第710話 配達実習
ランチタイムが終わる頃、デルデロッシ医師が食堂にやってきた。
食堂を横切って、奥のお部屋にご案内。
ものすごーーくスイーツを食べたそうにしていたので、小会議室へお通ししてお話を伺いつつ召し上がっていただこうか。
今日のバウムクーヘンのチーズムース入りは、なかなかの自信作なのですよ。
薄く砂糖でパリパリコーティングした円筒形のバウムクーヘンの穴の中に、マスカルポーネ風チーズで作りました甘めのフィリングたっぷり。
上にはホイップしたパンナを絞り出して、チョコスプレーをパラパラ。
とろっとふわっとぱりっと色々な食感が楽しめますよ。
デルデロッシ医師、結構甘党かも。
ひと口食べた途端に目を瞑って恍惚とした雰囲気……そして一言、おいしー……って。
最高の賛辞ですね。
「んあっ、んんんっ、んっ」
あ、我に返った。
「……馬には、駄目だね、うんっ」
そしてちょっと照れ隠しですか?
今更ですよ、ふほほほほ。
「この菓子は人のためのものですからね。是非、味わって召し上がってくださいよ」
こくん、と頷き、また食べ始めると今度はにっこにこだ。
面白いおじさんだよなぁ、デルデロッシ医師は。
では、食べ終わったところで、本日いらしていただいた本題に入りましょうか。
皆様とのお話し合いの結果は出ましたかな?
俺もテーブルに着き、お茶を注いで差し出す。
今日のはファーストフラッシュですから、香りも楽しんで……って、いきなり呷らないで!
熱いでしょっ!
……もー、案の定、口の中が相当痛かったらしい。
自分で方陣札を持ち歩いているようで、回復を使っていた。
もしかして、緊張しているのかな?
「あ、あ、あのねっ、君の、提案なんだけどねっ」
断られちゃうのかなー。
それで言いづらくって緊張しているのかも。
んー……だとすると、他に何か……
「是非っ、やらせて欲しいんだけどねっ!」
なら、どーしてそんなに緊張しているんだよ。
「ただ……ね、僕達、その……あまり人と喋るのが……得意じゃないというか苦手というか無理というか」
いやいや、どんどん自己評価ダメダメになっているじゃないですか。
「そんなことないでしょう? 俺とだって、初めて会った時からちゃんと話してくださっていたじゃないですか」
「だってっ、君は馬が好きでしょっ? 僕達ねっ、馬の話しかできないしっ、馬が好きじゃない人は……コワイって言うか……」
な、なるほど……いるよね、好きなものが一緒なら喋れるけど、そうじゃない人達とは怖くて近寄ることもできないって人……
特定のコミュニティ以外にはとんでもなくコミュ症になっちゃうんだよね、そういう人は。
病院に来る人達はみんな馬を連れているから、馬が特別好きじゃなかったとしても嫌っていないという安心感が持てるし、往診に行く時は馬がいる場所だけなんだから大丈夫……ってことなんだね。
馬よりも家畜医さん達の『人慣れ』の方が、問題なのだろうか……
「では……こう考えたらどうでしょう。配達をしているというより、馬と接した際に人がとる態度や発する言葉で、馬達にどのような変化が見られるかの記録をとっているだけ……と思い込むというのは?」
「馬への……?」
「そうです。馬達が働く環境には必ず『馬が好きな人』『馬が好きじゃない人』『馬は嫌いじゃないけど関心がない人』……など、色々な人がいます。そういう人達に対して、馬がどのような反応をするか、人がどのように馬を見ているか観察できたら、馬達にとってより良い環境を作るための研究になりませんか? そう思えたら、話しかけられてもそんなに怖くないのでは?」
ふぅぅぅーー……と、まるで蒸気機関車が発車する時のような、蒸気がふしゅーーーーっと吹き出す感じの声というか音が聞こえ、デルデロッシ医師の頬が上気する。
そうそう、全ては馬の人との関わりを観察する研究なのですよ。
そう思えば、コミュニケーションなんて大したことありませんって。
……多分。
「デルデロッシ医師達が、積極的に人と話す必要はありません。そうだな……一度、俺と一緒に配達に行ってみましょうか。話しかけられることもあるかと思いますが、適当に受け流せる方法が解ればなんとかなるかもしれないですよ」
やってくれると決まってからルート説明と紹介をするつもりだったけど、最終的にできるかどうかの判定は一緒に回ってみてからがいいだろう。
デルデロッシ医師の表情が、どうしてそんな『死地に赴く』的な感じなんだろうか。
誰も、取って食いやしませんって。
ではでは、今日はリシュレア婆ちゃんの所に配達がある日なんで、一緒に参りましょうか!
デルデロッシ医師の病院に戻り、馬と一緒にうちに荷物を取りに来るところから……
「えっ、皆さん、馬に乗れないんですかっ?」
九人全員が、すっと視線を外し若干俯く。
そーか、それも二の足を踏んでいる理由ってことなんですね。
俺の配達は別に速さを求めているものじゃないから、騎乗する必要はないんだけどね。
でも馬に乗ってリュックとか背負ってたら、見た目的にUMAーEA……いやいや、いかん。
しかし、リュックのつもりだったから、馬に荷物を運んでもらうアイテムを作らねばなるまい。
荷鞍でいいかな、取り敢えず。
普通の鞍で全然使っていない物があるというのでいただいて、そいつを改造いたしました。
人が乗る部分を平らにして荷物が載せられるようにするだけでいいのだが、括り付けたりせずに済むように蓋付きの籠タイプに。
サイドをかぱっと開けられて、荷物を入れたら蓋を閉める。
本当は軽くしてあげたいところだが、今回は荷重耐久なども適性をみていくってことも考えて軽量化魔法は使わない。
だが、運んでいる途中で雨が降ってきたりしても荷物も馬も濡れないように、この荷鞍を装着したら空気のカバーというか傘ができるようにしておこうか。
それくらいの魔法付与なら、馬にも負担にならないと医師達の許可もでたのでちゃちゃっとできあがり。
引いて歩く手綱も準備できたし、では!
お留守番の三人を残し、手綱を握るデルデロッシ医師を筆頭に六人の家畜医達と馬と俺。
馬は栗毛で、エクウスの二年前に生まれたというテーレイアという雌馬だ。
穏やかな性格で、人を怖がらないようだがちょっと我が侭なところがあるらしい。
エルディエラの中央部に多くいる馬で、山岳地帯での荷物運搬が得意のようだ。
テーレイアは町中を歩くのが楽しいようで、食堂に着いて荷物を載せた後もご機嫌に歩いてくれる。
……家畜医さん達、色々とメモをとりながら歩いているね……そんなに発見があるのか。
「町の中を歩かせることって、あまりなかったんですか?」
俺が聞くとデルデロッシ医師はちょっとふくれっ面になり、他の家畜医さん達は口ごもる。
「町中ってね、所有者証のない馬は騎乗しているか、荷物を運んでいないと歩き回らせられないんだ……」
どうやら家畜管理の法律があって、所有者証をきちんと着けていない動物の場合は町中で何かあったとしたらそこそこ面倒なことになるらしい。
「あの馬達って、デルデロッシ医師か他の方の所有になっているのでは?」
「馬を所有するには……それなりの収入の証明と管理場所なんかの証明がいるんです」
黙っちゃったデルデロッシ医師の代わりに答えてくれたのは、ベリットスさんというデルデロッシ医師の一番弟子という方だ。
小さい声で話してくれたのだが、デルデロッシ医師にはちゃんと聞こえていたようで唇が尖る。
ちょっと、お子様が駄々をこねる時みたいだ。
「所有しないで馬を飼えるんですか?」
「家畜医だから、預かり療養か生態研究って扱いにできるんです。人を乗せる訓練とか荷を運ぶ練習をしているというなら、所有していなくても療養からの復帰目的と言えるので……そういう許可を取ろうかと……思ったこともあったんですけど、その場合は『訓練が終了したら所有者に引き渡す契約』とか『牧場所有の証明』なんかも必要で。馬の所有って税金がかなりかかる上に、所得制限がありまして……」
なるほどー、全部基準に満たなかった、と。
だが、訓練中の馬に『訓練の協力』として荷運びを都度依頼されて請け負うことはできるし、それをすることで『訓練の実績』が作れることもあって俺からの提案は渡りに船状態であったらしい。
「今まで、町中での歩行とか荷運びなんて研究としては正直、どうかと思ったんです。馬に負担がかかるだけじゃないかって。だけど……荷物を積んだ時や、運んでいる今、テーレイアがとっても喜んでて……吃驚しています」
そっか。
馬の方も、何かの役に立ちたいって思っていたのかもね。
テーレイアが軽くヒヒン、と鳴いてデルデロッシ医師が優しく首の辺りを撫でてあげると耳がくるん、と動いた。
どうやら、ご機嫌な時の合図らしい。
……やっぱり、家畜医の方々は、馬の気持ちってやつが察せられるってことなんだな。
うーむ、凄いなぁー。
落ち着いた頃に……馬の図鑑作製の協力要請もしよう。
そっちもデルデロッシ医師達の収入になるように……出版まで見据えるか。
ティアルゥト辺りなら、売れるかもしれない。
だけど、まずは配達先にご挨拶、だね。
もう少しだぞ、テーレイア。
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