にいて本を書いた頃だな。
その時の褒賞も貰っていたら、今ももう少し経済的に豊かだったのでは……いやいや、そーでもないか。
絶対に全ツッパで、馬に使い切っちゃっていたか。
「その、シュリィイーレの馬が皇家からの下賜馬の血統ならば、すぐにでも『シュリィイーレ産固有種』として名前の登録をして、馬の在籍証明と所有証明を取っておけ。そうすれば『繁殖支援』が受けられるだろうし、今後もその血統の馬が保護対象になるぞ」
「……所有証明……も、必要なんですか?」
所得とかの関係で、デルデロッシ医師達は『NG判定』になっちゃっていたはず……
「ああ、必要だ。所有者は、必ずこの町の在籍者にしろよ。そうでなければ、下賜馬はともかく、その子供などは保護を目的に王都に連れて行かれても文句が言えんぞ。この町には牧場などの飼育環境が整っていないし、元々は『王都にいた馬の血統』なのだからな。所有者が明確になっていなければ、冬に他領の町に預けて、血統が保たれない繁殖が行われないとも限らん」
うわぁぁぁぁっ!
エクウスを連れて行かれちゃうのは嫌だよぉ!
よし……デルデロッシ医師に交渉しようっ!
他の誰かのものにするくらいなら……俺が!
購入して所有者になったとしても、デルデロッシ医師達に預けておくってことにしたら……売ってくれるかなぁ?
駄目かなー?
でも、馬、買っちゃったら、父さん達になんて説明したらいいんだろうなぁぁ……!
怒られませんようにーーっ!
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