第708話 シュリィイーレの郵便事情

 翌日の朝イチで、ビィクティアムさんに朝食デリバリーがてら昨日テルウェスト神司祭から知らせていただいたことを話した。

 そして現在、郵便や個人宛の荷物の物量がどうなっているかの確認した。

 あ、すみません、急いで食べていただいてしまって……


「思っていたより、手紙の方が多いんですね」

「そうだな。生活に必要なものはシュリィイーレの市場には全てあるから、荷物が他領から来るのはその領地でしか手に入らないものだけだろう。そういったものは、個人宛なら嗜好品が多いし小さいものばかりだ。大きくなりがちな素材などの荷物だと、南東地区か北側の工房や商人達の倉庫宛だから、衛兵隊や教会での留め置きや預かりはしないな」


 倉庫宛は商人達が自分達で出した馬車での運搬だから、そのまま町中へ入って北東外壁側の倉庫街へ運ぶから教会でもノータッチだ。

 混載で来た大きめの工房宛の素材も工房主が馬車や荷車を持っていることが多いから、教会ではなくて東門の一時預かり所留め置きで衛兵隊からのピックアップ要請をする。


 しかし『届きましたよ』という連絡は、やはり私書箱宛にメモを入れることになるから教会での仕事にもなる。

 まぁ、ぶっちゃけ、荷物に関しては物量が少ないからなんとかなるんだが……問題はやはり『手紙』だ。


 まず……この町の郵便の特徴として、重要書簡書類……日本でいうところの『書留郵便』が他領より多いという点がある。

 この町で成人を迎えた人達の半数以上は、この町ではなくて他領で職に就く人がいる。

 魔法や技能が、この町で仕事ができるものばかりではないからだ。


 だが、シュリィイーレの場合は王都中央区と違い『シュリィイーレ在籍のまま他領に住んでいても問題ない』のである。

 多くの人達がまた戻ってきたいと思える町だから……かもしれないが、実は『直轄地在籍だと王都への入領税が安い』のだ。

 税金問題は、切実である。


 その優遇措置が受けられることと、一度シュリィイーレから在籍が外れてしまうと容易に戻せないこともあるだろう。

 シュリィイーレ在籍になるには『既に在籍している家族がいる』『仕事があるか、在籍者の保証人がいる』『実際に住んでいて五年以上が経過している』等々、なかなか面倒な条件があるのだ。

 全てを満たす必要はないが、幾つかはクリアしなくてはいけないのだ。


 戻ってくるつもりならば、籍は維持したいだろう。

 そして実際に居住していない人の記録維持のためには、年に一度の『認定申請』が必須である。

 戻ってきて役所に自分で登録できるのであれば、それが一番いいのだがそうもいかない場合の方が多いだろう。

 その時は、魔力登録した委任状を現住所の教会か役所で発行してもらい、シュリィイーレの家族宛に送って『代理申請』してもらうのだ。


 そう……代理で手続きができるのは、絶対に家族でなくてはいけないという決まりだから……役所に直接届けても意味がない。

 これは直轄地に限らずだが、誰も家族のいない土地に『在籍』だけすることはできないのである。

 そんなことできたら、税金が安いってだけで在籍をするなんてこともできてしまうからだろう。


 この委任状が、おそらく臣民達の間で交わされる文書の中で一番と言えるくらいの重要書類だろうから、教会留め置きで必ず家族に取りに来てもらわねばならないものだ。

 時期にもよるが、この『重要書簡書類便かきとめゆうびん』がかなりの数になる。

 だから、これが届いていますよ、という連絡はタイムリーに確実に私書箱に入れる必要がある。

 そしてこれに関しては十日以上取りに来なければ、自宅へ配達せねばならない。

 配達には当然だが、割増料金がかかる……だから十日も放置する人はまずいないだろうから、延滞数は多くないと言うがゼロではないようだ。


 まぁ……これくらいなら、と思うだろうが、他にも他領にいるこの町の人が家族に宛てる手紙というものがとにかく多いのだ。

 そしてこの町から他領にいる娘や息子、親戚達への手紙の量もなかなかなのである。

 ダイレクトメールとか、チラシなんてものがないだけマシではあるが。


「『手紙』に関しては今後、特殊な事情の場合を除き衛兵隊での保管管理ができなくなる。混載で届いたものの危険物有無の鑑定後に、全て教会に渡すことになるだろう」

「その管理や作業用の部屋も、新しく作られるのですか?」

「そうなるな。シュリィイーレ聖教会は在籍人数が少ないから、三階が司祭様や神官達の居住部分だろう。二階に神従士達の部屋と厨房などの生活空間、一階は……そういう配務関連の荷物や手紙を置く部屋が割り振られるだろうな。司書室が地下だから」


「各組合事務所や役所宛などは、全てそこに取りに来ていただくようになるんですね……てことは、仕分けもそこでやるのか」

「ああ。造りとしては王都中央区の男性司祭の聖教会と一緒だな。王都中央区は二階に司書室があって、神従士の部屋や配務の部屋が一階、厨房などが地下だったが」


 一階はドカンと広めの聖堂になるらしく、中央広場に食い込んで増築されるそうだが王都中央区よりはコンパクト。

 横には広げられないから、しょうがないよね、それは。


 で、今まで通り成人の儀とか命名式などもできる小部屋も作られて、厨房や食堂があった辺りが『配荷室』となるらしい。

 ふむふむ、あちらの世界での町の郵便局くらいの広さはありそうだな。


「……すまんな、いつも」

 突然、ビィクティアムさんに謝られてしまった。

「俺達だとどうしても、自領でのやり方が一番だと思ってしまう。シュリィイーレでは条件が全然違うのだと解ってはいても、どうすべきかの案すら出せない」


 悔しげなのは、この町の力になれないと思うことへの口惜しさだろう。

 衛兵隊は管轄外になっちゃうから、教会側が言ってきたことに協力はできるけど発信はできないからなぁ。

 お役所仕事、メンドクサイ。


 だけどね、皆さんがなんも思いつかないのも仕方ないんだよねー。

 だって、他領だと『在籍していながら別の場所で暮らす』ことになーんにもメリットなくて、むしろデメリットだらけ。

 他領のものを遠方から送ってもらってまで手に入れたがるなんて人も、殆どいなくて当たり前。

 基本は、地産地消なんだからさ。


 だから書留郵便的な大切な書類のやりとりってのも、臣民達の間ではそうそう発生しない。

 手紙をやりとりするほど、家族が遠方にいる人なんてのも少ないだろう。

 その少ない手紙の宛先も衛兵隊員とか神従士とかだろうから、配りに行く手間すらないのだ。


 そして、手紙を出すくらいなら、臣民であっても自分が行っちゃった方が早かったりする訳だ。

 領内での移動が圧倒的に多いから、馬車方陣や教会の移動門が使えるだろうし皇国人の魔力量ならば屁でもない。

 魔力量さえ問題ないなら、移動時間もさほどかからないんだよねー。

 多分、新幹線で東京から大阪に行くより早く、飛行機の距離が移動できそうだからね。


 同じ直轄地でも王都中央区だと、他領に出す手紙は殆どが同門の貴系の方々宛になるだろうからこれまた全然条件が違う。

 乗合馬車なんかの混載便じゃなくて、専用の『お遣い』の方が持ち歩くだろうから、手から手に届くものの方が多いだろうし。


 シュリィイーレは辺境であるが故に、他領に行く人が多くて他領との手紙の行き来がおそらく皇国で一番多いと言える町だろう。

 普通に考えたら、辺境の町なんて人口が少ないと思われがちだが……シュリィイーレには、他領の普通の町の三倍くらい、大きめの町ふたつ分くらいの人数が暮らしているのだ。

 それを皇国で最も人数の少ない聖教会が回すということになるんだから、堪ったものではない。


 直轄地であるが故に、教会の数を増やすこともできないしこの町在籍でない神従士を迎えることも容易ではない。

 しかも、今後も暫くは人員ソフトの増加が見込めないのだから、設備ハードを整えるしかないのだ。


「おまえに聞いてみた方がいいと、テルウェスト神司祭に言ったのは俺だ。以前、おまえの故郷だった国は『気候や地域も関わりなく、それを克服する物流や技術力があった』と言っていただろう?」

「……ありましたけど……皇国とは条件が、随分違いますからねぇ」


 魔法がない世界の物流は、魔法世界の物流には適用されないものの方が多いですしね。

 道路さえなくても移動できちゃうのに、鉄道なんかも要らないでしょうし。

 今回だって、問題は配達を請け負う側の人数と魔力量なのだから。


「空を行く船とか、鉄の道を走る連なる車がないと無理か?」

「いえいえ、むしろそれは皇国では必要ないですよ! それに、シュリィイーレ内だけなんですから、そんな大がかりなものは要りません」


 ま、勝手に線路の敷設なんかできませんけどね。

 馬車の定期便を走らせることだって、中央の許可とか認可とか色々と必要なんだから。

 予算が教会に出るっていうなら、審査も厳しくなるから……申請したって年単位で許可が出ないことだってあり得る。


 となれば……サクッとできる方法は俺の魔法くらいなもので、ほぼこれ一択と言えよう。

 では、俺の案を聞いてもらいましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る