第707話 身分階位的不都合案件

 今日のテルウェスト神司祭は、王都から戻ってきた時のような泣く寸前という感じではなくて、無表情に近いというか『どうしていいか迷っている』って感じの表情だ。

 一体、何があったのだろうか?


「神務士達三人の課務についてなのですが……」

 んんん?

 涵養士かんようしに問題はないはずなのだが?


「配務は……すべき、との通知が届けられまして……」

「いやいや、でも、他領への配務はほぼ不可能でしょう? 王都の中央区と一緒で、第二位聖教会の神従士には教会間の行き来による『査定』はないはずですし……」


 蜂蜜カステラを出しつつ俺も席に着いて、教会法を確認するように問いかける。

 第二位聖教会は各領地の教会と違って、神従士と神官の査定試験は全て『筆記試験』で聖神司祭様達の手によって採点される。

 立地の特殊性からも他領への配務などがないので、他の町へも赴くこと自体がないからだ。

 だが、テルウェスト神司祭はやんわりと首を横に振り、そちらの件ではない、と仰有る。


「町の中だけの配務の方です。王都の第二位聖教会でも、他領から来た手紙や書簡の配達と中央区内にお住まいの方々の間で交わされる文のやりとりを請け負っておりますから……当然、こちらでも……」

「あ……町内って、今は衛兵隊で請け負ってますもんね……」


 そうなのだ。

 シュリィイーレでは神従士がいなかった近年、他領から運ばれてくる手紙や書簡も一度東門詰め所で受け取り、各地区パトロールの際に配達がされる。

 配達とは言っても、各戸に届けられる日本での郵便とは違う。


 門に繋がる大通りと、その大通りに挟まれた区画の真ん中辺りには、中央環状通りから一番外側の各環状道路まで真っ直ぐ通る道がある。

 南側だと南東門通りと南門通りの間のうちが面している青通りとか、西門通りと南西門通りの間なら薄紅通りなんかもそういう『貫通通り』だ。


 その各貫通通りと環状通りの交わる交差点沿いに各家宛の郵便が入れられる『私書箱』のようなものが設置されている建物がある。

 届けられた普通の手紙は、そこへ各個人が取りに行くのだ。


 本来であれば教会に纏めて届けられて、神従士達が手分けして町の各所にある私書箱に配達し、その私書箱の建物内にあるポストに差し出された物があったら回収して、別の町宛の手紙などを一度教会で確認してから各地へ運ぶ。


 大きな荷物が届いた場合は教会や役所に『一時預かり場』があって、そこに置いてあるよ、というメモを私書箱に入れるので、確認した受取人が荷物を取りに行かねばならない。

 だから当然、届けられてから本人が受け取るまでにはタイムラグがあるので、急ぎのものやどうしても手渡しで届けて欲しいものは、割増料金がかかるが各戸に届けられる。


 だが、町の人達同士であれば持って行ける人達は自分で持って行くし、今だと遊文館で待ち合わせなどしての受け渡しさえ行われている。

 それでも手で運べないほどのものは、自分達で荷馬車を手配するか、荷車を使うことになる。

 その場合は北側の段差が多い場所などでは、結構苦労して運んでいる。


 まぁ、大体は自分の家に『門』の方陣札を貼って、受け取りに行った場所から『門』を繋ぐのだが……『門』の札も、頻繁に使えるほど安くはない。

 今は、殆ど全員が家に『目標の方陣鋼』を置いているから、持ち上げることさえできれば以前よりは楽に運べるだろうが。


 しかし他領とのやりとり分は、そうはいかない。

 他領とのやりとりが結構多いのは、この町に他領在籍にしたままの傍流さん達が多いからだ。

 発送分は教会でできなくなってから、衛兵隊でとりまとめて馬車を手配してレーデルス教会へと運んでいた。


 今では各外門の衛兵隊事務所に荷物を持ち込めば、衛兵隊が『改札』を使って東門詰め所へと集めて手配した馬車を呼んでいる。

 緊急の物などは各個人で乗合馬車の御者に依頼することもあるけど、移動制限がある方が多いからか自分達では運べない方が多いから仕方ないのだ。


「レーデルス教会へ運ぶのは、今まで通り馬車手配ができますので問題ございませんが……この町の方々への配務は、本来の教会の仕事として差し戻すべき……との裁定となりまして」

「でも、それってほぼ不可能、ですよね」

 はぁぁぁー……と溜息を吐きつつ、テルウェスト神司祭はその通りです……と項垂れる。


 荷物は……まだいい。

 他の配達を請け負ってもらえる人に頼んだり、私書箱にメモさえ入れられれば持ち上げられるものなら『移動の方陣』や『門の方陣札』で取りに来てもらうことだってできるし、手立てはいくらでもある。


 しかし、親書てがみは、外部委託ができない。

 手紙を託されているのは『教会』であり、それは地域社会への貢献の一環で『信頼されているから預けられている』ものなのだ。


 その中に書かれているものは、たとえ魔法での封緘がされていなくても宛名の人以外が読んではいけないとされる。

 ……まぁ、こちらの世界では、法的に決められている訳ではないから、マナーの範囲なのだが。


 大事で絶対に見られたくないものなら、自分達での手渡しが基本、と言う考え方なのだろう。

 そして教会がその暗黙のお約束事を守るのは、手紙を受け取ったその時から私書箱配達完了まで、である。


 なのに『信頼して預けた教会が民間に配布委託したために、勝手に手紙が読まれてしまった』なんてことになったら……そりゃーまずいなんてものではないってことだ。

 だから、衛兵隊の危険物有無の検閲が終わったら、直接教会に手渡しされるほどなのである。


 そんなこんなで、教会でやらねばならない……となると、シュリィイーレでは間違いなく不可能と言える。

 まず、王都中央区との決定的な違いは『町の広さ』『戸数』そして『神従士の数』である。

 そう、物理的な問題である。


 シュリィイーレの広さは王都中央区の三倍程度あり、総戸数は四倍から五倍はあるだろうと思われる。

 ひとつひとつの家の敷地が王都中央区にお住まいの方々より狭いのだから、人口だってシュリィイーレの方が圧倒的に多い。


 なのに、現在の神従士はたった三人。

 いくら私書箱への配達だとしても、物理的に無理と言わざるを得ない。


 中央区には第二位聖教会の男性教会、女性教会のふたつがあって神従士達はどちらの教会でも二十人くらいは居るのだという。

 しかも、その四十人の神従士達はほぼ全員が、皇系または貴系の傍流なので、魔力量が多く配務に『門』の方陣札を一日に何度も使ってたって全く問題がないのだ。

 魔石は大量にあり、人も多いから交代制だってできる。


 対して、シュリィイーレの三人は……使用魔力量の少ない『移動の方陣』だとしても、一日に三回が限度。

 魔石である程度カバーができたとしても、ひとりで何十箇所も確認するための移動はできない。

 走り回るくらいしか手立てがないのに、広さも配達すべき私書箱数も遙かに多い。


 一度に持てる郵便物の数も当然少ないし、大きな荷物などはとてもではないが運べない。

 取りに来て欲しいという連絡を私書箱に入れに行くにしたって、往復にかかる時間はとんでもないものになるだろう。


 そんなことしていたら一日中歩きづめの走りづめ、遊文館に行くことなんてできなくなってしまう。

 冗談じゃない!

 彼らは遊文館でこそ、必要な人材なのだ。


 だが、このままシュリィイーレ隊に配達をさせるのも……まずいと言えばまずいのだ。

 だって彼らもまた、ほぼ全員が皇系か貴系傍流。

 中には、直系様もいらっしゃる。


 王都中央区で町内配達を傍流の神従士が請け負って問題にならないのは、神従士であると言うことだけでなく、配達に行く先や依頼主も傍流家系で身分階位的には同等か神従士達より上になるからだ。

 しかし、シュリィイーレ隊は違う。


 いくら傍流が多くとも、殆どが銀証の衛兵達が銅証以下の臣民に荷物を届ける……という事態は、異常であることに違いないのだ。

 同様の理由で神官さん達にも、配務はさせられない。

 こりゃ、是正しろってお達しが来ても当然だったなー。


 ビィクティアムさん達がこれに思い至らなかったのは、衛兵隊では全然苦でもなかった上に『シュリィイーレではそんなものに拘らなくていい』っていうのが彼らのスタンスだったからだろう。

 むしろ、そういう垣根が取っ払えることが、シュリィイーレの魅力であると捉えている方々も多いくらいだ。

 だが、神司祭様方の居る聖教会本部と、中央省から言われてしまっては……直轄地の第二位聖教会としては逆らえない。


 ビィクティアムさんの方からこれを言ってこなかったってことは、全責任と決定権がシュリィイーレ聖教会にあるから口出しができないってことだな。

 第二位聖教会って肩書きは……いくら特別なシュリィイーレ隊といえども『衛兵隊』よりは上位になる。

 今頃、苛々していそうだなぁ、ビィクティアムさんとかファイラスさん辺りは。

 だけど、こういうけじめは必要なんだろうね、やっぱり。


「タクト様にこのようなご相談を申し上げるのはあまりに図々しく、躊躇ったのでございますが……どうも、私達だけではよい案が全く浮かばず……」

「いえいえ、俺も教会輔祭ですからね。一緒に考えさせていただけるのは、嬉しいですよ。だけど、すぐにはいい案が思いつきませんので、ちょっと考える時間をいただけますか?」

「はい……是非とも、よろしくお願いいたします。配務が始められるとしても、教会自体ができあがってからとなりますから、時間はまだございますので」


 テルウェスト神司祭には一旦お引き取りいただき、俺はそのままVIPルームで腕組み。

 さーて、どーしたもんかなーー。

 手立てとしては……あるっちゃあるんだけどー。

 今は……まだ、どっちがいいかなーって感じなんだよなー。

 やっていいかは、ビィクティアムさんにも確認が必要だしなー。


 その時、父さんが俺を呼びに来た。

「タクト、ベンデットが辛口咖哩がねぇって煩いんだが……在庫はあるか?」

 あれれ?

 自販機に山盛り入れてあったはずなんだけど……リシュリューさんが復活したのかな?

 

 それなら補充して、増産しておかないとな!


*******


*次話の更新は12/18(月)8:00の予定です

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